『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜第4話』



(3)最終回:瞳の中にある真実


天使ランゼは、気を失ったカルロを抱えて
朝焼けの空の中を飛んでおりました。
朝日の光に身を投じたので、まばゆい光の中に姿を溶け込ませ、
魔物達からうまく逃げおおせていました。

(・・・っ!)
天使ランゼは一生懸命羽ばたいておりました。
自分よりも体の大きいカルロを抱えているのです。
もう気迫だけで飛んでいるようなものです。

(どうしてなのぉ・・・!?)
そして、羽ばたく天使ランゼの目からは
次から次へと涙があふれ零れていました。
こぼれた涙は、朝焼けの空気の中へ朝露のように
はじけ散らばっていきます。

(どうして こんなことになってしまったの・・・!)
カルロがただひとり愛していた吸血鬼の娘。
冷たく凍った心に、ただひとつの灯火だったろうに・・・
もうそれは永遠に失われてしまったのです。

カルロは今、魔物たちに力を使い果たし気を失っています。
それ以上に、大切な人を失ったことでどれだけ心を
傷つけているだろうか・・・天使ランゼはそれを思うと
また胸が締め付けられるのです。

ふと遙か下に地上を見下ろし、天使ランゼは初めて地上に
降り立ったときのことを思いだしました。
(あのときも、こんなふうにカルロ様を抱いて
 飛んでいたんだっけ・・・)

私の腕の中にこの人がいて。
それで私はこの人を手に入れたと思いこんでいたんだ。
(・・・でも、それじゃあ、あのときの私と
カルロ様を力でねじ伏せようとする魔物達と
一体何処が違ったというの・・?)
・・・きっと、同じなんだ。
この人の心を何一つわかろうとしないで
ただ、この人を手に入れたいだけだったんだ・・・。
そう思うと、自分がとても愚かな者に
思えてくるのです。

でも、でもね、カルロ様。
今の私ならば、少しはあなたの心をわかってあげられそうな気がするよ。
私は、あなたの心を救うためなら、どんなことでもしたい・・・!!

天使ランゼは、カルロの伏せた長い睫毛を見やりながら、そんなことを
考えておりました。

突然、空を行く天使ランゼは”めまい”に襲われました。
天使のいかづちを放つと、その後はどうも天使ランゼも
体力を消耗するらしいのでした。
(こんなところで・・・!)
くやしい。
折角ここまで飛べたのに!!
このままでは墜落してしまいます。
天使ランゼは唇をかみしめ森の中へ降りていきます。
そして、木々の根本へと不時着しました。

天使ランゼは残った力を振り絞り、カルロを草むらの影へ横たえました。
「ふうふうふうふう・・・」
天使ランゼは膝を落とし両手を地面につき、
息を切らして肩を揺らしております。
そうしていると・・・

ざざざっ。

突然草むらから黒い影が現れたのです。
天使ランゼは戦慄しました。
(追手!?)
必死にカルロに覆い被さり匿おうとします。
それが今の天使ランゼに出来る精一杯の反抗でした。

「安心しろ。俺はカルロの知り合いだ。」
黒い影は死神ジョルジュでした。
そう言ってジョルジュはおもむろに口の中で呪文を唱えました。
その右手から、赤い煙のようなものがあらわれ3人を包みだします。
「なにをするの!?」
「魔物たちに見つからないように結界を張ったんだ。」
「・・・」
そこで天使ランゼの警戒心がやっと解けだしました。
「う・・・」
「カルロ様!」
カルロが目を覚ましたようです。
天使ランゼはその身体を起こす手助けをしました。

カルロはジョルジュを認めると怒鳴り散らしました。
「今頃何をしに来た!!蘭世は消えてしまったぞ、
 お前のいない間にな!!」
いつにもないカルロの荒ぶる感情でした。
ジョルジュはそれを真摯に受け止め、悲しそうな表情をしました。

「間に合わなかったことは認めるし、済まないと思ってる。」
カルロの屋敷に行く前に、黄泉の国へ行く道を忘れた亡霊がいたのです。
それをなだめ、黄泉へ送る作業をしていたので行くのが遅れてしまったのでした。
それはジョルジュの大事な仕事の一つなのです。
・・・その亡霊とは、実はかの三つ目女なのでした。
三つ目女は魂になっても悪魔カルロを求めさまよい、成仏し損ねていたのです。

 「だが・・・これだけは見てくれ」
ジョルジュは懐からなにかを取り出しました。
それは、小さな石のようにも見え、そして淡い光を帯びています。
「俺が駆けつけたときには、これだけを結晶にするのが精一杯だったんだ。」
その石のようなものは、静かに緑色の光を放っておりました。
そしてその光の中に、ぼおっと長い黒髪の少女の姿が浮かび上がっております。
「蘭世の・・・魂?」
「そうだ。」
・・・そう、蘭世は消滅したわけではなかったのです。
ジョルジュは両手にその魂をのせ、大事そうに見つめています。
「黄泉の国へ持っていけば、何百年かかるか解らないがまた成長し転生できる。
黄泉の国では無理でも、生まれ変わってまた俊の奴にも会えるだろう。」

