(4)最終話:約束
突然騎士の格好をしたカルロが蘭世を抱えて地下室から上がってきて、江藤夫妻は腰を抜かした。
「ひっひええ・・・幽霊!?」
ちなみに鈴世はまだ学校にいる。
二人は驚いてその場にへたりこんでいた。
「長いこと心配をかけてすまない。私はこうして復活した。今からルーマニアに戻る」
望里夫妻が驚いていようとなんだろうとカルロはいつも通りのリアクションだ。
「ふ・・・復活ぅ?!」
望里の言葉に、カルロはニッと笑い返した。
「あの・・・蘭世は?」
まだ驚きが隠せない椎羅だが・・・カルロの腕の中にいる娘に気が付いた。
椎羅はえいやっ、と立ち上がり、心配そうに蘭世をのぞき込む。
蘭世はカルロの腕の中で幸せそうにすやすやと眠っている。
「メヴィウスが心配ないと言っていた。部屋へ運ぼう。
部下が来たらランゼも一緒に連れて帰る。」
カルロはつかつかと蘭世の部屋へ向かって階段を昇っていった。
余りにも一方的なカルロの態度に望里がしびれを切らした。
「頼む、状況が飲み込めん。詳しく説明してくれないか。
・・・君は本当にカルロなのか?」
望里がそう言うとカルロは立ち止まり、今までのいきさつをかいつまんで話して聞かせた。
「なんと生命の神が・・・。信じられない話だなあ!」
「でも、あなた。カルロ様が生き返って下さって私もうれしいわ!!
しかも私たちと同じ魔界人になられたなんて!」
元々、結婚して数ヶ月したらカルロを有無を言わせず魔界人にしようと
たくらんでいた望里と椎羅だから、カルロが魔界人に、しかも王族レベルの
魔力を持つ者になったと聞けば万々歳であった。
美男が復活して椎羅も上機嫌である。
椎羅は鼻歌を歌って小躍りをしている。
望里はやきもちを焼いて思わず咳払いをした。
「とにかく、蘭世もこれでやっと幸せになれるのだな・・・カルロ、礼を言うよ」
「今日は、お祝いよー!!カルロ様も食べていらして!!ご用意いたしますわ!」
「・・・そうさせてもらおう」
江藤家に戻ったカルロはベンにテレパシーで連絡を取っていた。
半信半疑であったがベンは部下にカルロのスーツと
蘭世のエレガントセット一式を持たせ共にジャルパックの扉をくぐった。
「ダーク様!?」
ベンと部下達は江藤家の1階で彼の姿を見つけると、思わず手荷物を取り落とし駆け寄る。
中世の騎士のようなおかしな格好をしているが、確かにカルロであった。
「よくご無事で・・・!」
「ベン、苦労をかけて済まなく思っている。帰ってくるのが遅くなったな」
カルロはベンに手を差し出す。
ベンはその手をすかさず握り返す。
心の通った男同士の握手。
「いえ!ダーク様がお戻りになっただけで私は・・・・!」
男泣きするベンと部下たちである。
「あの、奥様は?」
しばらくしてベンが問いかけた。
「ランゼは部屋で休んでいる。明日にはルーマニアに一緒に戻る。先に帰っていろ」
「はっ!」
ベン達はカルロから頼まれた荷物を2階の空き部屋に置くと、
明日の用意をすべく風のように素早く撤収していった。
◇
蘭世が目を覚ます。
そこは・・自分の部屋にあるベットの上だった。
「ん・・・」
初めはぼんやりとして、自分が何故ここにいるのかもよく判らなかった。
だが・・・
(カルロ様!?)
”それ”・・・カルロの復活、を思い出す。
蘭世は慌てて上体を起こすと・・・窓際の籐椅子に、”カルロ”が座っているのが見えた。
(夢じゃ・・・ない・・・よね?)
