『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜第3話』



(2)水鏡



・・・天使ランゼが地上に降りて3日目。

「ふうふうふうふう・・・・」
天使ランゼはめちゃくちゃに林の中を駆け抜けていきます。
「探せー!」
「ちくしょう、どこへ行きやがった」
男二人が天使ランゼを追いかけているようです。
天使ランゼは男たちのそばの茂みに隠れています。
そうしてじっと息を殺しておりました。
「あっちのほうへ行ってみるか!」
(・・・)
男たちの足音が遠くなっていきました。
「ほっ・・・」
天使ランゼはおそるおそる茂みの中から立ち上がりました。
手には、真白な服を抱えています。
「盗みを、はたらいてしまったわ・・・」

天国にいたときは、いくら遊んで服を汚しても、
翌日にはさっぱりと白くなっていたのに。
地上ではそうはいきません。
幸い天使ですから空腹にはならないのですが
破れて汚れた服を着ていては、
街へでたときに怪しまれます。
意を決し、天使ランゼは街の広場で行われていた市場から
それを盗み出したのでした。
セーラー襟のシャツと、キュロットスカート。
天使ランゼはそれに着替えました。
そして、隣町へと向かうのです。



天使ランゼは、それから5カ所は街を移動しました。

(あれから 何日経ったのだろう・・・)
朝は湖で身を清め、昼には街をさまよい、
夜は湖の近くで木の根元に眠る生活。
(リンゼはどうしているかしら・・・)
魔界へ戻りたくとも、冥王に教えられた戻る呪文の効力は
1度きり、そう、カルロを連れて帰るときのみに限られていました。
(もし、もう他の妖怪に先を越されていたら?)
そう思うと冷たいものが天使ランゼの胸を滑り落ちます。
天使ランゼは身震いし、不吉な考えを振り払いました。
(とにかく、探すしかない、私にはそれしかない!)
天使ランゼは、そうして亡霊のように
地上をさまよい続けるのです・・・。


蘭世が目覚めてから3ヶ月がたっていました。
そう、”死神ジョルジュとの約束の日”を越えて
蘭世はこの世に存在していたのです。

本物の「吸血鬼」となった蘭世のために、カルロも
昼眠り、夜起きて行動する生活をしています。
悪魔と吸血鬼です。闇に住まうもの同士、それは
二人に似つかわしい生活なのかもしれません。
蘭世も少しずつベットから起きる生活を始めていました。
カルロは蘭世を宝石のように大事に扱い、
そして思うままに愛しておりました。
蘭世もカルロに寄り添うようにしております。
なにもかもうまくいっているように思えました。

ただ、蘭世は”約束の日”から少しずつ様子が変わりだすのです。
眠っているときに悪夢をよく見るようになります。
そして、食欲がだんだんと落ちてきたのです。
カルロの血は飲むのですが、普段の食事が進みません。
そしてその血すらも飲まないことがありました。
「・・・カルロ様。やっぱり私、もとの地下室で眠りたい・・・」
そう言って蘭世は涙をこぼします。
記憶はまだ戻っていないようですが、
心の奥深いところで何かを思い出しているのでしょうか。
「なにを言っているのだ蘭世。私がいる、私がおまえを治してみせる」
カルロは涙する蘭世をかき抱きます。
「おまえは、私のものだ。どこへも行かせない。
 誰にも渡さない・・・!!」

夜明けが近づき、蘭世はベッドで眠りにつきました。
カルロはその青白い寝顔にそっと右手を添えます。
(・・・)
どうすれば蘭世は元気になるのでしょうか?
黄泉の国に近づく魂を、どうやってこの世に留めよう?
(私の血だけではもう無理なのだろうか・・・)
そこでカルロはハッと、何かに思い当たりました。
「天使の・・・血か。」
飲めば不老不死となる不思議な血。
天使には思い当たる者がありました。


カルロはバスタブに水を張りました。
「・・・・・・・・」
何事かを口元でつぶやきます。呪文のようでした。
水面すれすれに手をかざします。
すると水面に、ゆらゆらとどこかの風景が映りだしました。

”天使ランゼよ、おまえはどこだ・・・?!”

