『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜』第2話



(4)吸血鬼


カルロは蘭世がいる部屋へ戻ってきました。
見ると蘭世はベッドに横たわっております。
先刻運び入れた朝食には、ほとんど手がつけられていません。
そして、今日は久しぶりに天気も良く、外は明るい朝の
日差しがあふれているというのに、
蘭世はカーテンをきっちりと閉めておりました。
そして、明かりもつけておりません。
「どうしたのだ、蘭世?気分が悪いのか?」
「ん・・・」
カルロはベッドサイドに座ります。
蘭世は色白でしたが、さらに紙のように白い生気のない
顔色をしておりました。
カルロはそっと蘭世の頬に触れます。
蘭世はその温かい手に華奢な両手を添え、目を閉じました。
「・・・」
カルロはそんな蘭世にそっとキスをします。
「カルロ様・・・」
蘭世は唇を離すカルロを見つめ返します。
ですが、カルロはにっこりと笑い、その場を離れました。
・・・過去の記憶が無い蘭世です。
(私の、コイビト・・・?)
カルロは、蘭世に自分が恋人であると言っておりました。

目覚めた当初、蘭世はカルロが触れようとすると
身を固くしておりました。
カルロの妖しい魔力は、何故か蘭世には効かないようなのです。
カルロの血を飲んで目覚めたせいでしょうか?
誰にも真実はわからないのでした。

しかし。
この2,3日、蘭世はカルロの優しさに触れ、すっかり
カルロに心を許しておりました。
(恋人。たぶん、きっと そうだったんだわ・・・。)
元々蘭世はランジェの生まれ変わりです。
カルロの容姿に、その心に惹かれないわけがないのです。
何しろ江藤蘭世としての過去の記憶が真っ白なのですから・・・。

「食欲がないようだね?」
カルロはテーブルのトレイを手に取ります。
「ごめんなさい・・・喉は乾くのだけど・・・
なんだか食べても味がわからないの。」
トレイにはホテルの豪華な朝食のように様々な料理が並べてあります。
飲み物は紅茶のポットとジュース、ミルク。
皿にはスクランブルエッグとハム、チーズ、クロワッサン。
そしてサラダの器も。
見ればトマトジュースの入ったコップだけが空になっておりました。
そして、クロワッサンは一口ちぎったような痕がありますが、
それだけです。
(・・・。)
100年の眠りから目が覚めたばかりで、まだ調子が整わないのだろうか。
それとも・・・
カルロの心に冷たいものが走ります。
(蘭世の魂が、黄泉の国に近づいているのだろうか・・・)
100年の期日に間に合っていない?まさか。
暗い思いを払拭しようと窓辺へと歩き出しました。

(病人に暗がりは体に良くないと思うのだが・・・)
カルロは無意識にカーテンに手を掛けます。
「あっ!開けないで!!」
突然蘭世は金切り声をあげました。
「!?」
その声に驚いてカルロが振り返ると、蘭世はベッドに潜り
身を伏せておりました。
そう、それはまるで日光から身体を隠すようです。

カルロはあわてて再びきっちりとカーテンを閉め、
蘭世の元へ戻りました。
「大丈夫か?!」
おずおずとブランケットから蘭世が顔をのぞかせます。
「・・・ごめんなさいカルロ様・・・!!」
「私こそ、驚かせて済まない。」

(蘭世は一体どうしたのだ??)
目覚めてからの食欲のなさ。
そして、日の光を怖がるような動作。

(ひょっとして?・・・まさか・・・。)
カルロは何かに思い当たりました。

突然、カルロは締めていたネクタイを外し、
ワイシャツのボタンを2,3個外し、首元を緩めます。
「カルロ様?」
蘭世はそんなカルロに驚き目を丸くしました。
「蘭世。のどが渇いている、と言ったな。」
「ええ・・・。」
カルロの逞しい身体が開いたシャツの間からのぞいています。
そして、男らしくも美しい首筋が蘭世からはっきりと見えていました。
(あ・・・!)
蘭世の中で、何か魔性の血が沸騰し始めています。
その瞳の中に紫の光が微かに宿ってゆきます。
「え・・?え・・?!」
蘭世はそんな自分に戸惑っているようです。
口元の牙が少し際立っています。
驚いているようで、思わず口を両手で押さえておりました。

