(3)白薔薇の・・・
天上界からよみがえったカルロは蘭世を愛おしげに包み込む。
泣きじゃくる蘭世の頭に頬を寄せると、懐かしいシャンプーの香りがした。
思わずカルロはそれにそっと頬ずりをする。
「ランゼ・・・!お前にまた会えてうれしい・・・。」
「わっ、わたしっ もっ・・っくっ」
(私もうれしい!言葉に言い尽くせないくらい・・・!)
そう蘭世は言いたいのだが、泣いて泣いて声にならない。
泣き虫蘭世の今度の涙は、うれし涙だ。
ひっくひっくと子供のように泣き続ける。
騎士装束の胸が蘭世の涙で濡れていく。
そして、ぎゅっと抱きつく細い腕の力には、今までの寂しさがにじみ出ていた。
・・・しばらくして落ち着くと、蘭世の頭の中に次々と疑問が溢れ出してきた。
蘭世はカルロを見上げた。
「・・・どうして、戻ってこられたの?・・あの、生命の神様との、約束って・・・」
それを聞いてカルロは微笑む。
「良くそれを覚えていたな・・・」
カルロは生命の神との契約を蘭世に話しだした。
「・・・平和が訪れたとき、運命の輪が元に戻ればランゼは
シュンと共に生きていくだろうと神は言った。」
「真壁君と・・・?」
蘭世は少し驚いて、そして思いだしたように俊の方を振り返った。
俊は・・・腕組みをして無表情で蘭世と視線を合わせていた。
その様子を眺めながら、カルロはまた続ける。
「だが、もしそれでもランゼが私を必要としていたら、
私を生き返らせると神は約束したのだ。・・・そして、私はここにいる。」
蘭世は真っ赤な顔をしてカルロへ視線を戻した。
「わ、わたし・・・自分の気持ちを信じて良かった!」
「そうだ。わたしはお前に自分の気持ちに正直に生きなさいと、言ったな。」
そう言いながらカルロは蘭世の頭を、流れるような冷たい髪をなでる。
うん、うんと蘭世はその言葉に頷く。
・・・俊はそれを離れたところで黙って聞いている。
きっとカルロと蘭世の眼中からはその雰囲気からして、自分は完全に外されているに違いない。
俊は、そのまま立ち去ろうかどうか、その場で迷っていた。
カルロはさらに言葉を続けた。
「ランゼ、今の私は永遠にお前のそばにいることが出来る。」
「え・・・!?」
「生命の神から私たちへの贈り物だ。私は魔界人になった」
蘭世のために生き返るのならば魔界人にして欲しい、そうでなければ生き返る意味がないと
カルロは生命の神に直談判していたのだ。
さすがカルロ、抜かりのない男である。
「ほん・・とう?」
蘭世は思いも寄らぬ”贈り物”に、信じられない・・という顔つきである。
「ランゼ。」
カルロはふっ と微笑み、ふと足下を見回す。
棺があった場所をぐるりと想いが池の花が囲んでいる。
それは蘭世が摘んで供えていたものだった。
つとカルロはかがみ込み・・・そのうちの一輪を手に取り立ち上がる。
それはずいぶん前から供えられていたようで、しおれて茎がしなり、花びらが1枚しかついていない。
それを手のひらに乗せ、いとおしそうにしおれた花を見つめる。
「ランゼが持ってきてくれたのだな・・・」
「・・・うん」
蘭世は気恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「ありがとう・・・」
カルロがそう言った途端。
しおれていた花がぼうっと光り・・みるみるうちに元の瑞々しい姿に変わったのだ。
「えっ!?」
蘭世は驚きの声を上げた。
「ダークがやったの!?」
驚いて見上げる蘭世に、カルロは優しい笑顔を返す。
蘭世の顔に、漸く喜びの表情が浮かんだ。
「本当に・・・!信じていいのね!」
「もちろんだ。これからはいつまでも共に生きよう。」
カルロはその花を蘭世の耳元に飾る。
(ああ・・なんてすばらしいの!)