あまりおおげさに探し回ると、カルロを見つけだそうと
している妖怪どもに逆に見つかってしまいます。
慎重に、すこしずつ移動し像を結んでいきます。
”ランゼ・・・”


天使ランゼはある大きな泉のそばにおりました。
朝の水浴びをし、着替えを済ませます。
”洗濯”という行為も覚え、昨日まで着ていた服を洗って絞り、
そばの木の枝にひっかけておりました。
(明日はもっと西へ行ってみようかな・・・?)
そんなことを考えながら泉をなんとなく眺めておりました。

すると。

「!!!!!!」

ぼうっと人影が泉の上に現れたのです。
天使ランゼは驚いて思わずへたりこんでしまいました。
でも次の瞬間にその人影が誰か気づきます。
「あ・・・カルロ様?!」

「ランゼ・・・おいで」

泉の上の人影はまさしくダーク=カルロでした。
カルロは天使ランゼに手招きをしています。
ただ、その姿は透き通っており実体がありません。
天使ランゼはそのホログラフのようなカルロに
どうしたものかと困った顔をします。
「大丈夫だ。私のいるところからここへ道を通した。
この手を取れば私の元へ来ることが出来る・・・さあ。」

そう言ってカルロはさらに手を差し出します。
天使ランゼは心を決めました。
膝丈のワンピースが濡れるのもいとわず
ざぶざぶと泉に入ります。
もう少しで手が届く。そう思ったとき。

「こっちから向こうへ行ける、ということは逆もいけるはずよね?」

別のところから女の声がしました。
それは、例の、眉毛の太い3つ目女でした。

どこからともなくいばらの太いつるが何本も
うねうねと生き物のように伸び、
あっという間にカルロと天使ランゼに絡みつきました。

「しまった!」

バスタブの側に座っていたカルロにもいばらが絡みます。
魔力でそれをなぎ払ういとまもなく、カルロはバスタブの中へ
鋭い水しぶきと共に引きずり込まれていきました。


太いいばらはまた生き物のようにうごめき、
カルロと天使ランゼを泉から引きずり出し、
岸辺に立つ三つ目女の足下に
その太いつるを絡めたまま転げさせます。
「やったわ!」
三つ目女は満足げに指を鳴らしました。

「ちょっと!!!カルロ様も私も離しなさいよおっ!!!
あんたいったい何なの!!!」
天使ランゼも太いいばらが絡んで身動きが出来ません。
それでもじたばたとあがき、その犯人とおぼしき女をにらみ、
怒鳴りつけました。
それでも三つ目女は平然としております。
「あんたこそなんなの小娘。・・・ひょっとしてカルロ殿の愛人!?」
三つ目女は一瞬顔色が変わりましたが、
天使ランゼのぶうたれた顔にその考えを否定しました。
「まさかね。あんたみたいなチンクシャなガキが愛人なわけないか」
天使ランゼはさらにぷうっとむくれました。
「失礼ね!!あんたも私とそう変わらないじゃない」
「おだまり!!」
ぱあん!と三つ目女は天使ランゼの頬を殴りました。
「きゃあっ!!」

ここでふと三つ目女は小娘の正体に気づきました。
「そういえば・・・あんた、大きい方の天使よね!?」
突然正体を聞かれ天使ランゼはムッとします。
「・・・そうだったらなんなのよ」
「ふん! あとであんたはたっぷり生き血を搾り取ってやるわ!!」
天使ランゼはしまった!という表情になり顔色を蒼くさせました。

そして、カルロは・・・。
天使ランゼとは対照的で、浜に打ち上げられた貝殻のように
じっと動きがありません。天使ランゼは心配になり
カルロにも檄を飛ばします。
「カルロ様っ!一体どうしたの!?こんな女やっつけちゃってよ!!」
「・・・」
それでもカルロは無言です。
そして目を閉じ身動き一つしないのです。
「さすがカルロ殿ね。わかってるじゃない。
どんなにあがいたって魔力でこの私に敵うわけがないって事」
「そんな・・・まさか!?」
天使ランゼは信じられない・・・という表情です。
「やあねえ知らないの?
 魔界人は男型より女型の方が魔力が強いのよ」

三つ目女はつかつかとカルロのそばに歩み寄り身をかがめ、
その顎に手を掛けぐい、とこちらへ向かせました。
カルロは目を開き、その三つ目女を冷たい視線で見返します。

「・・・う!!」

三つ目女がカルロの魔力にかかるのには3秒も必要有りませんでした。
「なるほどね・・・こんなに近くで見たことがなかったから
わからなかったけど・・・」
三つ目女の表情がうっとりとなり、顔を赤らめております。
そして顎に掛けていた手をカルロの頬へと滑らせます。
「いい男・・・ゾーン様が執着するわけだわ・・・!!」

(いいわ。ゆっくり私の棲家でかわいがってあげる!)
三つ目女がもういちどぱちん、と指を鳴らすと、
いばらの太いつるごと、3人の姿は
泉のそばから消えてしまいました。

つづく



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