『微笑みの在処-ルーマニアレポート・3-』:悠里 作:カルロ様聖誕祭2004


3)

今日も部下Zは じりじりしながらもデスクワークにいそしむ。
ランゼがよこしたカミーユという男は、1日1回本部を訪れ状況を聞いてから
帰っていく。
(・・・)
伯爵の行方について、自分の足でも探し出したい気持ちに駆られる。
だが、少佐は敢えて部下Zを机に縛り付けた。
書類作成をしていても 部下Zは彼らしくなく つい頭は事件について考える。
そして、盗まれた”イミテーション”を真摯に追うランゼを思い出す。
(家宝を何故”偽物”と言って持ち歩いていたんだろう・・・)
お守りのつもりだったんだろうか。
『私も(捜索を)手伝わせて下さい』
そう言ったランゼの真剣で真っ直ぐな瞳を思い出す。
あの瞳を見ればどう考えても あのブレスレットを探す”邪な理由”など見あたらないじゃないか。
僕は 甘いんだろうか? 否、違う。僕の勘が、何かに反応している。
(僕は あの真摯さに 応えてあげたい・・・)



数日後。

エーベルバッハ少佐の放った15人の部下達のひとりから、
ついに伯爵の居所についての情報がもたらされる。
それは、黒海沿岸。


「行くぞ!」
部下達は当然少佐も行く、と思っていたのだが
「俺は(最初から判っていて)あいつを追いかけるのは御免だ それこそあいつの思うつぼじゃないか。
こそ泥にはお前達で十分だ 行って来い」
そう言って部下達を突き放したのだった。
いよいよ部下Zは念願の仕事だ。部下Aも同行し、カミーユにも連絡を取り合流。


秋の色深まり黄金色の落ち葉舞う別荘街・・・

「A、Z!」

伯爵達を見つけた部下Xが公園で手を振ってこちらへ手招きしている。
やはり部下Xも少佐が来ないことに驚いていた。
一同も部下Xがいる物陰へ身を潜める。
「ご苦労さま・・・伯爵は?」
「本人はまだ確認していませんが、彼の例の部下が
ここのゴミ箱を物色しているのを今朝見つけました。」
(ジェイムズか・・・;)
部下Aと部下Zは 思わず顔をしかめる。彼は伯爵の部下で、貧乏症な変わった男だ。
「よし、で 奴は?」
「あの別荘へ」
坂の上にある建物を指さした。2階建てのごくありふれた民家だ。
公園の横にある建物の影から別荘を窺う。早速部下Zの血がさわぐ。
「踏み込みますか」
「勿論だ・・・いやまて」
部下Aが皆を制した。
「?」
「あいつが出てきた・・・」
一同は一斉に頭を引っ込め隠れる。
伯爵は悠然と 部下も連れずに別荘前の小道をこちらへ歩いてくる。
伯爵に遭遇するのは久しぶりだったが・・急に部下Zは心配になってきた。
「先輩・・はたして我々だけで 伯爵を取り押さえることが出来るのでしょうか?」
「うーん・・」
部下Aはその言葉を聞いて腕組みをしながら じっ・・と考え込んだ。
「そうだ!」
しばらくして 部下Aはポン、と手を打ち ランゼの派遣してきた部下カミーユを見据えた。
その真剣な視線にカミーユはたじろぐ。
「あの・・なんでしょうか」
「君、ちょっと頼みがあるのだが」
「はっ・・・はい」
カミーユが姿勢を正して返事をすると、部下Aは公園の真ん中にあるベンチを指さした。
「そこのベンチで新聞を読んでくれないか」
「え??」
「きっと黙っていても隣りに座るだろう・・そこを取り押さえよう」
「何故私だと伯爵が隣りに座るのですか?」
「いいからいいから」
実は伯爵は女性よりも男性に心惹かれる性癖があるのだ。
少佐の方は全くその気がないのだが、伯爵はそう言った意味でも少佐につきまとっていたりするのだ。
幸い、カミーユは小柄な美青年。
「君だったら伯爵と面識がないから、怪しまれないよ」
そう言いながら、部下Aは手近にあったゴミ箱から捨てたばかりらしい新聞を拾い上げカミーユに手渡した。

