『パラレルトゥナイト第3章:第2話』



(3)登校


ルーマニアも9月に入り、新学期を迎えていた。
蘭世が長い眠りについている間に、すでに始業式は終わっていた。
こちらで生活するならば、一日も早く登校しなければ授業の内容についていけなくなってしまう。
「蘭世様はこちらから学校へ通われても構いません。送り迎えはいたします」
蘭世は学校へ行こうと車に乗り込もうとするが、ふと気になって上を見た。
見上げる窓には変装した俊の姿がちらりと見えた。

「・・・大丈夫、よね。」
先日の夢で聞いたカルロの言葉が気になる。

「敵組織がシュンの命を狙う。冥王もそれに絡むから気をつけよ」

夢で語られたことはベンにも話した。
明後日には望里達が応援のためカルロの屋敷に来る予定だ。
気になるのは山々なのだが、今日は夏休み明け第1日なので、蘭世は思いきって登校することにしたのだった。
いちど決心したのだが。
それでも、蘭世はもう後ろ髪引かれる思いがする。
しかし、ベンにも
「ボスは私どもがお守りします。蘭世様はどうぞ努めて平静にしていらしてください。
 何かに気づいたことを気取られては困ります」 
とくぎをさされていたのであった。
蘭世は首を2,3回振ると車に乗り込んだ。 



帰り時間である。
校門を出て2,3歩歩いたとき、蘭世は門柱の影に懐かしい人影を認めた。
「え・・・!?」
10歩ほど思わず駆け寄る。
が、事情を思いだして立ち止まってしまった。
「・・・こんなことまでそっくりにするの?」

カルロに変装した俊がサングラスをして赤い顔で横を向いていたのだ。
蘭世は半分あきれてしまったが、少し考え方を変えた。
ここまでするんだったら。
(えい、やっちゃえっ)
ぱたぱたぱた・・・と駆け寄り、カルロな俊に えいっとばかりに抱きついたのだ。
「ダーク!迎えに来てくれてありがとう!!」
「よっ、よせ!!おまえいっつもこんなことしてたのか」
蘭世は更に赤くなる俊を見てにこにこ顔だ。
「うん!・・・たまーに、ねっ」
そう言って舌をぺろっと出した。
一緒にいたベンが口を挟む。
「ダークさま、そこで照れてはいけません。ちゃんと受け止めて差し上げて下さい」
「う、うるせえっ!」


蘭世は翌日も変わらず学校へ行く。
そして江藤家もカルロ家の客人となっていた。
俊と蘭世が同室なことに当初は望里達も驚いていたが、まあ俊君はまじめな性格だし、
ベンの言い分も解るしと言うことで黙認していた。
「それに王子様なんだから、もしうまくいったら私は王妃様のお母上よ♪」
と、椎羅も別の意味でわくわくしていた。

俊はベンと共に会合へ出席したり色々働いている。
何事もなく無事に何日か過ぎていった。



夜更け。
仕事で帰るのが真夜中になり、蘭世ももう眠っているのか 部屋に姿はなかった。

 ・・・昼間ならば何も考えずにすむのに。
俊はプライベートルームでひとりソファに座りため息を付いた。
金色のかつらを頭から外し、もうひとつ ふう とため息を付く。
(カルロの身代わりなんて永くやるのはごめんだ。
もうすこし俺らしい何かを見つけたいよな・・・)
こんな所にいたって自分らしい道はなにひとつ見つけることが出来ない。
人間にまた戻ってしまったが、元々自分は人間として16年間生きてきたのだ。
目覚めた当初は心が定まらず、思わず請われるがまま 素直にベンについて来てしまった。
だが。
今は元住んでいた町へ戻れば、また何かがつかめるような気がしてきていたのだ。
(生活だってここにいるほど楽じゃないかもしれないが、自分で働いて食っていく位できるよな)
そんなことを考えながらソファに服のままごろりと横になった。
ただ、日本へ帰るとしたら。
俊の頭に蘭世の笑顔がふとよぎった。
(一緒に日本へ来い、なんて言えた義理じゃないよな・・・)
思わず苦笑する。
一日も早くこの想いを蘭世に伝えたい気もする。
だが、今の自分ではあまりにも自信が持てない。
そうだ、もう少し自分の足下がしっかりしてからでないと・・・
    
「・・・おかえりなさぃ。遅かったんだね。お疲れさま・・・」
不意に蘭世の半分眠たそうな声が聞こえてきた。
寝室のドアが開き、ネグリジェにカーディガン姿の蘭世が立っていた。
「ごめんね先に寝ちゃってたわ。」
「・・・気にするなよ。また寝とけって」
身を起こし、笑顔を作ってそう言う。
「何か食べる?」
「いや、いいよもう食べてきたから・・・」
「そう・・・」

蘭世はドアから離れて俊のいるソファに近づいてきた。
ソファの背に手を置き、座っている俊を見やる。
「・・・ファミリーのことに巻き込んでしまって本当にごめんなさい。
おまけにこんな遅くまで働きづめなんて・・・。」
俊は少し視線を下に落とした。
「真壁君本当はもっとやりたいことがあるのでしょう?」
「え?」
図星を指されて俊は驚いてしまった。思わず蘭世を見上げた。
「・・・だって、日本でボクシングジムに通ってた、って前言ってたじゃない」
(・・・そうだ。俺にはそれがあったんだ!)
「明日ベンさんにかけあってみましょうよ。
 ダミーが無くてもいい方法ってきっとあるはずだわ」
そう言って蘭世はにっこり微笑んだ。
蘭世が今の自分に理解をしてくれている。
それだけで俊は心が軽くなった。
俊はひとつ伸びをしてからソファから立ち上がった。
「今はいいよ。・・・俺、この家には生まれ変わったとき世話になったしさ。恩は返しとかないと」
「真壁君・・・」
せつなそうな顔をして蘭世は俊を見上げる。
「今のお前には、そういう顔をしないでいてくれるってことが一番助かるな」
「え・・・?」
「・・・その、笑っててくれよ。それが一番お前に合ってるから」
「!?」
「じゃ、俺シャワー浴びてくる。・・・先に眠っておけよ。明日学校に遅刻してもしらねえぞ」
「・・・おやすみなさい・・・」
俊は顔を赤くしながら足早にバスルームへ向かった。
蘭世もなんだか顔が赤くなってしまっていた。
胸がトクン!と音を立てていた。
「・・・ダーク、言わなくてもきっと上から見てるわよね・・・こんな私を。」
不思議な、不思議な心地がしていたのだった。





つづく


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