『パラレルトゥナイト:第2章 第3話』



(4)運命の選択


冥界に乗り込むことが決まった。
拉致された大王を救い出すのだ。
それは5日後ということになった。
その晩、カルロはルーマニアの屋敷で新妻となった蘭世を
腕の中におさめて共に眠っていた。
いつものように、いつもの夜だった。

(う・・・)
カルロの昏い意識の中、何者かが彼に呼びかけている。
それは、少し前の冥王からの不気味な呼びかけではなく、
明るい光に満たされたものであった。

(・・・。)
(・・・・。)

しばらくの間その光とカルロは何事かを交信しあった。
そしてその光が去ったとき。
「うっ・・・!!」
ふいにカルロは目を覚ました。
気づくと自分は汗でびっしょりであり驚く。
真夏とはいえ、空調は快適に保たれたままであるというのに。
蘭世はまだ腕の中で安らかな寝息を立てている。
(・・・・これは予知夢、になるのだろうか。)
カルロは良く予知夢の類を見た。
しかし今回は、次元の違う何かが夢を使って語りかけていたようだった。

(・・・)
カルロはそっと蘭世の頭の下から腕を抜き、ベッドを降りガウンを羽織った。
そのままバスルームに向かいシャワーを浴びた。

タオルで髪を拭きながら部屋に戻ってくる。
出で立ちは何故かガウンから白いゆったりとしたボタンシャツとスラックスに変わっていた。
(・・・)
蘭世に近寄り、そっと頬に触れる。
それでも彼女は少し身じろぎはしたが、無防備な寝顔を見せていた。
(ランゼ・・・。)
頬に軽くキスをしても目覚めないのを確認し、
そのまま寝室を出て、プライベートルームから執務室へと向かった。

執務室はがらんとした暗闇であった。
月明かりと外灯でわずかに紺色の光が広がっていた。
明かりもつけずに中に入る。
カルロは葉巻に火をつけた。デスクの椅子に座り煙をくゆらせる。

(・・・。)
きちんと留めてあったシャツのボタンを上から2つ外して首元を緩める。
いつもは背筋の伸びた姿勢の良いカルロが、机に上身を乗り出し
だらしなく腕を組んで肘をついている。
葉巻をくわえた口元はわずかにゆがみ、双眸は闇を冷たく見つめている。

伏し目がちの表情はこの上ない男の色気を醸し出していた。
こんな表情を、新妻である蘭世には きっと見せたことがないであろう。

(運命、か・・・)
彼は自分の中で何かと戦っているようであった。
眉間がわずかにゆがむ。

ふいにくるりと机に背を向け椅子の背にもたれかかり、足を組む。
仰向けに目を閉じたまま天井を見上げ、ため息と共に煙を吐き出す。

(一体私にどうしろと言うのだ・・・)

次の夜も、眠れずにカルロは夜中に寝室を抜け出していた。
同じように執務室で瞳を閉じ葉巻をくゆらす。
部屋の中が葉巻の煙でけぶり霞んでいた。

(・・・。)

突然ぱっ、とカルロは目を開く。
灰皿を力でひきよせ火をねじり消した。

カルロはなにかへの反抗を決意したようだ。
(運命は受け入れよう。だが、私は決してあきらめない・・・!)

 右手をついとあげるとウイスキーの瓶とグラスが近寄ってきた。
氷も何も入れず、一気にぐいと飲み干す。
(・・・。)

次の夜。もう冥界へ乗り込む日まであと3日になっていた。
その晩、またカルロは光の夢を見た。
(・・・)
(・・・)
目覚めた後、再びカルロは部屋を抜け出していた。
窓辺の横に片肘をつきワイングラス片手に外を見ていた。
今夜は前日とは違い、背筋を伸ばし悟ったような決意の見える強い表情をしていた。

「ダーク・・・。」

か細い声が聞こえてきた。
振り向くと蘭世がネグリジェにカーディガンを羽織った姿で 部屋の入り口に立っていた。
ドアの向こうからこちらをのぞき込むように立っていた彼女は、
どこか迷い子のような頼りなげな表情だった。

「眠れないの・・・?」
蘭世はおずおずと部屋の中へ入ってくる。
心配そうな彼女の表情が次第にはっきりと見えてきた。
「・・・起こしてしまったかな。すまない」
その声に弾かれたように蘭世はカルロへ駆け寄り抱きついた。
「ダーク! おねがい、私を置いて消えたりしないで!!」
「ランゼ・・・。」
もう蘭世の目からは涙がぽろぽろとあふれ出している。
「私を一人にしないで・・・!」
カルロは ふっ と笑みを作った。
「すまない。ランゼ。では一緒に部屋に戻ろう」
「はぐらかしては嫌!!」
蘭世は何かを感じ取っていたのだ。
・・・微妙に増える葉巻の数、酒の量。そして遠くを見る目。
「昨日も、おとといも、ダークは何か困ってた!
 ・・・私に出来ることがあったら何でも言って!!」
「・・・ランゼ・・・。」
カルロは蘭世の背中に腕を廻す。
悟られまいとしていたつもりだったが、うまくいかなかったようだ。
泣きじゃくる蘭世の額に目を伏せ頬を寄せる。
「ダークはやっぱり、冥界へ皆と行くの?」
「・・・そのつもりだ。もう私はそう決めた」