「はは・・・ははは・・・」
カルロは手を額に当て、木に寄りかかって笑い出しました
まるで自嘲しているような、狂気の少し混じる笑いでした。
「カルロ様・・・?」
天使ランゼは少し心配になりカルロを見やります。

どうあってもシュンの元へ行くというのか。
蘭世、お前は私を選ばない。何があっても、どんな姿になろうとも。
行くべき場所(ところ)、そしてたどりつくべき人の処へ行く。

・・・それは 残酷なほどに。

カルロは笑うのを止め、ため息を一つ つきました。
そしてジョルジュにしどけない視線を投げかけます。
「私も黄泉の国へ連れていってもらえないだろうか
 ・・・私はこの姿でいることにもう疲れた」
「カルロ・・・」
ジョルジュはその台詞にとまどいました。
「お前、もう上級の死神になったのであろう?そのくらい出来るはずだ」
「それはそうだが・・・」
「嫌!!だめ!!カルロ様!!お願い。黄泉の国へなんか行かないで!!」
天使ランゼはカルロに駆け寄りすがりつきました。
そして目に涙を一杯ためてカルロに訴えかけます。
「・・・私じゃ、ダメ?
 蘭世さんの代わりでも構わないから!お願い、
 私の側にいて下さい!!」
「ランゼ・・・」
「私はっ あなたのことが・・・」
「私もあの娘に そう懇願すれば、彼女は私の元に
 残ってくれただろうか・・・」
天使ランゼが大事な続きを言う前に、カルロはそう答えたのでした。
とりつくしまのない答えに、天使ランゼは青ざめ顔を伏せます。
そして涙がぽろぽろと雨粒のように流れ落ちるのです。


・・・身代わりでも構わない。どうか、わたしと共に生きて下さい・・・


ぼおんぼおん。

「!?」
突然、結界のバリアが何者かにつつかれたわみました。
中にいる3人に緊張が走ります。
「そこにいるのはわかっておりますよ・・・」
老婆の声がそう言いました。
「そこにおられるのは死神のジョルジュ様と見受けます・・」
老婆は持っている木の杖で結界の壁を叩いているのです。
ぼおん、とまた結界がたわみます。
「結界を張っておられるのはわかっております。これを解いて下さいませ。」
「・・・何者だ?」
ジョルジュは少し厳しい声で問いかけます。
「私は冥王ゾーン様の一番お側近くに召し使える者 
 グッティ=ウッディでございます
・・・ゾーン様に代わってカルロ殿をお迎えに上がりました」

しわがれた声がまた語りかけてきます。
「天使殿。ゾーン様は最初に交わした約束を果たすと仰せです。
・・・死神様にカルロ殿を黄泉の国へ連れて行かれたら、
 私どもはもう追いかけていくことが出来ませぬ。
 行っても戻れませぬ故。」
その声に天使ランゼの表情が変わりました。
「カルロ殿を渡して下されば、
 天使リンゼを返しましょう。」
天使ランゼははっとします。
「りっ・・・リンゼ!!あの子は無事なの!?」
「はい。ここへ連れてきております」
「リンゼっっ!!!」

天使ランゼは結界の壁まで駆け寄りおろおろしています。

(・・・)

カルロはその天使のうしろ姿をしばしじっと見つめていました。

ふたたび、ぼおん、と結界がたわみます。
「この結界をお解き下さいませ・・・!」

「・・・?おいカルロ?」
突然カルロは死神の足下へ座り直しました。
そして死神の鎌の柄へ右腕をかけ、目を閉じ
ジョルジュに背中で寄りかかるのです。
「結界を解け」
「カルロ?」
「早くするのだ」
「・・・お、おう」
ジョルジュは結界を解きました。

じわじわと3人の姿が大魔女の前に現れます。
そして大魔女は老婆の姿でした。
100年前はゾーンと同じくらい若々しい美女でしたが
今はもう見る影もありません。
やはりそれは個人差のあるものでした。
「あわわ・・・かっ カルロ殿っ!!!」
死神の懐にいるカルロを見てウッディ=グッティは慌てました。
今にもカルロが黄泉の国へと連れ去られそうに見えたのです。

(カルロ・・?)
ジョルジュは足下にうずくまるカルロを見下ろし、30秒ほど考え込みました。
ジョルジュ自身はこの事件についてあまり内容を知らなかったのです。
そしてジョルジュは彼らの会話からなんとなく事情を把握すると、
それらしく見えるよう声色をつくりグッティ=ウッディに告げました。
「カルロを取り戻したければ、はやく天使リンゼをこちらへ渡すがいい」
「ほれ、このとおり・・・」
大魔女が振り向き後ろを手で指し示しました。
すると、天使リンゼが両肩を大魔女の手下に支えられ現れました。
その顔はすっかりやつれていましたが、天使ランゼを認めると
笑顔が弱々しくもこぼれました。
「おねえちゃん・・・」
「リンゼ!!」
天使ランゼは弾かれたように天使リンゼに駆け寄ります。
そして二人はしっかりと抱き合いました。
「よかった、よかった・・・ごめんね、リンゼぇ・・・」
「おねえちゃん・・・!」

