『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜第3話』



(3)記憶の刃



ここはカルロの屋敷。
カルロはバスタブの水鏡から外界へ引きずり出されており姿が見えません。


「・・・っ!!」
蘭世はベッドの上で目を覚ましました。
また悪夢をみたのです。
暗闇の中で鋭い何かが閃き、せまってくるのです。
じっとりと汗をかき、呼吸が早くなっておりました。
身を起こし、肩を揺らしてはあはあと息をします。

(?)
蘭世は人の気配がないことに気がつきました。
「カルロ様・・・どこ?」
蘭世はベッドから降りてカルロを探しに行こうとしました。
そのとき、窓も開いていないはずなのに
ふいに大窓にかかっていたカーテンが揺れました。
「カルロ様そこにいるの?」

そこには。
カルロではなく黒いローブを羽織った男が現れたのです。
「!!」
蘭世は驚き2,3歩下がります。
「だっ、誰!」
「突然で悪いな・・・本当になにもかも忘れちまったのか?
蘭世、俺だよ、ジョルジュ。」
「・・・」
蘭世は俯き、黙って首を振りました。
(私を知っている人みたい・・・)
「カルロは留守みたいだな」
ジョルジュは部屋の中をきょろきょろと見て回ります。
「・・・なにかご用ですか・・・」
蘭世は突然の訪問客に、やっとそれだけ言いました。
「あっ、わるい。蘭世が目覚めたって聞いたんでさ。
元気かなって、様子を見に来たんだよ」
ジョルジュは立ち止まり、そういって笑いながら頭をかきました。
「わたしの、様子・・・?」
「そう!」
ジョルジュは蘭世に向き直り顔をのぞき込みます。
「なんかちょっと顔色悪いな・・・。」
ちょっと心配げな表情をします。
(・・・)
蘭世は身を固くして2,3歩また後ろに下がりました。
「あっ、すまん。起きている蘭世に会うのがあんまり久しぶりで」
蘭世には記憶がないというのに。
ジョルジュは自分がぶしつけだったことを反省しました。

「その・・・カルロは優しいか?」
「はい。」
「そうか・・・」
ジョルジュは鼻の頭を人差し指の先でかきながら、言葉を探します。
「蘭世さ、今、おまえ幸せか?」
蘭世はすこし沈黙していました。
「うん。幸せよ・・・たぶん・・・」
そして、そう静かに答えます。
ジョルジュは目を丸くしました。
「たぶん、て、それはおかしいな」
「・・・ごめんなさい」
「謝ることはないよ。でも歯切れの悪い答えだな
 ・・・なにか思うところがあるのか?」
ジョルジュだって蘭世の幸せを願ってやまないのです。
今蘭世がカルロと一緒にいて心から幸せならば、
ふたりをそっとしておこうと思っていたのでした。
今日はそれを確かめに来たつもりだったのです。
(・・・)
蘭世は横を向き押し黙ってしまいました。
ジョルジュはまた問いかけます。
「カルロのことは好きか?・・・その、愛している、か?」
「うん。ずっと一緒にいたいと思ったの。」
その問いには、蘭世はすぐに答えました。
蘭世はベッドの側にある窓辺に近づきました。
カーテンが堅く閉じられています。
そのビロードの生地に手を触れました。
「それなのに・・・」
「?」
「私、また、あの地下室へ行って眠りたいと思うことがあるの。」
(それは・・・)
ジョルジュは蘭世の記憶の蓋がすこしずれていることに気づきました。
「蘭世。」
ジョルジュはますます慎重に言葉を選びます。
「どうして、そう・・・思うのかい?」
「わからないの・・・ねえ。」
今度は反対に蘭世がジョルジュに問いかけました。
「あなたは、私のことも、カルロ様のことも知っているのよね」
「ああ、そうだよ。」
「じゃあ・・・私がどうしてそう思うのか・・・どうして地下室で
 眠りたいか、も知っているの?」
核心をついた問いにジョルジュはうろたえました。
咄嗟にどう答えていいかわかりません。
蘭世がなにも思い出さないでいてくれるのならば、
黄泉の国などへは連れていきたくない。
それはジョルジュもカルロと同じ思いでした。
黄泉の国へ行けば、もう”彼女”のすべてが無に帰ってしまうのですから。
 それに今真実を思い出してしまったら?
カルロに愛された蘭世は、いったいどうするだろうか・・・
(俺のせいで思いだしちまったら、カルロに面目が立たないよなぁ・・・)
そんな考えもチラと頭をよぎります。
「ねえ、知っているのね?・・・お願い、教えて!」
蘭世はジョルジュに詰め寄りました。
ジョルジュは頭に手をやり、困り果てています。
「まいったなあ・・・」
蘭世は真剣そのものの目でジョルジュを見上げます。
「カルロ様に同じことを聞いてもはぐらかされるだけなの。
 私は真実が知りたい!」
「うーん・・・」

しかし。

ジョルジュはやがて、迷うことは必要なくなるのです。

「ジョルジュさん、あなたはいったい何者なの?」
蘭世は彼に問いかけます。
ジョルジュは一瞬答えようか迷いましたが、これくらいは
言ってもいいだろうと判断しました。
「俺は・・・死神、だ。」
「しにがみ・・・」
蘭世はそう言われて、改めてジョルジュの背中にある大鎌に気づきました。
カーテンの隙間から差し込む光が、大鎌の刃にあたって閃きます。

「!!!」

それは、蘭世の夢で見たものにシンクロしました。
表情が次第に何かにおびえたようになります。
「あ・・・あ・・・!!!」
「おい!どうした蘭世!!?」
蘭世は顔が蒼白になり、頭を抱えて座り込んでしまいました。
「大丈夫か蘭世?!」
ジョルジュはおろおろして蘭世の肩を揺すります。


その閃きは。
『禁断の剣』のようだわ・・・!


