『パラレルトゥナイト:第5話』



(3)脱出

真壁俊は自分の家でテレビを見ながら食卓のテーブルで居眠りをしていた。
ボクシング部でいつもより沢山しごかれたせいか今夜は眠い。
得意のボクシングが盛んな男子高校に入っていた俊は、
真剣にプロボクサーになることを考えていた。
(・・・うーん おかしな夢を見たよな・・・)
目覚めるとまだテレビはついたままだった。
母の華枝は看護師で、今日は夜勤だった。
「水でも飲むか。」
あくびをしながら起きあがると、なにげなく視線を下に向ける。

「!?」

テーブルの向こうに誰かが倒れている。
「おふくろか!?」
あわててテーブルの向こうへ廻るが、さらに俊は驚いた。
「・・・こいつ、まさか・・・!?」
夢で見た少女であった。
俊は人間で、超常現象とは縁がない。
何がなんだか判らず、頭の中が真っ白になる。
俊はその場で5分ほど固まっていた。

しばらくしてから落ち着いて様子をよく見ると、
倒れているのは自分と同じくらいの年齢の少女であった。
みかけない制服だが、学生らしい。
夢で見たのと同じ長い黒髪は、絨毯の上に広がり黒い河を作っている。
色白に桜色の頬とくちびるのかわいらしい寝顔。
上品な長さの膝丈スカートは夢雲から落ちたせいで裾が乱れており、
そこからすらりとした足が見えている。
16歳の俊はなんだか顔が赤くなって俯いてしまった。
刺激が強すぎるらしい。
とにかくなにか上着を掛けようと思う。

「カーディガン、どこだっけ?」
母親のタンスからカーディガンを取り出し娘の元へ行こうとしたとき、
ピンポーン と玄関のチャイムが鳴った。
「はい。」
ガチャリとドアを開ける。
すると、そこには見たこともない外人が3人立っていた。
この外人達はカルロとその部下2人である。
カルロはカンで蘭世の居場所をつきとめ、真壁俊のアパートへやってきたのだ。
ぎょっとする俊。
(俺、英語苦手だぞ)
その中の金髪で長身の男が口を開いた。
「突然すまない。ここにランゼと言う娘は来ていないか」
「え・・・?!」
流ちょうな日本語であった。
そういえば、夢の中であの娘は自分は蘭世だと言っていたな。
しかし男達は俊の返事を待つ前にずかずかと家に上がり込んだ。
「おい!なんだよ!」
呆気にとられる俊。
母一人子一人の小さなアパートである。
カルロは居間に入るとすぐに倒れている蘭世を見つけられた。

カルロは蘭世にスッと近寄り抱き起こした。
そっと頬に触れると暖かい。
失神しているだけで外傷はなさそうだ。
(よかった・・・!)
カルロは安堵の表情を隠せない。
安心のあまり思わず皆の前でも構わず蘭世を抱きしめ頬を寄せる。
蘭世を抱き上げると俊に向き直り、短く礼を述べて帰ろうとした。

「私の妻が世話になった。感謝する。」
(つまぁ〜?まてよ、こいつ学生だろ!?)
俊は元々怪しい雰囲気の男達にさらに不信感をもつ。
「ちょっと待てよ。一体これはどういうことなんだ」
「・・・説明しても理解できることではない」
カルロがそう言うと俊はむっとして食い下がる。
「それに、おまえ達本当にそいつの連れなのかよ? 名前ぐらい名乗れよ」
これを聞いてカルロもムッとした。

すぐに立ち去ろうとした方針を変え、静かに蘭世の背中を支えたまま座らせるように床におろす。
そしてスーツのポケットから小さい瓶を取り出しそのふたを取った。
蘭世の顔の前にその瓶を近づけ少し振る。
気付け薬のようだ。
マフィアは日頃から色々な小道具を持ち合わせているのだ。

「・・・・ん・・・」
蘭世は目を覚ました。
ぱっちりと大きな黒い瞳が現れる。
『ランゼ。大丈夫か?』
目の前に愛しい人を見つけ、蘭世は思わずカルロの首に抱きついた。
『えっ・・ダーク!?よかったあ・・!
外に出られたのね!あーん!』
感激と安心のあまり泣き出す蘭世。
『どこも怪我はないか?』
『大丈夫よ!でも、とってもとっても怖かった!!』
『無事で良かった。怖い思いをさせて済まない・・・』
『ううん。ダークは悪くないの、私が馬鹿だったの。
 無茶をしてごめんなさい!!』
蘭世はカルロの腕の中で泣きじゃくっている。
カルロは慈しむように蘭世の髪の乱れを手で梳いて直していた。
ちなみに二人の会話は全てルーマニア語である。
当然俊には何を言っているのか皆目分からない。
ただ、二人のラブラブなムードだけは嫌でも判ってしまった。

「これで判ったろう。失礼する」
蘭世が少し落ち着いてくると、カルロは蘭世を再び抱き上げ玄関に向かった。
俊はカルロの背中越しに蘭世と一瞬目があったが、
蘭世はすぐに扉の向こうへ去って見えなくなってしまった。

「一体なんだったんだよ・・・・。」
狐か狸に化かされたようなそんな状態の俊である。
一同が帰った後、呆気にとられて食卓の椅子に座り、頭を抱え込んだ。

(ちぇっ、ダンナがいるのかよ)
思わず首をすくめ舌打ちをする俊。
嘘のようだが娘が自分の夢から転がりだしたのである。

美少女であったし気にならないわけがない。
しかも、俊はそれ以上に彼女に何かどこかで出逢ったことのあるような
懐かしい感じを覚えていたのである。
だが夫がいるのでは仕方ない。
(実際の二人はまだ婚約中なのだが・・・)
それも彼女の夫は俊では太刀打ちできそうもないほど威厳のある大人の男性であった。

「・・・知らん、寝よっ」
俊はもう、ふて寝をする事にした。
今晩はもう勉強をする気にもなれなかった。

カルロが蘭世を抱えてアパートの門を出るとき、ふいに横から声がした。
「おい、蘭世、カルロ。」
「あっ、おとうさん!!」
声は望里であった。
蘭世は思わずカルロの腕から降りて望里のそばへ駆け寄った。
「カルロがせっぱ詰まった顔して地下室から出てきたから
不審に思って後を付けてきたんだよ。一体何があったのだい?」
「気づいていたのか・・・」
カルロは望里の顔を見る。
「私を見くびっちゃあいかんよ。中の様子も窓から見せてもらったよ。コウモリの姿は便利でね」
望里はちょっとウインクをする。
「まあ、立ち話も何だから家へ寄って行きなさい。
蘭世も今日はこっちへ帰る予定だったし」
そう言い残すと望里は再びコウモリになって飛んでいった。
事情を知らないカルロの部下二人は腰を抜かしていた。



つづく

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