「私の血を飲みなさい。・・・大丈夫だ」
「ええっ!?」
カルロはそれ以上は何も言いません。
彼女が自分の中に戸惑いを抱えていることも看破していました。
言葉だけで促しても彼女はきっと”それ”を拒否するでしょう。
今までの彼女は、”血を吸わない”吸血鬼だったのですから・・・。

カルロは蘭世に誘いをかけることにしました。
口元を隠している両手をやんわりと外すと、
牙など全く気にも留めず唇を合わせます。
蘭世の口がふと開いた隙を逃さず、カルロは
丁寧に丁寧に舌を絡めてゆきます。
いとしい、いとしい。
そんな言葉がその動作から零れておちてくるようです。
蘭世もいつしかそんな彼に健気に応え、
舌を絡め合わせ始めます。

「んんっ・・・!」
牙の根元にも舌を這わせます。本能を煽られているような
思いで蘭世は思わず身をよじります。
カルロはそっと唇を離し、今度は耳へと舌を這わせます。
「あぅん・・っ やぁっ・・・」
蘭世はあまりの痺れる感覚に首を振って逃れようとしますが
カルロはしっかりと抱き留めておりびくともしません。
そんな嵐のような感覚の中、ふと視線を落とすと、
カルロの首筋がすぐ目の前にあることに気づきます。
(ああっ・・・!)
声にならない声。
「・・!」
カルロの首筋に鋭い痛みが走ります。
蘭世は、ついに彼の首筋に牙を突き立てたのでした。

カルロから意識は消えませんでした。
蘭世も姿が変わりません。
カルロは彼女の耳から唇を離し、睫毛を伏せ、
薄目を開けじっとしておりました。
赤い血がカルロの胸板を次々と滑り落ち跡をつけてゆきます。
心臓の音がドクン、ドクンと高鳴り
それにつれて痛みも波打ち、共に血も流れ出ていくようです。
しかし。
吸血鬼の死の口づけは。
次の瞬間にはカルロにこの上ない快感を与えていたのでした。
首筋から全身に走る稲妻。
「うぅっ」
カルロともあろう人が。思わず声が漏れてしまいます。
体中から一斉に汗が噴き出すのが自分で解ります。
きっと、これのせいで一度吸血鬼に魅入られた者は、
その鬼から離れ難くなってしまうのでしょう・・・。
体温も上がり、カルロがつけていた香水の香が
一層強く蘭世の周りを包みこんでおりました。

やがて蘭世はカルロの首筋からその唇を離しました。
その顔色は、今朝までの紙のような真白から、
心なしかほんのりと赤みが差した色になっておりました。
蘭世の唇の端から一筋、赤い血がこぼれ落ちております。
カルロはそれを自らの舌で舐め取ります。
カルロは本当は呼吸が荒くなっていたのですが、努めて
深くゆっくりと息をし、平静を装っておりました。

「わ、私・・・!」
少しして蘭世は自分がしたことに気づき驚き、
そしてショックを受けているようでした。
「いやあっ!」
首を激しく振り、頭を抱えて崩れ落ちてゆきます。
カルロはそんな蘭世の両肩を掴んで支えました。
「蘭世。落ち着きなさい。・・・大丈夫だ。
 おまえは当たり前のことをしただけなのだ」
・・・そう、吸血鬼が生きていく上で必要な行為。
「いやよ・・・いや・・・・!!」
でも。蘭世は激しく泣きじゃくっております。
(私が人の血を吸うなんて!!)
そう思っている蘭世の、悲痛な心の声がカルロに届きました。
「蘭世。聞きなさい!!」
カルロは少し声を荒げ、彼女の肩を揺すりました。
蘭世は少しビクッとし、我に帰ったようです。