「この際だからなんでも利用しよう」
部下Aはカミーユの背中を見送りながら部下Zにニッ、と笑いかける。

読みは的中した。
公園に到着した伯爵は、早速カミーユに目を止めた。
軽く腕組みをして しばらくカミーユを見ていたと思ったら・・
彼の座るベンチまで いそいそと近寄ってくる。
カミーユの方は もうそれこそ必死で知らぬ振りをする。
(・・・ほんとだ・・・近寄ってくる・・・・)
伯爵が 隣りに、座った。
「おはよう・・・近所に住んでいるの?」
「・・・ええ、まあ」
カミーユはさも 興味のなさそうな振りをして新聞に目を落としている。
(上出来だな・・)
部下AもZも感心するくらいだった。
「そうか!ご近所なんだね。嬉しいなあ」
そう言いながら伯爵は人なつこく座っている距離を縮める。
「ハニーブロンド・・素敵な髪の色だね・・おいしそうだ。」
伯爵はそう言いながら 遠慮なくさりげなく、カミーユの髪に触れる。
さすがにこれには彼もぎょっ、として新聞を降ろし伯爵を見上げた。
「なんですか!」
「驚いた顔もチャーミングだね」
至近距離で見上げた伯爵の顔は・・・豊かな巻き毛の金髪で、これまた美しい青年だった。
(ダークも綺麗な人だけど 彼とは全然違う種類の人間だわ・・・)
”カミーユ”は目を丸くして思わず伯爵を見ていた。
「君も 僕に興味を持ってくれた?」
伯爵がカミーユの隙をついて肩を抱き寄せようとした瞬間。
「うわあっ!」
部下Aと部下Zは草むらから飛び出し、伯爵を取り押さえたのだった。





「だから!違うんだ。私はそんなつもりはなくて・・・!
 いや勿論それで少佐に追いかけてももらいたかったけど。。。」

ここは 伯爵が隠れ家に使っていた別荘。
ブレスレットとマイクロフィルムの在処を聞きただすと ここであるとの事だったので
部下A、Z、カミーユは伯爵を連行して 別荘で少佐達の到着を待つこととなった。

行ってみればジェイムズと、ボーナムもやはりいて
縄で巻かれた伯爵と、それを連行してきた一行を見ておろおろしだしたのだった。
「あれ・・・ボーナム君、足をくじいたんですね」
部下Aは心配そうにボーナムの様子を見る。実は部下Aとボーナムはメル友なのだ。
ボーナム(鼻ひげの、小柄な男:機械技術に長けた人物)は、
足を捻挫して包帯を巻いていた。
「カルロ邸から逃げ出すとき、足をくじいたんだ。だから私は彼のために
 湿布薬を買いに行こうとしていたんだ」
「それでカミーユ君に寄り道ですか」
「あんな素敵な罠を仕掛ける君たちがいけないよ!」
部下Xがつっこむと、縛られた伯爵が不機嫌そうに返事をした。
「見かけない顔だったから 依頼者の手先かとも疑ったし・・・」
「依頼者の?」
「まあ私の話を聞いてくれないか」
伯爵は縄でつながれたまま、ソファに座り込む。
「私があのブレスレットを求める理由は、ただ単に宝飾品へのあこがれからだけじゃない」

「私はね、ある教会で素晴らしい青年に逢ったんだよ」
伯爵はうっとりとした瞳になり 語り始めた。その言葉に部下Aはピン、とくる。

A「ひょっとして?」
ボーナム「はい、美しい青年でして・・・」
A,X,Z(やっぱりね)
伯爵は、美しい青年に目がないのだ。

彼の話に寄れば、その青年はとあるキリスト教の一派に属していて、そこの3番目の弟子らしい。
その彼が住んでいる教会には、その教派のシンボルである宝物があり、
それが 中央に大きくて真っ赤なルビーがはまった金の十字架だという。
「そのルビーが、数週間前に 何者かによって盗まれたんだ」
「それは伯爵がやったんですか?」
「違うよ残念ながら。・・・A君、茶化さないでくれたまえ」

その十字架には不思議な力があると信じられており
心から祈りを捧げると 大事な人の病を治してくれると言う。
「それはまるでルルドの泉のように 巡礼者を惹きつける存在だったんだ。それなのに・・」
大事な宝石が盗まれ、教会の信者達の落胆は大きい。