再び蘭世はカルロに飛びつき抱きつくのだった。
俊がその場を離れようと回れ右をしたとき・・・
ただならぬ光に気が付き、王になったばかりのアロンと
メヴィウスがやってくるのが見えた。
その足音にカルロも気づき入り口の方を見やる。
それに蘭世も気づき、カルロの腕から顔を起こし彼らを迎えた。
「アロン・・・メヴィウスさんも・・・!」
メヴィウスはしわくちゃな顔に驚きの表情を浮かべ、両手を挙げて足早に近づいてきた。
「こりゃなんと驚いた・・・!おまえさん生き返ったのかの」
カルロは彼にしては珍しく・・蘭世以外の人物へ、柔らかい笑みを返した。
「この体を保存しておいてくれて礼を言う。」
カルロはメヴィウスに短く礼を述べた。
「シュン。ランゼがいろいろ世話になった。お前にも礼を言う」
(・・・)
微妙な視線が・・・再びぶつかり合った。
カルロは牽制するような、それでいて余裕綽々とした視線。
俊は・・・自分の想いを押し殺し、平静を装った視線・・・・
(確か、江藤とカルロに最初にあったときもカルロから聞いた台詞だよな)
俊は軽いデジャヴに襲われた。
「・・・礼なんかいらねえよ。当然のことをしただけだ」
俊は苦虫を踏みつぶしたような苦々しい気持ちでいる。
そして、カルロから視線を外しふいと横を向いた。
「僕もびっくりしたよー。蘭世ちゃん良かったね!」
新王の、そして新婚のアロンはにっこり笑顔だ。彼女の幸せを素直に喜んでいる。
暗くうなだれる俊とは見事に対照的だ。
メヴィウスが再び口を開いた。
「して、見るところお前さん魔界人になったの。これからどこで暮らすつもりじゃ」
カルロはその問いを聞き・・蘭世の表情を確かめるように彼女に視線を合わせる。
見つめられて蘭世は少し顔を赤らめている。
・・・カルロは、その視線を彼女から外さずに答えた。
「ランゼが良いと言えばまたルーマニアに帰る。
人間のふりをして暮らすのも悪くない。
だがランゼが魔界で住みたいと言えばそうする」
「わっ、私は、ルーマニアに戻りたい!」
すかさず蘭世は答えた。そして蘭世はメヴィウスへ振り向く。
「だって、ダークには魔界での暮らしは似合わないと思う。
・・・なんて、キザかな。
とにかくっ、今までみたいに人間界で一緒にいたい!」
蘭世は自分の言ったことにちょっと照れ笑いをする。
「ねえ・・ダーク、前みたいに、お屋敷から学校へ通っても良い?」
「もちろん。」
「ありがとう!タティアナ元気にしてるかなあ!」
輝くような笑顔。
久しぶりに蘭世は心からの笑顔を見せたのだった。
「さあ、行こう、ランゼ」
カルロは改めて、腕の中の蘭世に手をさしのべる。
「はい・・・!」
その手に華奢な手をのせた瞬間。
「ランゼ!?」
ふいに蘭世の瞳は閉じ、がっくりと細い体が傾いた。
蘭世は目の前が真っ暗になって昏倒してしまったのだ。
カルロの腕の中に、蘭世は崩れ落ちていった。
「江藤!」
「蘭世ちゃん?!」
双子の王子は思わず駆け寄る。
「・・・安心して緊張の糸が切れたのじゃろう。しばらく休ませておやり」
メヴィウスが静かに言った。
カルロは蘭世を抱き上げ、棺のあった台座からとん・・・と降りた。
「では、これで失礼する。」
そう言った途端、カルロと蘭世の姿は・・・忽然と消えた。
「テレポートしやがった・・・」
唖然として俊がつぶやく。
「え? ええっ??!」
アロンも仰天している。
俊もアロンも今までは、”カルロは多少魔力があってもたかが人間”と思っていたので
そのギャップに驚いてしまった。
「魔界人になったって?・・・すっごいな。ひょっとして僕ら以上の力があるんじゃない?」
アロンが目を白黒させている。
「・・・恐らくは、そうじゃろうな。魔王の誕生じゃ」
それを請けて、メヴィウスは神妙な顔でうんうんと頷いていた。
目利きの大魔女メヴィウスがそう言うのだから間違いない。
(・・・)
俊とアロンは、顔を見合わせた。
つづく