『パラレルトゥナイト第3章:第4話:セントポーリア2』



(3)部室にて


ある日のボクシング部、部室。
休憩時間。
「うあーまいったぜぇ〜」
日野はパイプ椅子にどかっ と座り込んだ。
ペットボトルを口に付けると水は一気に日野の喉へと流し込まれ、あっというまに空になる。

「お疲れさま。」
セコンド役の蘭世が座ってくつろぐ日野にタオルを差し出した。
「おーさんきゅ!」
嬉しそうな顔でそのタオルを受け取り首元の汗をふく。
その様子を見て蘭世はちょっと満足げに斜め向こうのパイプ椅子に腰掛けた。
そしてトレーニング日誌を広げて書き込みを始めようとしている。

真壁俊とアロンはまだ外回りのランニングをしており フィラは自転車でそれにつきあっていた。
曜子は隣の部屋で何かしているようだ。
二人の声は届かないだろう。
それを確認し、日野は蘭世に尋ねた
「・・・なあ、江藤、ちょっと聞いていいか?」
「なあに?」
蘭世は声を掛けられ、なにげなく顔をあげる。
「ほんっとうにお前真壁の彼女じゃないのか?」
蘭世はその問いにぎくっとなる。
非常に微妙な問題に触れられ蘭世は困った。
「やっ・・やあねえ日野君。真壁君は硬派だし今はボクシング一筋じゃない。
 私なんか出る幕はないわ」
とりあえず半分ごまかしで苦笑いをしながら答える。
そこへ曜子がドアを開けて隣の部屋からくちを挟む。
曜子は皆のタオルを取りに来たらしい。
「そおよー日野君、蘭世の出る幕はないの。俊は将来わたしと結婚するのよ!間違えないでよね!」
「それはねえと思うんだけどな」
日野はぼそっとつぶやく。
「今なんか言った!!」
曜子は日野にくってかかる。
「いんやーなんも言ってないぞー。お、あっちに真壁だ!」
「えっ?なに?しゅん〜〜」
曜子は日野が指さす窓の向こうを目指して部室を出ていった。
体よく追い払われた格好だ。

再び静かになる部室。
日野は窓の外を覗いて曜子がアロン達に合流するのを見届ける。
そして、気を取り直して話の続きを始めた。
「・・・な、江藤さ、余計なことかも知れないけど真壁とのことあんまり遠慮しないでいいと思うぜ。」
蘭世は日野の性急な意見に困惑顔だ。

「・・そうだよね・・」
「なっ!そうだろう!?」
「そうじゃなくて。・・・試合であんなふうに
 真壁君に抱きついちゃったらそんな風に見えるよね」
蘭世は俯いて顔にかかる髪を指ですくい耳にかけた。
「”ふうに見える” って、やー、その、まいったな、そうくるか・・・」
日野は苦笑して頭に手をやった。

最近のボクシング部はカップル誕生続きでちょっとした華やかムードに包まれている。
日野と生徒会長のゆりえのカップルは皆から見てもダークホースであった。
そして、アロンとフィラも(元々婚約者同士だが)
男子校との練習試合へのトレーニングがきっかけで本気のおつきあいを始めたのだ。

蘭世だって俊の試合終了のゴングが鳴ったとき決定的なシーンを演じていたのだから、当然そうだと
・・・つきあっているのだと、日野は思っていた。
だが、真壁俊にその話を向けると色良い返答がない。
照れてごまかしているだけかと最初は思っていたのだが
どうも日野の”アンテナ”は俊と蘭世の間にある距離を察知してしまったらしい。
(だってさぁ、あいつごまかしてもビミョーに顔に出るタイプだよ?
なのにぜんっぜん無表情だし不機嫌だし。)

日野が考えるに、真壁は蘭世のことを大事に思っているのは確かなのだ。
蘭世だって他につきあってそうな男はいないし
(とにかく放課後はほとんど毎日ボクシング部にいるのだから)
真壁のことまんざらでもなく思っているような雰囲気だ。
ただそれは、真壁があまりにもカルロにそっくりで、さらにカルロとは夢限定の逢瀬が長くなり
不安な蘭世の気持ちが つい揺れ動いているからなのだが。

それでも、蘭世は夢でカルロに会える限りはずっとカルロを信じて行こうと、
先日の白い天幕の中の夢で心に決めたところだった。
真壁俊とも(努めて)普通に接しようとする。・・・すると 蘭世のぎこちなさが俊に伝わってしまう。
”試合終了の時のことはもう忘れて”
そう言外で言われているような感じが、魔界人としての力がなくても雰囲気で俊に伝わってしまっていた。

「あいつだって悪いやつじゃないぜ。自分の気持ちに正直になってみてもいいんじゃないか?」
「正直に・・・?」
そう蘭世は繰り返す。
「そうそう!なっ。じゃあおれもランニングに行ってくっか。」
日野はそう言って蘭世の隣から退席した。

「わたしの、こころ・・・」
取り残された蘭世は、そうつぶやくと ひとつため息をついた。
窓辺にあゆみ寄り、ランニングを始め小さくなった日野の背中を見送る。

かつてカルロに夢の中で言われた、同じ台詞を思いだしていた。
「ランゼ、お前は自分の心に正直に生きればいい。」

(私の心・・・私の望みは、この世で貴男と生きることなのに・・・
 それだけは、叶わないのかな・・・)

こつん、と窓ガラスに額をあてる。
背中から肩へさらさらと黒髪が流れ落ちていく。
黒髪のカーテンの中で、泣き虫蘭世はまた 涙をぽつりぽつりこぼしていた。




第4話 完


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