「そして、今、あの青年がとても世話になった枢機卿が病に伏しているらしい。
枢機卿のために祈りを捧げようとした矢先だったらしくて・・・可哀相な話なんだ。」

そこで伯爵が彼に「私がルビーを取り戻して上げよう」と約束し、捜索を続けていたとの事だった。

「そうしたら、Q国で珍しいルビーのブレスレットを見かけたって情報をとある古物商で手に入れて。
 ブレスレットの行方を追っていたら モナコに行き着いて・・そこで私たちにある男が接触してきたんだ」

「ある男?誰だそれは」
「判らない。名前も身分も明かさなかったよ ジェイムズ君が電話に出たんだ」
”お前達の探しているブレスレットはルーマニアのカルロ邸にある 今すぐ盗みに入るなら協力する”
”そこはマフィアの屋敷だ。かく乱させるから その隙にブレスレットを盗るがいい ただ もうひとつ
盗ってきて欲しい物がある”
もうひとつのもの・・・それが 例のマイクロフィルムだったのだ。
「その男の一味からカルロ邸の見取り図も受け取ったんだ。お陰で楽勝だった」

「なんだって・・見取り図が!」
カミーユはその事実に青くなる。
ファミリーにとってトップシークレットのはずのそれが流出しているなんて・・・
そして部下Zは怒りだした。
「その爆発に なんの罪もないひとが巻き込まれそうになったんだ!
あなたは 盗みはしても 人殺しなんかする人間じゃなかったはずですよね?!」
「すまない。あんなにどぎついことをするとは思わなかったんだ。私もそれは心外だ・・」
困った顔の伯爵を見て、カミーユが口を挟んだ。
「Zさん、それはいいんです 偶然居合わせただけですから・・」
「被害者は君のボスの奥さんだろう?遠慮してどうするんです」
「被害、といっても無傷ですし・・」
部下Zがあきれ顔になると、部下Xが言葉を継いだ。
「・・・・もう少し忠誠心があってもいいんじゃないですか?」
「スミマセン・・」
その言葉に、カミーユは小さくなった。
部下Aが話を元に戻す。
「で、伯爵 そのマイクロフィルムはどうしたんですか?」
「マイクロフィルムの方は すぐに複製をつくって そっちを2日前に依頼主へ渡したんだ
本物は この別荘のどこかにある」
”本物がこの別荘にある”
その言葉に少佐の部下達は色めき立つ。
「それはどこに!」
「だめだよ。少佐本人が来なきゃ教えてやらないよ」
伯爵は困り果てた顔の少佐の部下達を眺めながら得意満面である。
「忍び込んだときZ君がいただろう?だからこれは絶対少佐も欲しがってるって思って。
 私はいつでも少佐のためならなんでもするよ」

「ところで・・・」
一人落ち着いているカミーユが控えめに発言を始めた。
「伯爵の盗んだブレスレットは どこにあるのですか?もう教会へ返したのでしょうか?」
「まだ手元にあるよ・・でも、在処は教えられないな」
「Q国がもたらしたブレスレットは こちらです」
カミーユが懐からブレスレットを取り出すと・・・伯爵の顔色が変わった。
「すばらしい・・・」
伯爵の目が輝く。
カミーユはその輝くブレスレットを掲げて、淡々と説明をする。
「古物商に持っていって鑑定させましたが・・こちらは本物のルビーですし
 19世紀中頃に作られた物です 」
(伯爵にあんな物を見せて・・・彼の思うつぼじゃないか)
一同が 不用心なカミーユに やれやれ・・と心の中でため息をつく。
「貴方が持っているのは我がファミリーの奥様の実家に代々伝わる物です。ですが
ただの水晶ですし あまり価値はないはずですし・・ 」
カミーユがそこで言葉を切り、真剣な表情になる。
「それは 人間が持っていては 危険な物なのです」
「?えっ、”人間”が??」
「・・!あの、いえ・・・神の御元にあるべきものですから」
伯爵の鋭い質問に、カミーユは ハッとなり言葉を濁した。

「伯爵、どちらも欲しいって 思っているでしょう?」
「またまた そんな・・・」
部下Xがかまをかけると伯爵は笑っていたが、おおむねそんなことをたくらんでいるに違いない。

