『微笑みの在処-ルーマニアレポート・3-』:悠里 作:カルロ様聖誕祭2004


2)

・・・もうもうと立ち上る 黒い煙・・・

それはカルロの屋敷の一角、バラ園の前での出来事だった。
蘭世が扉を開けようとしていた物置が 木っ端微塵に吹き飛んでいる。
(・・・・)
瞬間移動したカルロはランゼを庇い
彼女は寸前の所で難を逃れた
完全に爆風に巻き込まれていたのだが、カルロがバリアを張って難を逃れていたのだ。
彼が魔界人でなければ 彼女も物置と同じ運命を辿っていたに違いない。

「あ・・・」
ランゼは 真っ青な顔で震えている。
「間に合って 良かった・・」
滅多なことでは動揺しないカルロも 今回ばかりは顔を青ざめさせている。
もし もし自分が間に合わなかったら・・・・
震える小さな身体を抱きしめる腕に 自然と力がこもる。

ふと、カルロの頭に昨日ひょんなことから手に入れたマイクロフィルムのことがよぎる。
昨日の、今日だというのに もうこんなに激しい反応が出たとしたなら
どういうことなのだろうか。
「脅しにしては・・・ひどすぎる」
そんなに重要な内容が 書かれていたのだろうか?
ベンからの報告には 何も特異なことは書いていなかったのだが。
何か Q国を揺るがすようなことが 書いてあったのを 見落としたのだろうか?


あとからばたばたと駆けつけてきた部下達に カルロは指示を飛ばす。
「犯人達は北へ向かって逃走した 取り押さえろ!」
「はっ!」
そう指示は出したものの、カルロはランゼを庇っている間に 
爆発を仕掛けた男達が退却したらしい事に感づいていた。
(計算ずくだったのだろうか?)
”カルロ家の守りの要はボス本人である”
そして、”その彼を揺さぶるにはこの娘を襲うのが一番・・・”
襲ってきた者達はそのことすら知っているようにすら思えてくる。

”私をランゼに引きつけて置いて 何かをしたかった・・・?!”
(しまった!)
ハッとそれに気づき今まで自分が居た屋敷を見上げると、
その一角から 白い煙が吹き出しているのが見える。

・・・その瞬間、カルロは例のマイクロフィルムが強奪されたことを悟った・・・






「申し訳 ありません・・・」
「馬鹿者!!」

直立不動の部下Zの前を エーベルバッハ少佐は腕組みをしイライラしながら
右へ左へと歩き回っていた。

「お前は今度こそアラスカに行って貰わなきゃならんようだな!」
「・・・!」
もう、どう申し開きをすることもできない。

部下Zは目の前でQ国スパイがもたらしたマイクロフィルムを奪われてしまった。
しかも、あの”伯爵”にである。

「本当に、伯爵なのか!?お前の聞き間違いじゃないだろうな?!」
「本当です。僕のことを知っていました。僕の邪魔をしてすまないとまで言っていました」
「〜〜〜!!」

少佐のイライラは頂点に達していた。

「あの野郎・・・あの野郎!何故いつも私の行く先々に現れては私の仕事を
妨害するんだ!」
”伯爵”とは ドリアン・レッド・グローリア伯爵といい
美術品を主に狙う怪盗・・・通称「エロイカ」(”英雄”、の意)。
金髪の見事な巻き毛の美青年である。
伯爵の方は少佐に好意を寄せているのだが 少佐はもう迷惑千万・・!といった
ところ。
何故か行く先々で少佐と伯爵はニアミスを繰り返しており
二人は切っても切れない仲のようである。 
「盗みに入ったのが伯爵ということならば金庫を破ったのはおそらく部下のボーナムですね」
「間違いないだろう」
「伯爵は、やはりQ国情報部に直接依頼されて動いたと見た方がいいのでしょうか?」
「おそらくな・・・なにしろマイクロフィルムがカルロ家に来てからの動きが早すぎる」

少佐はイライラ、イライラとたばこを吸いながら やはり右に、左にと歩き回っている。
それを、部下Zは胃を痛めながら気を付けの姿勢のまま じっと見守っている。
「今回はブレスレットが伯爵の主な狙いだったんでしょうか」
「証拠物件の一つにすぎないブレスレットなどどうでもいい!あれはどうせ偽物だ!
問題は、何故あの男がマイクロフィルムまで一緒に持ち出したかと言うことだ」

いつものとおり、ただ”少佐に追われたい”それだけのために動いたのだろうか?

