『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜』

後日話:・・・楽園にて

(6)



銀白の翼と長い黒髪、黒曜石の瞳を持つ娘天使がひとり。
天国へと翼をはためかせ二つの世界の狭間を飛んでいきます。
・・・そう、天使ランゼです。
彼女が落とした巻物の在処を知っていそうな弟天使の元へと大急ぎで戻ろうと
必死になって自らの翼をはばたかせています。
・・・しかし、空中を飛んでいるうちに、あることに気づきました。
(もしもリンゼが天国にいなかったらどうしよう?)
慌てて戻ってきたのですが、よく考えると・・・
天使リンゼが天国へ戻ったかどうかは、判らないことに気が付きます。
ひょっとしたら天上界に残り、まだ天使ランゼを探しているかも
わからないのです・・・
天使ランゼは飛びながら冷や汗が出てきました。
手の先が冷たくなり、ドキドキと鼓動が高まってきます。
(う・・・でもっ、とにかく戻って確認しなくちゃ・・・!)

天使ランゼは天国の門をくぐると、急いで天使リンゼの住む場所へ
向かいます。
それは奥には生命の神様が住むという、大きな大きな神殿の一角にありました。
他の天使達もこの神殿に住んでいるのです。
戸口へ降り立つと、どんどんどん!と扉を勢い良く叩きました。
・・・飛んでいたときに天使ランゼが抱いていた不安は杞憂に終わりました。
「お帰り姉さん。」
すぐに扉は開き、中から、かの美しい金髪碧眼の青年天使が顔を覗かせたのです。
天使ランゼはほっ、とした表情で笑顔になりました。
「よかったぁ・・リンゼ!あのね、私あなたに聞きたいことが・・」
「僕も聞きたいことがあるよ」
その返答に天使ランゼはドキッとし、真顔になりました。
天使リンゼの方は涼しい微笑をたたえたままです。
「・・とにかく、入って。」
天使リンゼはすぐに天使ランゼを自分の部屋へ招き入れました。
こざっぱりとして、清潔感あふれる部屋です。
天使ランゼに椅子をすすめながら彼は話します。
「夜帰らないんで心配したよ。仲間に聞けば姉さんは天上界へ
使いで行った、って聞いたから・・・」
天使リンゼはふと横を向き、視線を落とします。
「僕、姉さんを捜しに天上界まで行ったよ」
天使ランゼはその核心の話題に、すすめられた椅子にも座らず
思わずテーブルに身を乗り出しました。
「そう!それでねリンゼ、私ったら届ける巻物落としちゃって・・・リンゼどこかで
巻物を見なかった!?」
「・・・姉さん、その前に僕の質問に答えて・・」
天使リンゼは、姉天使の瞳をまっすぐに見据えました。
「姉さん、ひょっとして、天上界で あいつにまた出逢ったんだね・・?」
「リンゼ・・・”あいつ”って」
「そう、姉さんに魔法をかけた悪魔のことだよ」
「・・・」
「どうなの?」
天使ランゼは素直にYesと答えようとしましたが、弟天使の吐き捨てるような
言い方と厳しい表情に・・・自分がとても悪いことをしてきたのだと
責められているような気がして思わず俯いて黙り込んでしまいました。
「・・・あいつと一緒にいたんだね。」
天使リンゼがもういちどそう問いかけると、天使ランゼはやっとこくん、と頷きます。
「・・・それでね、私、今のお仕事が終わったら天上界に住みたいな って思うの・・」
「やっぱり・・・」
天使リンゼは困ったような悲しそうな表情をし、ため息をつきます。
・・しばらく二人の間に沈黙が続きました。

天使リンゼは突然くるりと彼女に背を向け、すたすたと部屋の隅にある窓辺へ歩いていきます。
ふと、天使ランゼはあることに気づきました。
「ひょっとして・・リンゼは、カルロ様が天上界にいること知っていたの?」
その質問に、彼は窓の外を見やったまま黙って頷きました。
思いがけない事実に天使ランゼは表情を強張らせます。
「ど・・うして今まで黙っていたの?」
天使リンゼはこちらを振り向き、半分あきれたような顔でまたため息を付きました。
「だって、それを言った途端、姉さんは一目散に天上界へ飛んでいってしまうだろう?」
天使リンゼは、やはり彼女がカルロの元にいたことを快く思っていないようです。
「もちろんよ!・・どうして?行ってはいけないの?」
天使ランゼのすっとぼけた問いに、彼の顔にもいらだちが浮かんできます。
「姉さん!・・あいつのせいで、姉さんも僕もとても辛い目にあったんだよ?
・・・忘れたの?それに・・それに姉さんだって何度も裏切られているじゃないか!」
「う・・」
天使ランゼは一瞬言葉に詰まりました。確かに弟天使の言うことは間違っていません。
「でも・・っ、今度こそ、カルロ様は私のこと好きだって言ってくれたもの!」
天使ランゼは赤い顔をして必死に答えました。
ですが、天使リンゼの方は完全にあきれ顔です。
「姉さん?・・ははっ、その一言であいつを信用しちゃったのかい?・・甘いよ・・」
「リンゼ!あなたがそんなこと言うなんて!・・・カルロ様はもう天上界の選ばれた民なのよ!」
「どんなに世界に功績を残していようとも、僕や姉さんにした仕打ちは消えやしない。
・・罪は罪なんだ。」
「やめてよリンゼ!あなたがそんなこと言うなんて私信じられない!」