復活したときの騎士の格好ではなく、すでにかつてのようなエレガントなスーツに身を包んでいる。
カルロは何か本を読んでいるようだったが、こちらに気づき本を閉じた。
そんな様子も仕草も出逢った頃と変わらない。
「・・・おはよう。」
立ち上がり・・笑顔で蘭世に近づいてくる。
「本当に・・・本当に、カルロ様?」
蘭世はその彼の姿を見ても、本当に彼が還ってきてくれたのだとは、なかなか実感が沸いてこない。
彼女の問いに、カルロは黙ったまま微笑み頷いた。
蘭世はカルロが近づいてくるのを待ちきれずにベッドから飛び降りて駆け出し・・
彼の腕に飛び込んだ。
勢いのついた蘭世の華奢な身体を、カルロはしっかりと力強く受け止める。
寄り添っていると。
抱きしめていると。
二人が逢瀬を重ねていた夢の世界がいくらリアルであったからと言って、
所詮は夢であったことを思い知らされる。
寄り添う二人が部屋に落とす影の色。
髪に触れたときの感触、そこから手に伝わる温度。
感動に震える息づかいの乱れたリズム。
顔を寄せあうと頬骨のあたりに感じる吐息。睫毛の上にかかるお互いの前髪。
手に、頬に触れれば、そして口づけを交わせば、じんわりとつたわるそのぬくもり、湿度・・・。
何もかも、何もかもが、夢で感じていたことは、たった今この感触にはおよばない。
”生きている”
まさに、その一言につきるのだ。
「長かったわ・・・」
「そうだな・・・。」
蘭世の目から再び涙が幾筋も零れる。
でも、それは悲しみではなく感激によるひとしずくだ・・・。
涙に喉を詰まらせた声で蘭世はつぶやく。
「もう、会えないかと思ってたの・・・。」
そう言いながら胸に頬をすり寄せる蘭世がいとおしくて、
カルロの抱きしめる腕に力がこもる。
「辛い思いを させてしまった・・・」
その一言に蘭世はカルロの顔を見上げ、大きく目を見開いて左右に頭を振った。
「もう、大丈夫・・・!ダークにまたこうして会えたんだもの。だから、だから・・・」
そう言うとまた蘭世は感極まって涙をぽろぽろとこぼす。
そのなみだを拭いもせず、カルロに回した腕にきゅっと力をこめた。
(もう・・・どこへも行かないでね・・・)
・・・二人の身体は倒れ込むようにして先ほど蘭世がいたベッドに重なり横たわっていた。
お互いの存在を確かめるように手は身体のラインを辿っていく。
(これは・・本当に、現実?・・・)
早くあなたを、おまえを見つけたい・・・
服の中に覆い隠されていた”相手自身”を、大急ぎで取り出そうと手は夢中で動き
素肌をさらけ出させていく。
(これは、本当に、あなたなの・・!?)
素肌を重ねた途端。
(ああ・・・)
体温の違い、肌の感触にお互いを見いだすことができ・・・
どちらからともなく ”安堵”、したかのようなため息が漏れる。
カルロですら久々の生身の身体に伝わる感覚に、駆けめぐる熱い鼓動に自ら圧倒されているのだ。
(熱い・・・)
それぞれが心の中に抱えていた寂しさという名の心の隙間が、
足りなかったジグソーパズルのピースを見いだし、今 ひとつひとつ
埋めらていくような思いがしている。
(そう、そして 私は お前を知っている・・・どうすれば花開くかも)
蘭世の吐息が、喘ぐ声が狭い部屋に響く。
そのなまめかしい表情も夢のままだ。
小さな手に手を重ね、女の表情を見せる彼女の頬にそっとキスを・・。
そして、カルロは目を閉じ・・・思いを遂げる。
(あっ・・)
一つになって 一緒に揺れよう・・・
夢であったときと確かに違う。でも、夢と同じ貴方だ・・・
◇
その夜、椎羅が大いに腕を振るった料理を囲んで江藤家とカルロは復活パーティと相成った。
カルロとしては一刻も早く蘭世をルーマニアに連れて帰りたかったのだが、会っておきたい
人物がいたため、江藤家に残っていたのだ。
それは・・・鈴世だった。
夕食後の団欒のひととき。
椎羅がピアノを弾き、望里もそれに聞き入っている。
蘭世はキッチンにいるようだ。
「カルロ様!」
ソファに座るカルロの横に、鈴世がにこにこしながらぽすん、と座った。
「カルロ様、僕との「男同士の約束」、ちゃんと守ってくれたんだね。」
カルロはその言葉に微笑みを返す。
「お前にも心配を掛けたな・・・すまなかった。」
「ううん!僕ね、大丈夫、カルロ様絶対帰ってくるって思ってたもん。」
そう言って鈴世は得意げに胸を反らし、ウインクをする。
「それにね、カルロ様が、ちゃあんとおねえちゃんのことずっと守ってたの僕知ってるよ。」
「夢で会っていたことか?」
「うん・・それだけじゃなくてずうっとお姉ちゃんの周りにカルロ様の気配があったもん。
だから天上界でもずっとお姉ちゃんのこと見てるのかなーって 思ってた」
「!?」
これにはカルロも少々驚いた。真っ直ぐな瞳のこの少年は、姉に対して実に不思議な能力を
持ち合わせていたのだった。