「しかし 何故そんなにあのフィルムが狙われるんだ?」

そんなにこちらに知られてはならない情報が書かれていたのだろうか?
とにかく、
”NATOの威信にかけて あのマイクロフィルムを奪還すべし”
そして、あの中には 相当重要な内容が書かれているに違いない。
捜索に値するものだ、
そう結論づけられたのだった。

そして、部下Zは今回の収穫として、カルロ夫妻をNATO本部へ召喚する事が出来た
屋敷の一部を爆破され 夫人の命を狙われたとなると協力する方が得策であると
判断を下したらしい。
勿論今回も カルロは2度の災難に巻き込まれ 相当ショックであろうランゼを気遣って
断っていたのだが、今回はランゼ自らがすすんで申し出て 
今回の事情聴取が叶ったのだった。

カルロ氏も夫人も別々の応接室で事情聴取と相成った。

さすがに情報部も(迷惑をかけた側として)気を遣い、取調室ではなく 応接室を使っている。

(やれやれ・・・)

部下Zは机でコーヒーを飲みながらため息をついた。
(カルロ夫人のおかげで 僕はぎりぎり アラスカ行きから免れた・・か)
だが、減俸は少佐からさっき言い渡されたところだった。

本当なら自分がカルロ氏か夫人の事情聴取をしたいところなのだが
ここは別の者に任せ 部下Zは休む間もなく自分の別に抱えている仕事に追われる。
伯爵の足取りとQ国スパイ達の動向を掴むために、今 15人の先輩が外へ出ている。
僕は事情聴取の結果待ちでここに残されただけだ。
何らかの手がかりが掴めたら 少佐はきっと僕を派遣するに違いない。

(さあ、出動までに 仕事 仕事・・・)
Zが書類に目を落としたそのとき。
控えめに部屋をノックする音がし、そっ・・と入り口の扉が開いた。
「あのっ!」
(おや)
ランゼが突然部下A〜Z達の部屋に現れたのだ。
突然の珍客に 部下達は一斉に立ち上がってしまった。

男所帯の暑苦しい部屋に 一輪の涼やかな花が生けられたような・・・

部下達が伸び上がって・・そしてわらわらと夫人の元へ寄り集まってくる。
「ようこそ カルロ夫人」
「いかがなさいましたか?」
自分を取り囲み口々に問いかけてくる部下達に、ランゼは目を白黒させる。
それでも、心を奮い立たせ ランゼは皆に問いかけた。
「私が持っていたブレスレットが盗まれたって 本当ですか!」
それを聞いて部下Zが前に進み出る。
「ああ・・ご協力ありがとうございます、カルロ夫人」
部下Zの顔を見て一瞬ひるんだ様に見えた・・が、ランゼはもう一度
同じ事をZに向かって問いかけた。

「私が持っていたブレスレットが盗まれたって 本当ですか!」
「でもあれはイミテーションだと聞いていますが・・?」
「確かにあれはイミテーションです。」
「だったら・・・」
「違うんです。ルビーは本物ではありません。でも・・」
「でも?」
そこでランゼは何かを言い出しそうになり ハッと口をつぐむ。
「どうしたのですか?」
「でも・・あの石は、ルビーではないのですが 私・・の家に代々伝わる物
なのです・・・その・・・水晶の一種・・で」
「すごいな・・あんな真っ赤な水晶があるんですか?」
「ごめんなさい・・私は詳しいことはよくわからないんですけど」
苦笑いとも・・ごまかし笑いとも言える表情だった。
「あれは相当歴史のある物で・・あれを無くしたら おばあさま達に申し訳なくて!」

そこで部下Zは、昨日のパーティでのランゼの様子を思い出していた。
(ああ そういうことだったのか。)
落としたブレスレットをイミテーションにもかかわらず 会場内を
ランゼは一生懸命探しまわっていた。

