『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜第4話』



(1)翼が無くても


昏い意識の中。
天使ランゼは夢を見ていました。

カルロがベッドで冥王ゾーンにのしかかられています。
(・・・いやだ。やめてよぉ!!)

カルロ様。
そうやって、そうやって
いつも誰かに何度も何度も抑えつけられてきたの。

<<信じていた自分の力が通用しないと悟ったときは、さすがに辛かったな。
 現に、この場の結界を、私の魔力では解く事が出来ないのだ・・・>>

そんなカルロの声が聞こえてきます。
悪あがきをしても無駄。
抵抗にも涙にもこの世界では意味がない。
・・・それを、賢いあなたはよく知っているのね・・・。

そんなあなたに、私は何をしてあげられるだろう。
あなたの”心”を救いたい。
あなたに優しくする方法が知りたい・・・。

「!」
天使ランゼはがばっ と跳ね起き、夢から覚めました。


「大丈夫?・・・」
どこからか優しい声がし、白く柔らかい手が額にそっとあてられました。
「ここはどこ・・・?」
ぼおっとした意識のまま、天使ランゼはそうつぶやきました。
「カルロ様のお屋敷よ。・・・あなた丸2日も眠っていたの」
「えっ!?」
天使ランゼは我に帰り、その手の主を見返しました。
「こんにちは、そして、初めまして。」
ベッドサイドに立っている彼女からは、にっこりと笑顔が返ってきました。
「!?あなたは・・・」
天使ランゼは驚きの表情です。
「私、江藤蘭世。よろしくね。」

蘭世と名乗る少女は天使ランゼが眠っている間
ずっと側に付き添っていたようです。

ここはカルロ様のお屋敷。
そして、えとう、”らんぜ”・・・。
江藤蘭世 と名乗った少女は、黒目黒髪でしたが
自分、天使ランゼ にそっくりです。
思わず息をのみ、その少女を穴のあくほど見つめてしまいました。
「私たち、とてもそっくりね。・・・まるで双子みたい」
天使ランゼが見つめていると、蘭世もそう言って楽しそうな顔をしました。

「目覚めたのか・・・!?」

どこかから懐かしい声がしました。
カルロが奥のドアから部屋に入ってきたのです。
カルロは水差しをトレイに乗せて運んできました。

「カルロ様・・・」
天使ランゼはカルロを悲しそうな顔で見上げます。
「・・・この人が、カルロ様の想い人さん なの?」
天使ランゼは単刀直入にカルロに聞きました。
「そうだ。」
カルロも同じくらいきっぱりと答えます。
その言葉に、天使ランゼの心は十字に刻まれました。


そう、そうだったの。
カルロ様が私に優しかったのは、
私がこの人にそっくりだったからなんだ。

・・・もし容姿が違っていたら?
私は三つ目女や他のモンスターと同じだったんだ。
いいえ、今も、その他大勢ときっと変わりはしない・・・

天使ランゼは何故、カルロが自分に”ランゼ”と名付けたのか
痛いくらいわかってしまったのです。

天使ランゼは俯きその表情は青ざめていました。
気が付くと今、自分は白いネグリジェを着ています。
でも、それはきっと目の前にいる”蘭世”の服なのでしょう。
それを着ていると思うとさらに切なさが増しました。
(いくら力でカルロ様を守れたって、そんなんじゃ違うんだ・・・。)

天使ランゼは現実に直面し、悲しすぎて涙もこぼれません。

「水を飲むか?」
カルロがそう天使ランゼに聞きます。
でも天使ランゼは俯いたまま首を横に振りました。
「・・・私たちは食べ物を口にしないの・・・」
ぽつりと、小さい声でつぶやくようにそう言いました。

「え?何も飲んだり食べたりしないの?!」
吸血鬼の蘭世は驚いたように聞き返します。
「わたしは天使ですから・・・」
やっぱり天使ランゼは顔を上げられません。
そして小声でそう答えるのが精一杯です。
早くここから逃げ出したいような気持ちが沸いてきます。

「えっ!?天使さん!?・・・素敵!初めて会ったわ!!」
蘭世は天使ランゼの手をとり屈託なくぶんぶん!と握手をしました。
「・・・でも天使さんが私にそっくりなんてなんか照れくさいな」
そんな素直な発言をし、照れ笑いをするのです。