(ジャンは魔界人だったから人間になるだけで済んだけど、
 ダーク、あなたは人間なのよ・・・
 もしものことがあったら・・・!!!)

蘭世の心の中に渦巻く不安が直接カルロの心に届いてしまった。
心を読まれたことに蘭世は気づいていないようだった。

カルロは蘭世の両頬に手を添えこちらへ向ける。
すると真剣な眼差しが飛び込んできた。
その瞳に答えるようにカルロも真摯な目で見つめ返す。
「おまえの心配するようなことにはならない。信じて欲しい。」
「本当に?どうして大丈夫って、言い切れるの!?」
蘭世の強いまなざし。
瞳には涙があふれている。
「ランゼ・・・信じて欲しい。・・・今はそれしか言えない」
それをじっと見つめながらカルロは答える。
(ダーク・・・)
そんな風に言われても、蘭世から不安は消えない。でも、
カルロはきっとそれ以上のことは言ってくれないだろう・・・
それならば。
「・・・私、一緒について行っていい?」
カルロは蘭世から体を離し、目を伏せ横を向いた。
「ランゼ、それはいけない。危険すぎる・・・!」
構わずに蘭世はその横顔に続けた。
「私、あなたと一緒にいたいの。いつでも、どんなときでも。」
「ランゼ。私のためにもここに残っていてほしいのだ」
蘭世は頑なに首を横に振る。
「あのね、それからね・・・。」
真摯な目でカルロを見つめる。
「2000年前、ジャンを支えたのはランジェ一人だったけど、
 今は俊君をみんなで支えるのよ。
 だから私は貴男の側にいるのだと思う。
 私も支える仲間に加わりたい!」
「だが・・・」
「ね、お願い。足手まといにならないようがんばるから・・・!」
「・・・。」
Yesとは言わない。
その代わりに黙ってカルロは蘭世を再び引き寄せた。

光に包まれた謎の神との契約は、誰にも言ってはいけないものだった。
カルロは一人でその十字架を背負う事を決意していたのだった。

カルロは蘭世の華奢な身体を抱き上げ、黙々と部屋へと戻る。
赤子を大事に置くようにベッドへ蘭世を横たえる。
手を絡め、その華奢な身体へ覆い被さっていく。

おまえを良く覚えておきたい。
その声も、指の一本一本、髪の毛の一筋までも。
私のこの手で、唇で、全身全霊を込めて。



冥界へ行く当日、カルロは蘭世を両腕に抱えてジャルパックの扉から江藤家に現れた。
「あらあら、蘭世はどうしてしまったの?」
蘭世は深く眠っているようだった。
出かける前に睡眠薬入りのミルクティーをカルロに与えられたのだった。
「・・・ランゼは置いていく。じきに目が覚める」
そう言いながら彼女を蘭世の部屋へと連れていった。
「わしも同じ立場だったら、連れていかんだろうさ」
望里がその階段を昇る姿を見上げながらつぶやいた。

カルロは蘭世をベッドに横たえた。
「・・・。」
ベッドヘッドに手をつき、しばらく蘭世の寝顔を見つめている。
手をそっと握り、吸い寄せられるように唇を重ねる。
愛おしげに、そして、長く、別れを惜しむようにゆっくりと。
閉じられた瞼、頬、額へも。

そうして蘭世の部屋を出た。

「・・・カルロ様。」
扉を出たところに鈴世が立っていた。怒っている表情だった。
「?」
カルロは首をすこし傾げて鈴世を見返す。
「僕と約束して。絶対おねえちゃんのところへ帰ってきて!!」
鈴世は拳をぎゅっとにぎりしめていた。
「カルロ様おかしいよ・・・!」
「リンゼ。」
カルロは鈴世の頭に手をポンとのせた。
そして ふっ と笑みを浮かべる。 
「・・・約束しよう。必ず帰ってくる」
「絶対だからね!男同士の約束だよ!!」
「・・・そうだな。・・リンゼ、留守の間ランゼを頼む」
「うん!」
そうして部屋に蘭世を、廊下に鈴世を残し
カルロは階下へと下っていった。

第2章 完

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