(2)霊廟
「自動車をまわそう」
「いや、この人数くらいならこれで移動できるよ」
一行は望里の棺桶に乗り、霊廟の近くまで来た。
カルロ家の霊廟は小高い丘の上にある。
皆カルロの後について 霊廟を目指し丘を昇っていく。
4歳の俊は望里が肩車をしている。
俊は外に出られてもうおおはしゃぎだ。そして、鈴世も一緒になって走り回る。
蘭世はカルロに並んで歩いていた。
丘の途中でふと後ろを振り返ると、のどかな村の風景が広がっている。
(きれいな眺め・・・!)
そう思った瞬間。
ふうっ と蘭世に不思議な感情がわき上がってきた。
涙がこみ上げてきそうな、せつない想い。
「・・・!」
思わず立ち止まり、両腕を抱える。
「・・・ランゼ、どうしたのだ?」
そんな蘭世を心配してカルロは肩を抱き、その瞳をのぞき込む。
「わたしっ わたし・・・」
カルロを見上げるその瞳は、言いようのない不安で満たされていた。
「どうした蘭世。霊廟が怖いのかい?」
望里が後ろから声を掛ける。
「ちがうーのっ もうお父さんたらっ」
そんなふうにして丘を登り、霊廟にたどり着く。
中に入ると、両サイドに奥までずらりと棺が並んでいる。
「ひゃあああ〜」
蘭世はもうゾクゾクがとまらない。
「うーん ここの冷気のここちよいこと」
望里と椎羅はにこにこしている。
4歳の俊は中を駆け回る。棺の上に乗ろうとしてターナに めっ! と怒られていた。
「一番奥が初代の墓だ」
「よし!開けよう」
望里が棺に近づき蓋に手を掛けた。
「いやあっ 開けないで!!」
蒼白になって蘭世は叫ぶ。
死者の墓を暴くなんて、繊細な蘭世には耐えられない。
「ランゼ。」
カルロはそんな彼女の肩を守るように抱きよせた。
ごとっ
中には、朽ち果てた骸骨と、細い冠、そして。
「これは・・・!」
望里は棺の中から何かを取り出した。
「椎羅!!」
思わず望里は椎羅を呼び寄せた。
椎羅も取り出されたそれをのぞき込む。
「まあ、これは・・・!」
短刀だった。
そして、柄の部分に魔界の王家の紋章が彫られていたのだ。
二人は顔を見合わせた。
「どうされたのですか?」
ターナが落ち着かない表情で望里達を見る。
「王妃様これを・・・」
望里が短剣を王妃に見せにいく。
見た途端に王妃も驚き頷いた。
「確かに、王家の紋章に違い有りませんわ!」
「・・・きゃ!!」
後ろで突然蘭世が悲鳴を上げた。
蘭世がいつもしているカルロ家の指輪が光り出したのだ。
「光が、棺の方に・・・!」
ぼうっと浮かび上がる影。
それは、二人の男女を浮かび上がらせた。
蘭世のように黒髪と黒い瞳のカルロ。
カルロのように金髪と翠の瞳の蘭世。
(らっ 蘭世ぇ??!)
蘭世の両親でさえもあまりのそっくりさでびっくりだ。
<< 日の世紀の王子よ 我が血を継ぐ者よ
お前達二人がここへ来るのを待っていた >>
魔界の4歳の王子はうしろでターナにしがみついていた。
不思議そうな顔でじっと見上げているばかりだ。
ジャン=カルロと名乗ったその男は
魔界を侵略しようとしているのは冥王であると言った。
<<偽りの姿に惑わされるな。そして 封印を!!>>
そう言って二人の影は消えた。
しばらくそこに沈黙が流れる。
「なんと・・・。」
望里が最初に沈黙を破った。
「カルロ。こんな形で君の潔白が証明されるとは・・・」
(・・・)
カルロは腕の中の蘭世を見る。
彼女は顔を上気させ、がくがくと震えていた。
蘭世は瞳を潤ませ、カルロを見あげた。
「わたし・・・!さっき、外の風景に
とっても懐かしい感じがしたの・・・!」
その表情に先ほど現れた先祖の女性の影が重なる。
「ランゼ・・・」
カルロは蘭世の肩を抱く手に力を込める。
お互いに視線を絡み合わせムード満点の二人。
「あれえ!服がやぶけちゃた。なんで??」
突然後ろで声がし、一同が後ろを振り向くと。
俊が鈴世くらいの少年に成長していたのだった。
ターナと鈴世が俊に走り寄る。
「俊・・・・!」
鈴世が自分と同じくらいの年格好になった俊に聞いた。
「俊君!・・・歳は、いくつ?」
「8歳だよ!!」
一同は下に置いてきた望里の棺桶に向かって坂を下りていた。
俊の服は破れてしまったため、望里のマントをはおっていた。
背がまだ小さいので二つ折りにしてから身体にかけている。
鈴世と8歳の俊は追いかけごっこをしながら
あっという間に坂を下り行ってしまった。
カルロは蘭世の肩を大事そうに抱きながら坂を下りゆく。
別荘にたどりついたとき、