「今日はおまえも体調がよさそうだな。・・・よかった。」
カルロは吸血鬼蘭世の髪をなでながらそう言います。
「ここへ戻ってくる前はどうなるかと心配した」
「・・・・心配させてご免なさい・・」
カルロが心配そうな視線を向けると、蘭世は俯いて顔を赤くしていました。
そのやりとりに天使ランゼは素直に疑問がわき、聞いてみました。
「あの・・・蘭世、さんはどこかお悪いの?」
「いいえ、大丈夫よ!」
「それは違うだろう。蘭世、無理はいけない」
慌てて否定する蘭世に、カルロは彼女の体調を正確に見透かしていたのでした。

カルロは天使ランゼが座っているベッドの側にある
椅子へ腰掛けました。
そして天使ランゼの目をまっすぐに見ます。
「・・・ランゼ。頼みがある」
「あなたも”らんぜ”っていうの!?」
吸血鬼の方の蘭世が驚いた声を上げました。
姿形どころか名前も一緒ならば驚いても無理はありません。
天使ランゼはやっぱり下を向き、自分の悲しみを抑えつけながら小声で答えます。
なるべく蘭世には自分の本心に気づかれたくなかったのです。
「・・・私たち天使には元々名前はありません。カルロ様がつけて下さったのです」
「そうだったの・・・!」
なるほど・・・!という顔を蘭世はしていました。

カルロは言葉を続けました。
「・・・少しでいい。お前の血を、彼女に分けてやれないだろうか?
 彼女は吸血鬼なのだ」
その言葉に蘭世は驚きました。
「えっ!?どうしてそんな私たちに関係のない子にまで
 血なんか頂戴って言うの・・・?!」
「蘭世。天使の血には不老不死の力があるのだ」

カルロは両腕を伸ばし、天使ランゼの細っこい背中に両手をまわしました。
「翼は、返そう・・・」
そう言った途端。
みるみるうちに天使ランゼの背には美しい銀白の羽根がよみがえったのです。

普通だったら翼を取り戻せたことを喜ぶのでしょうか?
でも天使ランゼはぼおっと間近になったカルロの顔を見ているだけでした。
(もう私には翼なんかいらないのに・・・。)
翼なんかあったって貴男の心に近づく手段になど、なりはしない。

ふと気が付くと、真剣なカルロのまなざしがすぐそばにあります。
「私は彼女を愛している。彼女・・蘭世がいなければ私は生きていけない」

何もかもあきらめてしまったようなあなたが、
この”蘭世”さんには心からの愛を捧げるというの・・・?!。

カルロ様の言葉は私の心を切り刻む。
でも。
私を見つめる貴男の瞳を見るとだめなんだ。
自分の恋心に抗えないよカルロ様。
私はあなたの魔法にかかったまま。
きっとこの魔法は永久に解けないよ・・・。

天使ランゼは自分を見つめるカルロの頬に両手でそっと触れました。
そして、カルロの見つめる目をじっと見つめ返しています。
カルロはその華奢な両手に手を添えてきました。
しかし。
はっと、天使ランゼは天使リンゼが魔界で囚われ
苦しんでいることを思い出しました。
脳裏にその苦しげな姿が浮かび上がります。
(・・・ごめん、リンゼ・・・)

何をしてもこの人が私を愛してくれないだろうことは
わかってる。
それでもこの恋の魔法は一生解けない きっと・・・

・・・ごめんリンゼ。私はこれしか人を愛する方法を知らない。
誰かを犠牲にしなくても、きっとあなたは助けてみせるから!

・・だから、今はこの人のために・・・!

天使ランゼはカルロの目をみつめたまま、静かに答えました。
「・・・いいよ。私の血をあげる。」

天使ランゼがカルロを見つめる表情に蘭世は、あることに気づきました。
(ひょっとして この天使さん、カルロ様のことが・・・好き?)
その瞬間、ひそかに最後まで迷っていた蘭世の心は決まりました。