「蘭世。」
カルロは真剣な眼差しで蘭世を射抜きます。
「おまえは自分の両親のことを覚えているか?」
蘭世は少し考えましたが、しばらくして首を横に振りました。
「お前の父は吸血鬼で、母は狼女だ。
お前が父の血を受け継いでいても
何らおかしいことはないのだ。
お前は当たり前のことをしているだけだ」

「おとうさん・・・。あたりまえのこと・・」
「そうだ。人間が食物を食べるのと同じ行為だ」

普通の人間が「お前の父は吸血鬼だ」などと言われれば相当な
ショックを受けるか、からかわれていると
怒り出すだけのどちらかでありましょう。
でも。蘭世には、カルロの言葉が自分の深いところにある
記憶の糸とふれあったようで、
すんなりと受け入れられていたのでした。

「幸い、私も血を吸われても何ともない身体でね」
カルロはニッと笑い、蘭世がつけた噛み傷に手を当てます。
手を離した次の瞬間。
手品のようにその傷は綺麗に無くなってしまいました。
流れていた血のあともまるで嘘だったかのように
消え失せています。
顔色だってまったく以前と変わりません。
蘭世もこれには驚いてしまいました。
「血が欲しくなったらいつでも言うといい。
 私は喜んでお前に吸われよう。そして私は十分それに応えられる。
 安心するといい」

蘭世の目から一筋涙が零れます。
先ほどの悲しみの涙とは違い、誰かの暖かい心に触れたときに、
心が震えて落とす暖かいしずくのようでした。
「カルロ様。あなたは一体何者なの・・・?」
「蘭世。」
カルロはその暖かい涙を、頬に口づけ唇ですくいました。
「私は、お前の恋人だ。お前のためなら、私はこの身を捧げよう」
そう言ってカルロは蘭世を抱き寄せます。
蘭世は信じられない・・といった表情で彼を見上げます。
「本当に、その、血を・・いいの・・・?」
「もちろんだ。私を見くびらないでくれ」
カルロはいたずらっぽく笑い返しました。



それから、蘭世は5日ほどに一度、カルロの首筋から
血を飲みました。
その間の日々は普通に食事も出来ました。
ただ、”その日”が来ると、食べ物から味が無くなり、
異様にのどが渇いてくるのです。
そうしたときに、カルロは察して自分で蘭世を首筋まで
導いてやるのでした。
そしてカルロも自分で宣言したとおり、いくら蘭世に
血を与えても全くやつれた所はありません。
悪魔の強靱な生命力が成せる技なのでしょう。
そして、蘭世が首筋に牙を立てると、そのたびに
カルロの身体に鈍い痛みの後から強烈な快感が
沸き上がるのです。
それはカルロにとって予想外のことでありましたが
愛しい娘からこんな悦楽を与えてもらえるという、
それだけでもうカルロはこの上なく幸せなのでした。


2ヶ月もたったある晩。
やはりその夜も蘭世はカルロの首筋から血を飲んでおりました。
やがて、唇を離すとカルロは深く息をしながら蘭世を抱きしめます。
蘭世もカルロの背にそっと両腕をまわしました。
「カルロ様・・・。」
カルロの胸に耳を当てると、彼の力強い鼓動が聞こえてきました。
(私が血を飲んだ後なのに、あなたは本当に何ともないのね・・・)

「私、あなたのそばで目覚められて、よかった。ありがとう・・・。」
(私はこの人と一緒にいたい。ずっと・・・!)

このとき蘭世は本当に、そう思ったのです。

「蘭世・・・!」
「ずっと、一緒に、いて下さい・・・」
「!」
カルロはついに、彼女から聞きたかった言葉を、その彼女の心を
手にすることができたのでした。
「もちろんだ。蘭世。いつも側にいよう・・・!」
彼女を抱く腕に力がこもります。蘭世は息が止まりそうです。
「愛している、蘭世。愛している・・・!」
先ほど蘭世の歯牙によってもたらされた身体の疼きはまだ、
おき火となってカルロの身体の奥でくすぶっています。
(この思い、倍くらいにはして返さないと
 私の気がおさまらない・・・!)
カルロは蘭世に口づけます。
そして、ゆっくりと彼女に覆い被さり、
深く深く愛を伝えていくのです・・・。


第2話 完



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