『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜』



(2a)永い眠り2



ここは人間界で吸血鬼の故郷と言われる国です。
悪魔ダーク=カルロはこの国のとある湖の側にある
館に身を潜めておりました。
やはり数百年の歴史を感じされる古い古い建物です。
この館は元々カルロの所有物で、数ある別荘の一つでありました。
今もカルロ家の誰かが管理をしているはずです。
湖から白い霧が沸き立ち、風に乗り館へと流れ、
その姿を覆い隠しています。

その館の一室。
カルロは大きな天蓋付きベッドの端に座っておりました。
彼の背中にあった銀白の羽根は魔力で隠してしまったようです。

そして、ベッドの上には、かの愛しい娘が横たえられておりました
100年前と変わらぬ愛らしい姿そのままで眠っております。
黒い長髪。色白の肌。桜色の唇。そして伏せられた長い睫毛。
そしてとても100年も眠っているようには見えないほど、
そう、ちょっと昼寝をしているだけのような
ほんのりと暖かい雰囲気を持っておりました。
カルロはついにここまでこの娘を運び込むことに成功したのです。
この館には結界を施し、どんな魔物からも看破することはできなく
なっておりました。

「・・・蘭世・・・」
カルロはそっと彼女の髪を一束掬うと、愛おしそうにそれに口づけました。
(・・・)
カルロは静かに立ち上がり、ベッドから2,3歩離れます。
そしてついと右手をかかげます。
するとどうでしょう。
その手に銀のナイフが現れました。
そして、その冷たい刃を躊躇無く自分の左手首にすべらせます。
それはまるで、バイオリンを弾く動作のように
優雅でなめらかなものでした。
彼の左手首からは赤い赤い血がほとばしり出ます。
カルロの右手にはいつのまにかナイフは無く、豪奢なワイングラスが
その手にありました。

ワイングラスの縁を左手首のぱっくり割れた傷に当てると、
そこに赤い血がみるみるうちに溜まって参ります。
ワイングラスに半分も溜まったところでそれを手首から離すと、
あっという間に切り裂いた傷は消えてしまいました。

(色々考えたのだが、吸血鬼を呼び覚ますのはこれが一番だ・・・)

カルロは眠る娘に近寄り、片腕で抱き起こします。
自ら赤く染まったワイングラスに口を付け赤い血を含みます。
(蘭世・・・)
しばらくその眠ったままの顔を愛しげに見つめております。
そして、悪魔カルロはゆっくりとその娘に口づけました。
口移しで自らの血を飲ませたのです。
カルロは彼女に初めて接吻したのですが、
それがこんな形になろうとは。
カルロも心の中でひそかに苦笑いをしておりました。

眠っているはずの娘の白い喉がゆっくりと上下しました。
カルロは唇を離しじっと娘の様子を息をのんでうかがいます。
娘の唇の端から赤く細い筋がつたいました。
カルロはそれを指でそっと拭います。

それは奇跡でも見るような情景。
100年も眠り続けていた娘の瞳がゆっくり、ゆっくりと
開けられていくのです。
やがて、大きな黒目がちの瞳が現れました。

「蘭世!」
カルロは喜びに震え娘を抱きしめます。
(・・・?)
娘はぼうっとしているようでありました。
「蘭世。良く目覚めてくれた!
 この日を私は何年待ち続けたことか・・・!」
「貴男は誰?」
そう言われ、カルロは驚き彼女の顔をのぞき込みました。
「蘭世?」
「らんぜ、って私の名前?」
どうやら記憶が無くなっているようなのです。
一時的なものなのかどうかはわかりませんが、
彼女のカルロを見返す目の光はまったく無垢で
透明なものでした。

「あなたは、誰?・・・私は?」
「おまえは、蘭世だ。そして、私は・・・」

・・・私は。
「お前の恋人だ。」

「こいびと・・・」
そう言われると蘭世も彼になにか懐かしい気持ちを覚えます。
ジャン=カルロの末裔ならばなおのこと、蘭世の魂が
彼を覚えているでしょう。
 蘭世はおもわずそっとカルロの頬に右手を伸ばします。

 ただ、蘭世は苦しい経験の余り、無意識に大事なことに蓋を
しているようでした。

「おまえにとても会いたかった・・・」
そう言ってカルロはその差し出された手をとらえ頬ずりします。

そして寂しげな瞳で蘭世を見つめました。
ほんとうに、それは本当に長く苦しい年月。
その瞳にはその長い年月の苦しみと寂しさが
わだかまっているようです。
でも、それを少しの笑みで包み隠し、
目覚めた蘭世をあたたかく迎え入れます。

その視線に蘭世の胸はきゅんと音を立てました。
(でも、なんだろう・・・何故かとても悲しいわ・・・)
蘭世の目から涙がぽろぽろ落ちます。
涙の訳は自分ではわかりません。
「蘭世・・・!」
カルロはその涙に、蘭世に記憶が戻ってきているのかと思いました。
(記憶に蓋がしてあるのなら、それはそのままの方がいい・・・!)
その涙をかき消そうとカルロは彼女の唇を塞ぎます。
「んっ・・・」
長年の想いが伝わっていくような、長く熱い口づけ。
彼らしくもなく我を忘れているようでした。
唇をいちど離し、彼女をふと見ると
蘭世は身体を小さく振るわせ、
俯いて涙をとめどなく流し始めております。
「蘭世?」
「わからない・・・わからないの・・・ごめんなさい・・・」
そう言って蘭世は両手で顔を覆ってしまいました。
そのとき。
あろうことか彼の脳裏に一瞬、かの天使の一途なまなざしが
よぎりました。
元々カルロにとっては抱き合うことなど挨拶の延長線上にしか
すぎないものになっていました。
おまけに彼と関係を持とうとしている者は皆カルロにすり寄って
媚びを売ってくる者ばかりです。
でも、この腕の中の蘭世は身を固くして震えておりました。

(・・・)
カルロはそれ以上のことはやめ、そっと蘭世の額にキスをし、
腕の中に包み込みました。
これからいくらでも時間はあります。
(ゆっくりと、お互いの距離を縮めていけばいい。)
そして肩を抱き、そっとベッドへ横にさせます。
「まだ目覚めたばかりだ。少し休んでいなさい・・・
 なにか食べ物を持ってこよう」
「・・・ありがとう・・・」
カルロはそうして一度その部屋を出ていきました。


つづく


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