「僕もカルロ様みたいになるみちゃんのこと一杯一杯守ってあげるんだ!!」
そこへ蘭世が紅茶を運んでキッチンから戻ってきた。
「楽しそうね〜何お話ししてたのかな?」
「えっへへー内緒だよ!」
「なによそれ!」
「だってさ、男同士の会話だもんっ。ね、カルロ様!」
小さな同士に同意を求められて、カルロも楽しそうに相づちを打った。
「・・そうだな。」
「んまあー。」
蘭世は不満げな顔だったが、仕方ないわねと言った感じで構わず紅茶をテーブルにセットした。
鈴世はその場を察して椎羅の弾くピアノのそばへと戻っていった。
温かい紅茶からは懐かしいジャスミンティの香り。
カルロはそれを手に取った。
ティーカップに口を付け、一口飲むと喉から身体がじんわりと暖まってくる。
天上界にいるときは何も口にしなくても寂しいとも何とも思わなかった。
だが、この蘭世の淹れた紅茶で・・飲むということがどんなに心をも温める行為なのかを
カルロは改めて実感していた。
(私は・・・本当に 生き返ったのだな)
「えへへ・・・おいしいかな?」
蘭世はちょっと緊張した面もちで・・それでも笑顔でカルロの顔をのぞき込む。
「淹れるのが上手になったな」
「本当!?うれしいな!」
及第点をカルロからもらった蘭世は安心し、心から嬉しそうににっこり笑うと隣に座った。
「えへ。まだ夢の続き見てるみたい」
蘭世はそう言って照れ笑いをする。
カルロはふっ、と優しく微笑み小さな肩に腕を廻した。
「夢ではなく、現実だ」
「そうよね。そうよね・・!!」
蘭世は再び感激で涙ぐんでしまう。
「帰ったら早速結婚式の準備だな」
「え?!」
そうなのだ。
籍は入れても式は挙げていなかった二人であった。
カルロが復活しただけでも胸がいっぱいだった蘭世はさらに素敵なイベントに心躍らせる。
「うわあ!そうよねぇ!!嬉しいなぁー!!」
蘭世は途端に顔をぽっ と赤らめて夢見心地である。
「どこで挙げようかなぁ!」
「ランゼはどこがいい?」
「そうね・・・やっぱり友達みんなを招待したいなあ!
でも日本にもルーマニアにも友達居るし・・どっちがいいかなぁ・・」
「では日本とルーマニア両方ですればいい」
「えっ! そ・・それスゴイっ、素敵!!・・アッ、魔界でもしたいなぁ・・
カルロ様折角魔界人になったんだもの!」
二人の甘い甘い計画は盛り上がっていく。
「これからは、こうやっていつでもダークと寄り添って話が出来るのね」
そう言って肩に頭を寄せる蘭世にカルロは優しく腕を廻し、微笑んで頷く。
「私もこの日がくるのを心から待ち望んでいたよ・・またお前に会えて嬉しい」
唇を重ねようと顔を寄せる二人に、江藤家の一同は思わず回れ右をする。
だが、唇が触れたと思ったその瞬間・・二人の姿は霧のように消えてしまった。
「テレポート、しちゃったね。」
「そうねぇ・・」
「スゴイなぁ!カルロ様は本当に魔界人になれたんだね!お姉ちゃんたち今頃ルーマニアかなぁ」
「そうだろうな。」
「ほら、アナタそんな寂しそうな顔しないで。これでやっと蘭世も本当に幸せになれるんだから」
「・・・」
数日後。
相変わらず寄宿舎にいるタティアナ宛に一通の招待状が届く。
中身を見た途端、彼女は思わず大きな声で叫んでしまった。
「んまーっ!ランゼったらやったわねっ。」
(蘭世てば突然日本に帰っちゃったから、カルロ様との関係どうなったのかなぁって
ちょっと心配してたのよぉ。なあんだ!)
ニコニコしながら招待状と一緒に入っていた手紙を見る。
「なになに?ルーマニアと日本どっちでも挙げるの?スゴイじゃない〜
あらっ、旅費も全額負担してくれるの?んじゃどっちにも参列してみよっかな?日本観光なんて
しゃれ込んでもいいじゃなーい」
相部屋の時は蘭世を妹のように思って色々世話を焼いていた彼女。
嬉しくて思わず大きな声でぶつぶつ独り言を言ってしまう。
「ランゼ綺麗だろうなぁー・・それに、カルロ様もすっごい素敵だし。うーんうらやましぃ・・」
タティアナは目をつぶり想いを馳せてみる。
(純白で、豪奢なウェディングドレスに身を包んだ蘭世。お父さんと腕を組んで歩み出て・・
そしてその先には白のタキシードを着たこれまたうっとり見惚れてしまいそうな
カルロ様が待っているのよね。)
タティアナの想像は膨らんでいく。
(そして、ランゼはお父さんからカルロ様に手渡されて・・二人並んで祭壇へ向かうの。
あーなんか見つめ合ってる二人の幸せそうな顔とか、見えてきた。
ついに二人のキスシーンが拝めちゃうのねっ。ふふ 楽しみ。
絶対ランゼ泣くよぉー。賭けたっていいわ。
教会の鐘の音まで聞こえてきそう。
ランゼの投げるブーケなんか取り合いになっちゃったりしてぇ。
私の方に放ってってこっそり予約いれちゃおうかな。)
ランゼ、幸せにね。
・・・って旦那様はカルロ様だもん。もう心配する必要なんかないわよね!
了。