カミーユがつい・・と伯爵の前にさらに進み出た。
「伯爵。私と取引をして下さい。」
「・・いいよ、君が私にキスをしてくれるならブレスレットはあきらめるよ」
「そうではありません。」
「・・じゃあ嫌だな」
伯爵らしい要求に 今度はカミーユが少しため息をついた。
「貴方の部下 ボーナムさんの足を すぐに治して上げます。
 そして貴方が元々探し求めていたこのブレスレットもお返しします。
 ですから貴方は私にその水晶のブレスレットを帰して下さい。」
その カミーユの言葉に 一同は驚く。
「神の奇跡を起こすつもりかい?」
「信じられないな・・・”すぐに治る”だなんて」
「約束は必ず守ります・・ただ、このことは誰にも口外しないと約束して下さい。」
カミーユ青年の目は 真剣そのものだった。

「私が必要なのは水晶の方です お返し下さい」
伯爵がやれやれ・・とため息をつき、ボーナムに目配せをすると、
彼の懐からランゼ=カルロのブレスレットが現れた。
「ありがとう。ではこれを貴方に」
そう言ってカミーユはルビーの方をボーナムに手渡した。

「『我 ここに跪きて 癒しの歌を歌わん 彼の者の・・・歌を』 だっけ 祈りの言葉は」
そう伯爵が声をかけると カミーユは静かに微笑み・・真紅の水晶を手首にはめた。
「では 決して口外しないと 皆さんも 神に誓って下さい」
「・・・では 神に誓おう」
伯爵の返事にうなづき、カミーユはボーナムの足下にひざまづいた。
そして、包帯の足にブレスレットのはまった左手を差し出すと、小声でその歌をつぶやいた。

『我 ここに跪きて 癒しの歌を歌わん 彼の者の 幸せのために』

その途端。紅い石が光り・・その光りが部屋を満たした。
「うわっ」
一同、まぶしさに目が眩んでしまう。

光が消えたとき。
「・・・どうだ?足の方は・・・??」
伯爵がおそるおそるボーナムに尋ねると・・ボーナムは足をさすってみる。
「伯爵、驚きです!足が痛くありません!!」
「まさか・・!」
「本当です、ほら!!」
ボーナムはぴょんぴょんその場で飛んでみせる。
「X−FILEの世界だ・・・」
部下Xが思わずつぶやいた。
(もし少佐だったら”催眠療法だ ”とか言って信じないんだろうな・・)
部下Zはぼんやりとそんなことを思った。
(まじないを信じると治った気になるんだ なんて言って)

「待てよ」
部下Zは大事なことに気がつく。
(ひょっとして カミーユが持っているのが 本当の”癒しの石”なのでは・・・?)
そして、ルビーの方は それこそ”真っ赤な”偽物・・?!

「協力有り難う、伯爵、皆様。僕はこれで失礼します」
突然、カミーユはぺこりと深く頭を下げ、部屋から出ていこうときびすを返したのだ。
「おい、待ってくれ 本部に帰って報告しなくちゃならないし マイクロフィルムの件がまだなんだ」
部下Aが慌てて声をかける。
「後から報告には上がります。わた・・僕はこれを持って一刻も早く屋敷へ戻らなきゃならないんです」
なおもカミーユは強引に部屋から出ていこうとする。さっきまでの控えめな態度から一転しての
動きに、皆がぎょっとしている。
「だめだカミーユ君。もう少し待ってくれ」
(何かおかしい。カミーユは何か企みを隠している)
部下Zは咄嗟にそう考え、彼に駆け寄りその両肩を掴んで制止する。
「確かにその石は カルロ家のものなのかい?」
「お願いです、離して下さい!」
カミーユがそう叫んだそのとき。 急に部屋に白い煙が立ちこめた。
「!?」

ただの煙幕だったらしく、ボーナムが煙を吸い込んで咳き込んだりしていたが、
それ以外は眠くなったり痺れたり・・ということは無かった。

だが。

「おい!カミーユとZは!?」
「伯爵も居ない!!」

部下Aが窓を開け放ち煙が止んだとき・・3人の姿だけが 忽然と その場から消えていたのだった。

つづく


Next


前話に戻る
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

閉じる
◇小説&イラストへ◇