天使ランゼの声のトーンが上がっていくのとはうらはらに、天使リンゼの声は
次第に冷静で、落ち着いたものになっていきます。
それがさらに、天使ランゼの心に彼の言葉達を深くつきささらせるのです。
「とにかくよく考えてよ姉さん。姉さんのその気持ちはただの魔法で、本物ではないんだよ・・
僕たち天使が姉さんみたいな感情を持つのはおかしいじゃないか!
そんな天使聞いたこともないよ・・・姉さんの心は、あいつに操られているんだよ。」

ついに、天使ランゼの目から大粒の涙が流れ始めました。
「わかってる、わかってるわよそのくらい・・・!」
天使ランゼは顔を覆うこともせず、見開いた目からはらはらと涙をこぼします。
「でもね・・リンゼ。カルロ様だって悪意があって私に魔法をかけたんじゃないことも
私は知ってる。それに・・それに・・」
やがて、ひっく、ひっくと泣きじゃくり始めました。
「もう、私にはそれが魔法かどうかなんて関係ないのよ・・・!」
「・・・」
「お願いリンゼ。 わたし ずっとあの人のことを瞳に焼き付けて生きてきたの
私からあの人への思いを取り上げないで・・・
この思いは確かにまやかしなのかもしれない。でも、今”私”が
あの人の所へ戻りたがっているのよ!」
ぽろぽろと涙を流し続ける姉天使を、天使リンゼは憐れむような瞳でみつめていました。
「僕だってそれは気づいていたよ。姉さん。
姉さんの心の中にいつも誰かが・・いいや、あの悪魔カルロ、が住んでいるのくらい
僕にだって判っていたよ。だからあいつが天上界にいることも姉さんには黙っていたんだ」
天使リンゼの表情がまた険しくなりました。
「だから、僕・・今度あいつが姉さんをさらいに来たら・・・
また僕や姉さんを苦しめに来たらどうやって守ったらいいかずっと調べていたんだよ」
「何を言っているの・・・?!」
天使ランゼの心に黒い雲が立ちこめてくるような 嫌な予感が過ぎります。
彼女の胸がきりきりと痛み出します。

天使リンゼはこちらへ視線を逸らさず後ろ手で部屋の隅にある木でできた
棚の上へ手を伸ばしそこから何かを取り出しました。
それは、なにやら紫の布で包まれた短い棒のようでした。
天使リンゼはこちらに歩きながらその布を外します。
中から出てきたのは・・・豪奢な、”短剣”でした。
「リンゼ、一体何よそれ・・!」
天使ランゼの胸の鼓動が早鐘を打ち始めます。
そして天使リンゼは穏やかな口調で答えました。

「これはね、魔界にあった”禁断の剣”を作った鍛冶氏がね、同じ時に作った短剣さ。」
「禁断の・・剣?」
「禁断の剣はね、魔界王家の者を倒すときに使われたんだよ。」
「?!」
天使リンゼは柄から刃を抜き、空にかざしました。天使リンゼはその切っ先を
じっと見据えています。
「これで刺された者は魂すら砕け散り、この世には存在しなくなるんだ」
「ひっ・・・!」
恐ろしい台詞に彼女の背中が凍り付きます。
「おねえちゃんの魂を救うには・・悪魔カルロの呪縛から解放するには、あいつを
抹消するしか方法がないんだ」
天使ランゼは体中の血の気が一斉に引くような恐怖を感じました。
あわてて刀を取り上げようと天使リンゼに駆け寄ります。
「いやよ・・やめてよぉ!そんな 恐ろしいこと!!」
しかし、天使リンゼは彼女の行動がわかっていたようにひらりと身をかわし・・
すかさず彼女の首の後ろを手刀で打ち付けました。
「うっ・・」
天使ランゼの意識が遠のいていきます
「巻物は僕が届けるよ。ついでに・・・あいつも消しに行く。悪いことをした奴は許せないんだ」
(やめて・・・やめて・・!)
天使ランゼは遠のく意識の中で弟天使の最後の言葉を聞いていました。
必死に彼を止めようともがきますが、
暗い意識の底へとずるずると落ちて行くばかりでした・・・


つづく


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