(1)悲劇
「お前の心配するようなことにはならない、信じて欲しい」
・・・そう言ったのに。信じたのに。
真壁俊とダーク=カルロは冥界で冥王を倒した。
カルロも俊も無数の傷を受け倒れ伏している。
俊は、なんとか一命はとりとめ身じろぎをした。
しかし、カルロは。
「どうして!?ダーク!!おねがい、目を開けて・・・!!」
蘭世はカルロにすがりつき、泣きながら何度も起こそうと肩を揺らす。
しかし、その瞳は再び開くことはなかった。
・・・蘭世は最愛の夫を亡くしてしまったのだ。
「蘭世・・・!」
父望里はただただ泣き崩れる蘭世の肩を抱きしめるしかなかった。
蘭世はカルロによって人間界の江藤家に残されていたのだが、
冥界の手下達が彼女を拉致してこの冥界まで連れてきていたのだ。
そして、一番カルロが蘭世に見せたくなかったものを、蘭世は目の当たりにすることになったのだった。
「おい、ジョルジュ、カルロのことは リストに載っていなかったのか?」
「ああ。載っていなかった。なのに何故こんな事に・・・」
死神ジョルジュも苦々しい顔を隠せない。
沈痛な面もちの一同は水筒で持参していた想いが池の水に入り、冥界から人間界へ引き返した。
俊は人間界に着いた途端に力つき昏倒してしまった。
蘭世はとめどなく涙を流し続けている。
「かわいそうな蘭世・・・!こんな事になるのならばあなたを
カルロ様に嫁がせなかったのに!」
椎羅は泣き続ける蘭世をひしと抱きしめ、同じく涙を流した。
娘の心を思いやると望里も椎羅も心が張り裂けんばかりである。
「おかあさん、私も死にたい・・・・!」
「だめよ、お願い。そんな事言わないで頂戴。かわいそうな蘭世!」
それに、蘭世は混血であるし永遠の命を持つがために 死はたやすくかなえられる事ではないのだった。
カルロの遺体は名誉の戦死として王家の墓に葬られることになった。
カルロの妻として蘭世も葬式へ参列するが、母椎羅に支えられて立つのがやっとである。
冥界から脱出し正気に戻ったばかりの大王と王妃、
そして江藤一家、ジョルジュだけの ひっそりとした儀式である。
そして魔女メヴィウスが式を取り仕切っていた。
「魔界人は永久の眠りについても体は滅ばん。
だがこの者は人間だからこのまま
放置すれば朽ち果ててしまうじゃろ。
折角王家の墓に葬るのじゃから
ちょいと術を施して姿を留めるようにしておいたよ。
わしからの手向けじゃ。」
「・・・」
「ありがとうございます・・・。」
何も答えない蘭世に代わって望里が返事をする。
「蘭世、最後のお別れよ。カルロ様のそばに行きましょう・・・。」
蘭世は椎羅に肩を抱かれてゆっくりと棺に近づく。
大きな石の棺にカルロは横たわっていた。
王家の騎士の服を着せられ、白い薔薇の花で 周りを埋め尽くされていた。
「ダーク・・・」
蘭世は棺にすがりつくと、再びぽろぽろと涙を流し嗚咽し始める。
その横から、ゆっくりと石棺のふたが運ばれてきた。
徐々にカルロの姿が隠されていく。
ふたが完全に閉ざされた途端、蘭世は気を失ってしまった。
「蘭世!」
望里も駆け寄り蘭世を支える。
鈴世も一部始終を見守りながら、しくしく泣いていた。
「カルロ様、ひどいよ。おねえちゃんがかわいそうすぎるよ・・・
男同士の約束、って言ったのに・・・!!」
蘭世はカルロの葬式から1週間経っても目を覚まさない。
江藤家は重苦しく沈み込んでいた。
蘭世は吸血鬼だ。
死ぬことは出来なくても棺の中で長い長い眠りにつくことが出来る。
カルロの死のショックから、蘭世は自らの心を閉ざしてしまったのだ。
あと3日も眠りから覚めなければ、蘭世は自分の棺に入れられ眠り続けることになる。
それが、吸血鬼のおきてだった。
「なあ、椎羅。蘭世がこのまま目覚めないなら
わしも一緒に眠りにつきたいよ・・・」
「あなた・・・!」
ふたりはひしと抱き合い涙を流す。
「そうでなければもう人間界にはいたくない。
一緒に吸血鬼村へ帰らないか」
「そうですわね・・。鈴世さえよかったらそうしましょう」
ダーク=カルロがもたらした壺の中身は花の種だった。
それを想いが池の縁に巻くと、次々に花が咲き、その香りで洗脳されていた魔界人達が目を覚ました。
抜き取られていた魂も冥界から魔界へ戻って来ることが出来、元の器へ戻っていった。
少しずつ、魔界に平和が戻りつつあった。
真壁俊は最初江藤望里の家で看護されていたが、江藤家の落胆ぶりをみて母ターナが
カルロの葬式の日に魔界王家へ引き取っていた。
そしてその3日後に俊は目を覚ました。
王家の天蓋付きベットの上で目覚めた俊。
だが、その体には異変が起きていた。
体がどこか重たく感じ、自らの傷も消すことが出来ない。
冥王を倒した代償にダーク=カルロは自らの命を失ったが、俊は魔界人としての能力を失い人間になっていたのだ。
俊は魔界人のまま目覚めたと誤解した彼の家族を残し、魔界の城をあとにした。
人間になってしまった以上、魔界にはいられない。
江藤家の地下室へ向かって次元をつなぐ細い道を歩いていった。
その道と同じくらい、たよりなく心細い思いを抱えながら・・・。
つづく