カルロはふと思い出し、例の本を取りだして望里に手渡した。
「私の家にあったものだ。」
「これは!!魔界王家の紋章!!」
望里は西の魔女が同じような古文書を持っていたことを説明する。
「では、これもそれと同じものか?」
「そうだな!・・・いいや、まだわからんが、
あのジャン=カルロが持っていた本だ。
何か新しい事実が書いてあるやもしれんぞ!!」
魔界へ行けばこの本にも文字が浮かび上がるはずである。
「じゃあ、これでわしらは失礼するよ。」
江藤家はしばらくして日本へ帰っていった。
ターナは今日1日だけ別荘に泊まることになった。
今夜は久しぶりに蘭世が育児から解放されるのだ。
カルロに電話がかかってきた。
ベンからであった。
あれこれと仕事の指示を出しているうちに
カルロはいつのまにか蘭世の姿が見えなくなったことに気づいた。
蘭世は別荘にある最上階のスイートルームにいた。
屋根裏部屋を改築しているその部屋は、天井が屋根の形どおりに少し斜めになっていて
はりが出ていたりしていたが、中の調度品はカントリー風に綺麗に装飾されていた。
大きく開いた窓辺に身を乗り出し、外の風景を見ている。
部屋の電気はつけていなかった。
半月でもなお明るい月明かりの中、森の向こうに村ののどかな風景が小さく青く浮かび上がっていた。
(この風景も、私、知っていたような気がする・・・)
蘭世は昼間に霊廟で見た二人の姿を思いだしている。
・・私たちに、なんてそっくりなふたりだったんだろう。
(2000年前も、私たち、ああして 寄り添っていたのかしら・・・)
蘭世は感動に震え、涙を目に一杯ためていた。
(でも、何故あの二人は人間界にいるの?)
それを思うといいようのない不安が蘭世を取り巻く。
(2000年前に、一体何があったのかしら・・・)
「ランゼ。こんな暗い部屋で・・・」
ふいに後ろで声がし、蘭世は驚き振り向いた。
青く光る部屋の中。入り口にカルロの黒い影があった。
窓辺の彼女は月明かりに照らされその黒髪はつややかに、静かに輝いていた。
「・・・!」
カルロは再びデジャ・ヴに襲われ胸を締め付けられる。
蘭世も同じ想いをしているようで、驚いたまま口に手を当て立ちつくしていた。
霊廟で二人に出逢ってしまったから、余計に意識を感応してしまうのだろうか。
自分たちがあの二人にどうしても重なる。
蘭世の目から大粒の涙がぽろぽろとあふれ出した。
「2000年前も、私、あなたの側にいた、って思ってもいいの・・・?」
(・・・!)
カルロは黙ったまま蘭世に早足で歩み寄り 華奢な身体を抱きすくめた。
(・・・。)
蘭世の頭に頬を寄せ、抱きしめる腕に力が入る。
(自分が魔界の王家の血を・・・!)
その事実も十分衝撃だったし、蘭世と同じ魔界人の血が自分に流れていたという事が何よりも嬉しい。
だが、それ以上に、この心が震える感覚は一体どうしたというのか。
(・・・。)
カルロはその血で、蘭世はその魂で、お互いを覚えていたのだ。
(おまえを どうしてこれほど愛しいのか 判ったような気がするよ・・・。)
その思念は蘭世にも届く。
二人はしばらくそうして寄り添っていた。
(うれしい。・・・でも・・・。)
うれしさと同時に、不安が黒いかたまりとなって蘭世の心にわだかまる。
魔界の王子はどうして人間界へ行かなければならなかったのか。
2000年後の今、歴史が繰り返されると言う。
これから何が起ころうとしているのだろうか。
その意識はカルロにも伝わっていった。
カルロもあの望里の奥歯に物が挟まったような言いようが引っかかっていた。
勇者と呼ばれる女の言い分は嘘が多い気がするが、それでも何かが心に警鐘を鳴らしている。
「お前の心配するようなことにはならない。私がさせない」
カルロはきっぱりと言い放った。
「運命でも、今は今、だ。お前達は私が守る。守ってみせる。」
「ダーク・・・!!」
蘭世はカルロの首に両腕をまわして抱きつく。
感動でとめどなくあふれる涙。
ふたりはそのまま月明かりの中、そのスイートルームで共に夜を明かした。
後日、望里はカルロから預かった本を魔界へ持っていこうとした。
だが、いつのまにか魔界は復活した勇者=冥王の手によって半ば征服されていた。
大王は冥界へ連れ去られ、魔界人の多くはたましいをぬかれていた。
とても近寄れる状態ではなかったのだ。
手を出せぬまま、じりじりと日々がすぎていくのだった。
そして、俊は12歳までその年齢を取り戻していた。
第2話 完