『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜』

後日話:・・・楽園にて

(3)


天上界の、茜色に染まった空気の中をゆっくりと歩いていく人影がありました。
それは・・・かのダーク=カルロであります。
(・・・)
黙々と、彼は暮れゆく野原の真ん中を歩いていきます。
それは彼にとってべつに何ともない、日常の一コマにすぎないようでありました。

・・・ですが。
突然、天上界には珍しくひときわ強い風が吹き過ぎました。
(・・・!)
さすがのカルロも驚き、突風から目を守るように右腕で顔を覆いました。
(突風とは 珍しいな・・・)
風がやんだとき、カルロは思わず空を見上げます。
すると。
(?)
カルロは見上げた先の少し離れた空に、星のように光るものを認めました。
(なんだ・・・あれは?)
それは・・夕日の光に反射してなお銀色に輝き、天高いところから
落ちてくるようでした。
その光を見たとき、カルロの心に何か胸騒ぎがおこりました。
「あれは・・・天使の、翼!」
カルロは思わず走り出しました。・・・その光が落ち行く先に・・・!

(このままでは間に合わない!)

いちかばちか。
悪魔だった頃の力を思い出します。
自らはテレポートし・・・光にも落下速度を落とそうと力を投げかけます。

間一髪。

かくして、光る翼は・・彼のさしのべた腕の中に 荷物を落としたような、
 どさっ という音と共に飛び込んできました。
カルロは足下の花を気遣う間もなく、よろめきそうになる足を踏ん張ります。
そうして、はあはあと息を弾ませていました。
「はは・・・私が・・テレポートできるとは・・」
カルロの腕の中には・・・天(そら)から落ちてきた翼のある者・・
”天使”が震えておりました。

カルロには空から落ちてくる銀白の翼が天使だと見当は付いていました。
しかし、落ちてくる天使が必ずしもあの”娘”・・・そう、
カルロが「ランゼ」と名付けた天使・・とは、限りません。
それでも、カルロは走り出さずにはいられませんでした。
・・・少しでも、あの”娘”に近づけるなら・・・!
違う天使でも、彼女に関する話ぐらい聞けるかもしれません。
そして、落ちてきた天使は。

「う・・・」

落ちてきた天使は呆然として目を見開いたままこちらも見上げずに
がたがたと震え続けています。
少女・・らしいその天使は自分になにが起こったのかまだよく
判っていないようでした。
カルロはあらためてその天使の顔を見、そして動揺しました。

「・・・おまえは?!」

長い黒髪、つぶらな黒い瞳。
かつて愛した娘・・蘭世とそれこそ、うり二つです。
カルロは思わず問いかけずにはいられません。
・・・かつて出逢った天使の娘も髪の色瞳の色こそ違え、
蘭世とそっくりの顔だったのですから。
カルロはその天使を腕からそっと地上へ降ろしました。
そして、はやる心を抑えつつ、つとめて冷静にその天使へ声をかけます。

「おまえたちは・・みんな同じ顔をしているのか?」
「え?・・・ええっ!?」

我に返った天使はハッとし、やっと空から落ちた自分を受け止めてくれた
その人物を見上げました。

「な・・・!」

自分を助けてくれたらしいその人物は。
天使ランゼは自分の目が信じられませんでした。
あまりにも懐かしい人物。
もう自分の瞳にしか住んでいなかったその男・・・。
以前会ったのは人間だったらもう忘れてしまうどころか寿命さえもつき、
数世代過ぎるほど昔のことです。

「まさか・・・まさか・・・カルロ、さま!?」

天使ランゼは驚きを隠せません。
震える両手を伸ばし・・・その男の頬に触れました。
・・実体を確かめようとするかのように。
大きな黒い瞳からは・・丸く大きな粒の涙がぽろぽろこぼれ始めています。