「・・・だめ。いらないわ。・・・もう誰の血もいらない・・・」

吸血鬼の蘭世がそう言った途端、カルロと天使ランゼは驚いた顔で
蘭世を振り返りました。

「・・・ごめんなさいカルロ様。私、もう貴男とは一緒にいられない。
 私、記憶が戻ってしまったの・・・」

「何を言っているんだ蘭世?」
「・・・やっぱり私は真壁君の元へ行くの・・私の好きな人は違うの」
それを聞いて天使ランゼはハッとしました。
(ひょっとして蘭世さんはカルロ様のことは・・・!)
だめだわ!
天使ランゼは蘭世に詰め寄りました。
「・・あっ、あげるからっ!鳥さんにだってあげたんだもん!平気!!
 なんにも気を使うことないんだよ!」
蘭世はそれでもその表情は変わりませんでした。
少し悲しげな微笑みで、静かに首を横に振ります。
「・・・いらないわ・・・」
もう天使ランゼは半泣きです。
「お願い!!カルロ様のそばにいてあげて下さい!!」
天使ランゼは肩を振るわせ叫びます。
「この人が好きな人はあなただけなのにっ・・・!」

なにもかもあきらめてしまったようなこの人が、
心から愛しているのはあなただけなのに。

私は知っている。
あの人がどうして私をあんなに情熱的に抱いてくれたかを。
・・・貴女にそっくりなこの私を。
あの人が私の向こうに貴女のことを見ていたからだ。

どうか、どうか・・・カルロ様をこれ以上不幸にしないで・・・!!

「ごめんなさい・・・もう少し早く思い出せれば良かった・・・」
蘭世は悲しげに俯きました。
二人のやりとりを静かに聞いていたカルロは立ち上がりました。
そして蘭世のそばへとゆっくりと歩み寄ります。
「私のそばにいる、と言ったお前の言葉はもう違うのか?」
「カルロ様・・・」
その言葉を聞いて蘭世はハッとし、一瞬心が揺れました。
でも。
「ごめんなさいカルロ様・・・真壁君を黄泉の国に残して
 私だけ幸せになれません」
「それはお前のせいではない!!」
カルロは蘭世の両肩をつかみ声を荒げていました。
でも蘭世は静かに続けます。
「うん、そうかもしれない。・・でも違うの。もうそんなことは関係ないんだわ。
 私はやっぱり真壁君の側にいたいだけ・・・」
まっすぐにカルロの目を見返す蘭世の瞳は一点の曇りもありませんでした。
「・・・黄泉の国に行けば記憶は全て無くなるのだ、
  お前が側にいることなどお前やシュンにとってなんの意味になると・・・」
蘭世の声も次第にトーンが上がっていきます。
「それでもいい。私の自己満足だけかもしれない。
 でも、お願い、行かせて・・・!!」

「・・・」
カルロは蘭世の肩を掴む手の力を緩めました。
そして、ゆっくりと、ゆっくりと。
別れを惜しむかのようにその手は徐々に離れていきました。

カルロはくるりと背を向けました。
「・・・行くがいい」

「そんなぁ・・!」
今度は天使ランゼがカルロに詰め寄りました。
「まだあきらめちゃダメっカルロ様!!あなたは
 この人だけはあきらめちゃ・・・!」
「引き際は鮮やかにするものだ」
そう言ったその顔は・・・いつか見た冷たい無表情でした。
「・・・・」
天使ランゼは二の句が継げず、できるのはただ黙って涙を流す事だけでした。

蘭世はいたたまれなくなりこの場を早く離れようと思いました。
「・・・もうすぐ死神さんが来るから、私玄関の前まで行って待ってるわ」

カルロの背に、蘭世がそう言ってドアへ歩んでいく気配が感じられます。
一瞬遅れてカルロは重大なことに気づきました。

「そのドアから出てはいけない!!!!」
「えっ?!」

カルロは振り向き慌ててそう叫びましたが、
気づくのが一瞬遅かったようです。
そのドアは。

蘭世が開けた途端、空間にぴしり・・と亀裂が生じました。
そう、この部屋を魔物達から隠す結界が破れたのです。

蘭世が開けたわずかなドアの隙間から、
でてくるわ出てくるわ。
わらわらと異形の者達が3人のいる部屋へとなだれ込んできたのです。
あっという間に部屋の中は妖怪だらけのすし詰め状態になってしまいました。

そう、魔物達に悪魔カルロの気配を見つけられてしまったのです・・・



つづく



Next  

閉じてメニューへ戻る
◇小説&イラストへ◇