しかし なんでそんな大事な物を 彼女は持ち歩いて居るんだろう・・・?
(余計な詮索をするな)
そんな少佐の言葉が思い出され、部下Zは気を取り直した。
「判りました。盗んだ犯人は伯爵・・通称「エロイカ」という人物です。
彼の足取りを今おっています なんとかして探り出しましょう。
そして彼からマイクロフィルムの行方も聞き出せるはずですから」
それを聞き、彼女はありがとうございます、といって 安堵した表情を浮かべた。
だがすぐに思い詰めた表情に戻り、Zに問いかける。

「あのっ・・私も一緒に探しても良いですか?!」

その言葉に部下Zは面食らい・・・続いて苦笑混じりで答える。
「そういうわけには・・これはやっぱり専門家に任せて下さい。
一度あなたは命を狙われているのですよ」
「・・・わかりました では、ファミリーからお手伝いを何人か出させて下さい

「いえ そんなことは・・」
「お願いです!あのブレスレットは一刻も早く取り戻さなければならないんです
情報提供も出来るだけいたしますから!」
彼女の目は真剣そのものである。
ちょっとやそっとでは引き下がりそうにもない。
「・・・判りました なんとか上を口説いてみます、でも余り期待しないで下さい」
「ありがとう・・・宜しくお願いいたします!」
ランゼはぱあっ・・と明るい顔になり、深々と頭を下げた。
それは、ランゼが日本人であることを部下Zに思い出させる動作だった。

(なんだろう・・・それにしても 一刻も早く だなんて)
歴史的に価値のある一品だとしても
なんだかそれ以上にせっぱ詰まった印象を与えていた。
(実はイミテーションじゃなくて ”本物”なんじゃないだろうか)

「でも・・一つお願いがあります」
「?まだなにか・・・?」
「私が協力を申し出たこと、夫には言わないで居て欲しいのです。」
「え・・」
「何故かは聞かないで下さい。お願いします」
「は・・・あ」
釈然としないまま、部下ZはとりあえずYESと答えたのだった。
何から何まで 謎だらけである。

「最後に確認なのですが ご夫人」
「はい?」
「本物のルビーで作られた方が 銀行の金庫に預けられて居るんですね?」
「勿論です。スイス銀行ですから 確かめて下さってもいいです」

どうやら事情聴取の途中だったらしい。
担当官が顔を出し、再び彼女は応接室へ戻っていった。




このことは真っ先に少佐へ伝えられる。
カルロ夫人からの協力の申し出、ということで 
カルロファミリーとの連絡も取りやすくなるだろうという判断から
夫人の協力員を受け入れることになった。

A:「しかしなんでまたご主人に内緒なんだろうな」
B:「案外、盗られたブレスレットに 愛人のプレゼントでも忍ばせてたんじゃないのか」
Z:「彼女を馬鹿にするな!」
Y:「カルロ夫人に惚れるなよ Z、お前ならやりかねん 旦那はマフィアのボスだ
   命がいくつあっても足りないぜ」



翌朝NATO本部に現れた”カルロ夫人が派遣してきた男”は 比較的若い、
容姿の整った男だった。
部下Zより背は低かったが蜂蜜色の髪に 甘いマスクと青い瞳。
だがそのぎこちない身のこなしから言って、明らかに新入りクラスである。
「宜しくお願いいたします!」
そう言って彼・・・カミーユ・バダンと名乗る男は緊張した顔で深々と頭を下げた。
(・・・)
その挨拶の仕方に Zは何か心に引っかかるものがあったが
彼はすぐには それが何を示すのかはわからなかった。
とりあえず部下Zは カミーユと握手を交わした。

「うーん 伯爵の元へ行ったら カモになりそうだな・・・」
「彼を囮にして伯爵をおびき出せるんじゃないだろうか」
そんなひそひそ声があちこちから部下Zの耳へ届く。
(こちらの動きを監視する役目を負っているはずだ 気を抜くな)
そんなことを少佐に言われた事を思い出す。

(とにかく、全ては伯爵の居所を掴んでからだ)
伯爵の足取りの情報を じりじりしながら待つZであった。

つづく


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