「おまえは・・・まさか・・」

カルロも顔色が変わりました。
髪の色瞳の色はかつてとちがいます。でも、それ以外は全く昔見たままです。

「はい・・・ランゼ、です・・・あなたに名付けてもらった名です」
「!」

天使ランゼはカルロの首に飛びついて抱きつき、カルロもその華奢な体を
しっかりと抱きしめました・・・。





あたりはすっかり闇に包まれていました。
カルロと天使ランゼは木の根元に座り寄り添い、
人間界で別れてから今までのことを打ち明けあっておりました。
天上界はいつも春で、夜でもあたたかいそよ風がやさしく流れています。

天使ランゼはカルロのその後を・・壮絶な運命を聞き、
ぽろぽろと涙をこぼしておりました。
「そう・・。カルロ様は ゾーンと 戦って、命を・・」

カルロは木によりかかり立てた片膝に手をおいてくつろいだ様子で、
黙って長い睫毛を少し伏せ、口元でほほえんでいるようでした。
「・・生きとし生ける者は皆滅びる。人間であればいつかは
 通らなければならない道だ。まあ、人間にしては私は随分遠回りしたものだが。
・・・魔物や天使のお前たちには死は関係ないのかもしれないが」

天使ランゼはあわてて首をふります。
「天使だってこの体が無くなれば滅びます!それに・・それに、死んだら愛しい人たちに
二度と会えなくなって、悲しいことくらい、私にも判ります・・・だって」
「だって?」
「私、あれからずっと天へ召される方々の道案内をしていたんですもの。
亡くなる方と会えなくなる、周りの人々の悲しみもずっと見つめてきました」
「そうか・・・」

天使ランゼはこつん、とカルロの肩に小さな額を乗せ寄り添いました。
「初めて”誰かと永久の別れをして悲しい”という気持ちを知ったのは、
 人間界でカルロ様と最後に別れたあのときです。」
「・・・」

カルロは、俯いてつぶやくように言葉を紡ぐ天使ランゼの伏せた睫毛を見ておりました。
「私、あのときの情景を目に焼きつけて今まで過ごしてきました。
 そのときのカルロ様の姿を思い出すこと、それだけが私の幸せだったの・・」
「・・・ランゼ・・・」

カルロはそっと右手で天使ランゼの頬に触れました。天使ランゼはハッとし、一途な瞳を
まっすぐにカルロへ向けます。
「・・・その瞳と、髪の色は、どうしたのだ?・・・前のお前とは違う」

天使ランゼはそれを聞いて少し顔を赤らめました。そして潤んだ瞳で視線を逸らさずに
その問いに答えます。
「生命の神様に、お願いをしたのです。・・”堕天使に相応しい瞳と髪の色を下さい”って」
カルロは優しい瞳でその愛くるしい黒曜石の瞳をのぞき込んでいます。
「・・・本当に心からそう思って願ったのか?」
その、自分を見透かされたような問いに天使ランゼはうろたえ思わず視線が泳ぎました。
「・・いいぇ・・わたしは・・わたしは・・・」
(貴方が愛した人にもっと似た姿がほしかった・・・でも
 まさかまた貴方に会えるなんて・・・)
天使ランゼの顔が一層赤くなっています。
「この私の、ために?」
天使ランゼはそう問われ、頷きたいような気持ちになったのですが・・
「・・・でも、私、また貴方に会えるとは、思っていなかったんです・・・
だから、その、これは、誰のためでもないです・・・自分のためにしたことです」
頷かずに、そう正直に答えました。
「ランゼ・・・」
昔と変わらない、純粋な心の天使。
カルロは天使ランゼの小さな肩をそっと引き寄せ・・・額にキスをしました。
そして一度離れたのですが、ふれあいそうな距離でせつなく視線が絡み合うと・・
こみ上げる気持ちはお互いに抑えられず・・二人の唇が ゆっくりと 
でも、引きよせあうように 重なりました。

自然に天使ランゼの腕はカルロの肩へと伸び・・首にからみつきます。
長すぎる歳月の果てに出逢った相手を、確かめ合うようにキスは繰り返されます。
深く、そして甘く・・・。

そして、カルロの唇が天使ランゼの白い喉へ降りたそのとき。
「わっ・・・私! 届ける巻物!!」
天使ランゼは突然我に帰り大声を出しました。カルロはぎょっとして身を離します。

