『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜第2話』



(3)旅の始まり




人間界の空を一羽の大きな鳥が羽ばたき飛んでいます。
人間界の生き物ではないようです。
なにしろとても大きいのです。
それは広い草原に来ると、ばさばさと羽音を立てながら
あたりに風を巻き起こし、その草原の中心に降り立ちました。

「さっ、着いたよ。さっさと降りなっ」
「ありがとう・・・」
「フン。ゾーン様のご命令だから仕方ねえや」
「・・・。」
怪鳥の背中から降り立ったのは、かの天使ランゼでした。

「ここをまっすぐ降りていけば街に出る。まあまず行ってみるんだな」
「・・・うん」
怪鳥はばさばさと羽ばたきを始めます。
「ま、俺様が送ってやれるのはここまでだ。この身体じゃ目立つしよ」
「・・・ねえ・・待って!!」
天使ランゼは飛び立とうとする怪鳥にすがりつきました。
「・・なんだよあぶねえなあ。」
「・・・カルロ様のこと教えて。」
「ぬ?」
「・・・さっ、探すために必要だから・・・」
「そうだなぁ、あの方は・・・」

(もう別にカルロ様に会いたいからじゃないもん!)
天使ランゼは頭の中でそう思ってみます。
(リンゼを助けるためだもん・・・!)
でもなんだか心の隅がしくしく痛むのでした。
(・・・なんで、私、自分に言い訳してるの?)

「・・て、おい、聞いているのか!!」
怪鳥が大きなくちばしで天使ランゼの頭をゴツン!とつつきます。
「いったあーっ!・・あっ、ごめんもいちど最初からお願い」
「しょーがねえやつだなぁ。」
怪鳥は再び得意げに話し出しました。
「あの方はなあ、まあ、綺麗な方だよ。
 でも所詮は人間みたいなもんだからな」
「・・・え?」
「昔冥界にゾーン様を倒しに来てさ、逆に捕まっちまったんだ。
 そのとき大魔女グッティ=ウッディ様に魔法で悪魔へ変えられたんだ。」
「そんなことが・・・」
「だから身体は人間で、魂が悪魔みたいなもんかな。」
「・・・」
天使ランゼはなんとなく聞いてみました。
「それでカルロ様は元々人間だから、人間界へ何度も戻ろうとしているの?」
「いんや。それだけが理由じゃねえ。こっちに想い人がいるんだ」
「えっ!」
オモイビト・・・
その言葉は天使ランゼの心に重たい鉛を打ち込んでいました。
「なんでもさ、その娘は100年眠り続けていて、
 カルロ殿はそれを起こそうと躍起になってるんだってさ」
「どうしてその人は眠ってるの?」
「さあな。だが、100年目には黄泉の国へ行くってんで、
 今年はその年だからカルロ殿も必死なのさ」

カルロ様には想い人がいる。
・・・100年も眠り続ける眠り姫。
天使ランゼの心にずきずきとあらたな傷が生まれました。
ああ、変なことを聞くんじゃなかった・・・。

ただ、その”眠り姫”はカルロの血の接吻によって
もう目覚めているのですが、そんなことはまだ誰も
知りません。

「その他にカルロ殿のすごいところといえば・・・あれ?」
ここで怪鳥は首を傾げます。
「べつに魔力も強くないしな・・・・考えたら変だよな・・・」
そう。
その非力な悪魔ひとりに、いつも魔界全てが
狂わされているのです。

「まっ・・まあいっか。じゃっ、このへんで。
俺様も探しにいかなくちゃだ。
目指せ不老不死!だもんね」
再び怪鳥は翼を広げます。
「まっ・・!まってぇーっ!!」
天使ランゼは必死になってむんずと怪鳥の足に取りつきました。
行かせないぞと、もう必死です。
「なにすんだよ〜もう用はねえだろ〜!」
「とっ・・・鳥さん!探しになんか行かないで・・・!!」
天使ランゼは涙を一杯ためた目で怪鳥を見上げました。
はじめ怪鳥は天使ランゼをうっとおしげな目で見ていましたが、
ふと真顔になりました。
怪鳥の目が妖しく光ります。
「・・・そうだな。条件によっちゃ考えなくはないぜ」

(・・・?)



草原の上を怪鳥が北東の方向へ飛び去っていきます。
天使ランゼはそれを小さくなるまで見送っていました。
・・・その右手首からは、赤い血が滴っておりました。

<<カルロ殿を探せ、っていうゾーン様のご命令を無視するんだ。
相当の見返りが欲しいよな。
肉とは言わないけど、お前の血をくれよ。その不老不死のさ。>>

(つっ・・・)
右手首に出来た傷から鋭い痛みが走ります。
天使ランゼは、その傷口から怪鳥に自らの血を飲ませたのでした。
顔をしかめながら自分の服を一部破り、その傷に巻きます。
ふと、囚われの身にある少年天使を思い出しました。
(こんなのなんて、あの子の貫かれる痛みに比べたら・・・!
 ・・・こんなのは、痛みに入らない。どうってことない・・・!)

それでもそれでも。
ぽつんとひとり草原に立っていると、心細くなり
つい、誰かを頼りたい気持ちが沸いてきます。
思わずあの、悪魔カルロの優しい眼差しが心をよぎります。
そして彼の大きな腕に包まれたときの事、
自分を抱いてくれたことも思い出すのです・・・。

でも、その人物と、自分から翼を奪った者が同一なことも
彼を捕らえてゾーンに差し出さないと少年天使を助けられないことも
同時に事実でありました。
そして、さらには眠り姫・・・
カルロには想い人がいるというのです。

それでもカルロを憎みきれずにいる自分が、心の片隅に立っています。
それを少年天使に申し訳なく、自分が情けなくも思っています。
でも、そんな片隅にいる自分はどうしても消えないのです。
醜い心の自分を必死に押さえ込みながら、
天使ランゼは草原の向こうをにらみます。

誰も頼れない。
私のこの2本の足で、立ってゆくしかないのだ・・・。
そして、あの子を、"リンゼ"を取り戻したい!!

翼のない天使ランゼは、怪鳥とは反対の方向へ、
そう、街の方へ向かって走り出しました。
自分の心の中に渦巻く、にがく苦しい想いを
ごまかすようにしながら・・・


つづく


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