しばらくして。
蘭世は落ち着きを取り戻しました。
彼女が再び顔を上げたそのとき。
蘭世の表情には、意志が宿っていました。
「私・・・おもいだしたわ・・・」
「なんだって!?」
蘭世は死神の肩をつかみ、顔をのぞき込みます。
「あなた、死神さんね!」
「・・・ジョルジュでいいよ。」

ジョルジュは半分後悔していました。くるんじゃなかったと。
ここへ自分が来なければ、蘭世は辛い過去を思い出さずにいられたのに。
でも、思い出す前より、蘭世はすっきりとした表情をしていました。

「私、どのくらい眠っていたの?」
「・・・99年と、9ヶ月。」
「えっ・・・あと、たった3ヶ月だったの!?」
蘭世は呆然とし、がっくりと膝を落とし両手を床につきました。
「それなのに、何故?カルロ様・・・・!」
思わず涙が蘭世の目からこぼれました。
「ねえ・・・私、もう間に合わないの?」
「え?」
「あの、黄泉の国へ行くこと。」
「・・・それは・・・」
ジョルジュは再び言い淀みました。

ここでふと蘭世は気づきます。
「ねえジョルジュ、カルロ様人間よね?なのに・・」
「全然歳、くってないだろ?」
「うん・・!いったいどうして?!」
(私の眠っている間に、いったいなにが起こったの?)

ジョルジュはカルロの身の上を蘭世に話しました。
魔界が冥王に征服されたこと、
カルロが魔女に悪魔にされたこと、そして
100年もの間冥王ゾーンに幽閉されていたこと、
蘭世に再会したい一心で人間界へ逃れてきたこと・・・。

「そう・・・」
蘭世は眉を曇らせました。
「なあ・・・蘭世。」
ジョルジュは下を向き、ふっとため息をつきました。
「俺から言うのはおせっかいかもしれないけどさ。・・・
カルロはさ、強引なやつだけど、おまえのことをすごく愛してると
思うんだよ。」
「・・・」
「おまえに会いたくて、だからこそあのつらい魔界での幽閉生活も
 乗り越えてきたんだろうしさ・・・」
蘭世はこの3ヶ月間の、カルロとの生活を思い出していました。
「カルロ様は、とても私を大事にしてくれたの・・・」
「な?そうだろう。」
ジョルジュはにっこり笑いました。
「俺もさ、蘭世にはこの世で幸せになってほしいと思ってるんだ。
それができるのなら冷たい黄泉の国へ行くことはない。
黄泉の国へ行くというのは、100年前にもお前に言ったが
自分の全てを失うことなんだ。それと・・・」
ジョルジュは思わず蘭世に背を向けます。そしてその台詞を
こぼしました。
「俺はカルロにも今まで不幸だった分幸せになってほしい」

ジョルジュは今しがた出現したときのカーテンに歩み寄り手をかけました。
(・・・言いたくないことだが、これだけは伝えなくちゃいけないよな)
蘭世の方を振り向かず口調静かに続けます。
「だが、黄泉の国へもいつでも行ける。生命の神から許可は下りてる。
また3日後の朝にくるから、それまでにどうするか決めておいてくれ。
・・・じゃあな!」

来たときと同じように、ジョルジュはカーテンを揺らして消えてゆきました。


(・・・)
ひとり取り残された蘭世はベッドに腰掛けました。
(あれからもう100年たったの・・・)
蘭世は俊との最後の想い出を蘇らせていました。
時間は100年たっていようとも、自分には
つい2,3日前の事のようにそれは鮮明なのです。
何しろずっと眠っていたのですから。
ただ、その当時の自分よりも落ち着いてこうして座っていられる
ことが自分でも不思議でした。
これが100年の時間が経った証拠なのでしょうか。

(真壁君と本当にキスしたのは1度きりだったのに・・・)
そしてその想い出と並ぶようにカルロとの
最近の数ヶ月を思い出します。
カルロは大人の男で、大人のやり方で蘭世を愛していました。
思わず顔が赤くなり、自分の身体を抱きしめます。
「無理矢理では、なかったわ・・・でも、私 
 カルロ様にみごと絡め取られたみたいね・・・」

強引だけど、にくめない。
優しいけれど、裡(うち)に秘めた激しさは隠しきれない。
私に会いたかったと。100年もの間苦しんでいたと。
「カルロ様の、幸せ・・・」
 
蘭世は天蓋の柱にもたれ、ふう、とため息を付きました。
「そして、私は・・・」
同時に100年前に散った、大事な人の事も思い起こします。
(黄泉の国で 真壁君 どうしているの・・・?)

心は揺れます。
カルロが不在な事が今の蘭世にはありがたく思えました。
自分の心と冷静に向き合えるのですから・・・

そして、静かに時間は蘭世の横を過ぎていくのでした。





つづく




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