天使ランゼは蒼白です。
(どうしよう・・・どうしよう!)
天使ランゼは思わずがばっ、と立ち上がり、カルロも無視して
眼下の月明かりが薄く零れる野原へ駆け下りました。
そして座り込んできょろきょろとしながら足下の野原を手探りします。
しかしあたりはすっかり闇につつまれ頼るのは月明かりしかありません。
しかも今日は三日月であり探すには光が足りません。

「ランゼ!・・・一体どうしたのだ?」
続いて、突然の天使ランゼの行動に面食らっていたカルロも
彼女のそばまで駆け下りてきました。
天使ランゼは半泣きの顔でカルロへ振り向きます。
「私! ・・・ある方へ巻物を届けにこの世界へ来たんです。
 でもそれを落としてしまって・・・!」
「!?」
そうです、そんなトラブルでもなければ、天使が空から落ちてきたりはしないでしょう。
(・・・)
また天使ランゼは必死に目を凝らして辺りを探っています。
カルロは辺りの情景を見渡し、ちょっと考えると天使ランゼに声をかけました。
「ランゼ。この闇では探すのは無理だ。夜が明けてからのほうがいい。
明日は私も探すのを手伝う・・・今夜は私の家に泊まるがいい」
そう言われても天使ランゼは巻物が気がかりで落ち着きません。
天使ランゼは”また”失敗をしでかした、と思いこんでいるのですから。天使ランゼは
立ち上がり、カルロにくるっと向き直りました。
「わっ・・私っ、今から帰って生命の神様に相談をしてみますっ」
そう言いながら翼をばさり・・と振るいます。
カルロはそれを見て、あわてて羽ばたこうとする天使の両肩を掴みました。
「闇を飛ぶのは危ない。とにかく今は夜明けを待つんだ」
「でもっ・・もし巻物がなくなっちゃったらっ、私っ・・」
天使ランゼは悲痛な顔でカルロの手をふりほどいて飛び立とうとします。
カルロはそれでもすかさず細い腕をパッと掴んで天使を引き寄せました。
腕の中に囲い、そして・・・
「あっ・・・」
もう一度、天使ランゼの唇を自らの唇で塞ぎました。
・・・しばらくして唇を離すと、カルロは耳元で囁きます。
「落ち着きなさい・・」
それでもなお、天使ランゼは不安で目が泳ぎ、今にも空へ羽ばたき
飛び出していきそうです。
「・・・」
(・・・仕方ない、な。)
カルロは軽くため息を付き、手を聞きわけのない天使の白く細い背に廻し
翼の付け根に触れました。
「あっ・・・きゃああ・・!」
一瞬遅れて天使ランゼはその背中に置かれた手の意味に気づきましたが・・・
そう、もう手遅れ。
瞬く間に、音もなく天使ランゼの背中から翼が霧のように消え去ったのです。
それはかつてカルロが人間界で天使ランゼに施した術と同じものでした。
「翼は私が朝まで預かる。」
冷静なカルロに、天使ランゼは泣きながらふるふると首を振りすがりつきました。
「カルロ様!いやっ 羽根を帰して!」
カルロはそれに答えません。しかし。
答えの代わりに・・・彼女をきつく抱きすくめました。
(ランゼ・・・行かないでくれ。)
カルロの口からは言葉は出ません。でも、天使ランゼには彼のその強い想いが
はっきりと伝わってきました。
もちろん、それには自分への想いが満たされています。
でも、そこに少し、この世界でカルロが感じている孤独が混じっている事が・・・
それが、天使ランゼにも判りました。
(今夜は・・ 私のために・・ここに、いてほしい・・)
抱きすくめられても必死にもがき離れようとしていたのですが、
その想いに気づいたとき、天使ランゼはもがくのを止め 
力を抜き 落ち着きを取り戻しました・・・。

三日月がまだ低い位置で 東の空から二人を見守っています。
カルロの住む家までの二人の道行きは ほんのりと照らしてくれることでしょう・・・


つづく


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