大魔女はカルロに手を差し出します。
「ささ、カルロ殿・・・お約束ですゆえ」
「・・・」
カルロはおもむろに立ち上がりました。
でも大魔女の差し出す手は取りません。
「カルロ殿?」
「・・・案内せよ」
「もっ・・もちろんでございます!!」
一瞬カルロがまた裏切るかとびくびくしていた大魔女は
そのカルロの言葉を聞き、ほっと胸をなで下ろしました。

カルロは大魔女についてその場を離れて行きます。
天使ランゼは遅れてそれに気づきました。
「かっ・・・カルロ様っ!!待って!!」
慌てて天使ランゼは声を掛けます。
そしてその後ろ姿を追いかけようと思わず身体が動きます。
でも。
天使リンゼがその身体をぎゅっと抱きしめ押しとどめていました。
「おねえちゃん・・おねがい もうどこへもいかないで・・・」
力無く天使リンゼがそう言うと、もう天使ランゼも動けませんでした。
今ここでカルロを取り戻したとしても、また天使リンゼを助けられるとは
到底思えません。
天使ランゼは辛くもそれに気づかされてしまいます。

「カルロ様っ!!」
天使ランゼは思わずもう一度声を投げかけます。
カルロは一度立ち止まりました。でもこちらを振り向きません。
「お前も早く天国へ帰るがいい・・もう誰にも心配を掛けるな」
「・・・」
(カルロさま・・・。)
再びカルロは歩き出します。
見ると、少し離れたところに百鬼夜行で見た馬車より少し小さい輿が
用意されております。そして異形の従者達が周りにかしずいておりました。
カルロは自らその輿に乗り込みます。
天使ランゼからはもう、乗り込むカルロの後ろ姿しか見えません。

(ああ、もう、きっとあの人に会えるのはこれで最後なんだ。)

もうまばたきする間も惜しいよ。
あなたの姿をこの目に刻みつけておきたい・・!

天使ランゼはばらばらと目から涙をこぼしながら、じっと
大きく目を見開いて、まばたきもせずその後ろ姿を見つめています。

輿が、ゆっくりと立ち上がりました。
少し方向転換をし、カルロの少し俯いた横顔が見えます。
でも、その表情は前髪に隠れわかりません。

(行ってしまう・・・!!)
ああ・・・カルロ様。

天使ランゼはいっそう強い瞳でそれを見つめ、願いました。

あなたの姿を目に焼き付けるから。
だからどうか、どうかせめて振り返って!
一度でいいから・・・お願い!

(お願い! おねがいよ カルロ様・・・!!)

・・・その願いが届いたのでしょうか?
カルロはふと顔を上げ、ゆっくりとこちらを振り向きました。

(!)

少しの間、天使ランゼはカルロと視線が絡みあったような気がしました。
でも。
再びカルロは輿が動く方へと視線を戻してしまいました。
そうして、魔物達に担がれた輿は雲に乗ってゆっくりと
低空飛行をし、森の奥へと進みその姿を小さくしていきます。
天使ランゼは、その輿を、輿に乗っているその人影を
いつまでもいつまでも、完全に姿が消えるまで
じっと見つめ続けていました・・・。

ジョルジュはそんな天使ランゼを見守っていました。
(ふうん・・・)
ジョルジュは天使ランゼとは初めて会いましたが、
もう彼女が誰に恋しているのかはわかってしまいました。
(皮肉なもんだな・・・見ればこんなに蘭世にそっくりじゃないか)

もう輿の姿は何処にも見えません。
「随分しっかり見ていたな・・・目、痛くないか?」
そう言って天使ランゼの頭をくしゅっ となでます。
あたまをなでられても、天使ランゼは目を見開いたまま、
真剣な顔で動きません。
「?・・おい?」
死神はその天使ランゼの姿に少し心配になります。

一呼吸置いて、天使ランゼは泣き顔になり瞳を閉じました。

(目が、目が痛いよ カルロ様・・・)
目をつぶるとあまりの痛さで涙がぽろぽろ出ます。

天使ランゼは瞳に焼き付いた、最後に振り返ったカルロの顔を、
そしてその姿を思い出します。
<<・・・天国へ帰るがいい>>
そう言ったカルロの言葉も思い出します。

いいえ、カルロ様。
私の帰る場所はもう天国ではないよ。
そこはあなたのいない空しい世界だ。

天使ランゼはそばにいる二人に構わず、
ぽろぽろと涙をこぼし続けました。

もう、天国はここにしかない。
この、私の瞳の中にしかないんだよ。

・・・そして、それこそが紛れもない私の真実・・・。








おわり

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すこし後書きです。
バッドエンドとなってしまいましたが、ハッピーエンドに向かう
後日話がございます。 ご興味のある方は こちら からどうぞ。

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