4)
カルロは最近 少しいらいらを抱えていた。
彼の夫人であるランゼ=カルロが・・彼女はまだ学生なのだが
「試験をがんばりたいからしばらく学校に戻ります」と言って
結婚するまで利用していた寄宿舎で過ごして屋敷に寄りつかないのだ。
「それに最近身辺が危ういから 屋敷にいない方がいいよね」とも彼女は言っていた。
確かにそれはそうだし 学校という公の場所にいた方が狙われにくいし
当然部下の警護もあるから安全である。
連絡係に・・とカルロが指定したカミーユという部下が
ランゼの使いで何処かへ出かけているらしい・・との 他の部下からの報告も気になる。
”尾行しろ”
そして、カミーユの向かった先は・・・NATO本部であった。
そのことについて ランゼは一言もカルロに断りがない。
(・・・ランゼは なにをしているんだ・・・)
何かにランゼは首を突っ込んでいるのではないだろうか。
元々思い立ったらすぐに行動してしまう質の彼女のことだ。
ひょっとして自分から危ないことをするつもりでは・・・?
そうは思うが
他の部下達に聞いても ランゼは一歩も学校から出てはいないし
送ってくる画像にも 常にしっかり彼女は映っている。
(カミーユを使って 爆発事件の犯人でも探らせて居るんだろうか)
確かに学校は試験中であるからランゼが学校に居る理由には不自然なところはない。
だが 気になることは問いただしたい。 だが 会いたいときにもランゼは
何かと理由を付けて寮から出てこないのだ。
ランゼのいる寮は男子禁制。おまけに部屋は相部屋だから
下手に乗り込んでいく訳にもいかない。
(・・・)
どう考えても、私を避けて 何かをしているようにしか思えないのに。
カルロはランゼに尋問したりはしたくない そこで
カミーユをつかまえて問いただそうとするが その矢先に
彼がNATO本部員とどこかへ出かけてしまっていた。
ついにカルロは痺れを切らした。
夜の女子寮。消灯後・・・
「はい、誰・・・うわわ!」
カルロは数人の部下と共に夜中の女子寮に忍び込んだのだった。
学校の建物のつくりは 全て掌握している。
非常口から侵入することなど たやすい。
カミーユがランゼに接触するときにいつも利用するルートだ。
勉強しながら居眠りしかけていたタティアナは、ノックする音に目をこすりながら
戸口に立ったのだが・・・
「悪いが少し席を外してくれないか」
「はは はいっ・・!」
男子禁制なのに。タティアナは目の前にいきなり男性が・・しかも
”ランゼの旦那様”=マフィアのボス が
現れたので一気に目を覚ましてしまった。
慌てて部屋から飛び出すと、すかさずその扉は閉ざされた。
(いったいなんなの・・・?!)
タティアナは何事かと状況を聞こうかと思い ドア越しに耳をそばだてる。
だが・・その目と 横にいたこれまた男性・・部下の鋭い視線とがかち合い
タティアナはそそくさと他の部屋へと退場した。
「あら失礼・・・ごめんくださいね!」
(最近素敵なお兄さんをこっそり部屋へ呼び込んでたからナ・・・
「ダークからの大事な伝言係サンだから席を外して」って私にも隠れてお兄さんに会ってたけど
私の目はごまかせないわよ〜 さては蘭世 浮気がばれたかな)
タティアナは そんなことを考えながら 冷える廊下を奥へ奥へと歩き去っていた。
「どうしちゃったの ダーク 突然に・・・!?」
突然の夫の訪問に、ランゼは目を白黒させながら勉強机から席を立った。
「ランゼ。」
無表情で カルロはつかつかと彼女に歩み寄ってくる。
”ランゼの 今の心の裡(うち)を知りたい・・・”
カルロはスッ・・とランゼの頬に触れる。
そのひんやりした感触に・・彼女はビクッ、と反応した。
触れる手から 彼女の心の色が読めてくる。
だが。うろたえる様子もなく ただひたすら驚いた感情しか伝わってこない。
心の波動を見ても 確かに彼女だと確信できるのに。
「カミーユを使って なにをしているのだ?」
「あ・・・」
その一言に、ランゼは反応して顔を見上げてきた。
「また危ないことをしようとしているんじゃないのか?」
「ダーク・・」
ランゼはカルロの胸に寄り添い目を伏せ、”ごめんなさい”と謝った
そして、やはりカミーユにNATOとの連絡係をしてもらっていること
盗まれたブレスレットの行方を探すことを手伝うように言っていることなど
素直に語りだしたのだった。
「それならそうと 何故黙っていた?」
「私がNATOに連絡を取ることを 止められると思ったから・・・きっと危ない真似は止めろって
言われると思ったの」
「あたりまえだランゼ。もう止めるんだ お前はいちど命を狙われているんだ・・
たとえ間接的に犯人を探っていたとしても カミーユからすぐにお前のことがばれる。
それなのに どうして・・」
あれは イミテーションのはずなのに。
「どうして あのブレスレットにこだわる?」
「あ・・・」
ランゼの目が動揺しカルロから視線をそらし・・ 宙を泳ぐ。
「きゃっ!!」
(手荒な真似はしたくない。だが・・・)
カルロはランゼの両手首を掴むと 足下を払ってベッドへと彼女を押さえ込んだ。
手荒な真似はしたくない。
だが、どうしてお前を一番大事に思っている私を欺こうとする?
心に鬱積した想いが溢れだし カルロを突き動かす。
「何故 私に言えない?」
困っているのなら、私に相談すればいい。
なのに何故 私にひとことも相談をしない?
その疑問が、カルロの心にフラストレーションとなって心に重く降り積もる。
「私に言えないようなことをしているのか?私を裏切っているのか」
「そんな・・!」
ランゼは真剣な顔をして首を左右に振る。
「裏切ってなんか いないわ・・」
「ならば何だと言うんだ」
「う・・・」
ランゼは 悲しそうに瞳を閉じ・・虚ろにその瞼をあげた。
観念した、とでもいうような表情だった。
「あれは・・・あのイミテーションは 魔界の石でつくったものなの・・・」
「魔界・・では 石に何か 不思議な力が有るんだな?」
ランゼは黙って こくん と小さく頷いた。
「あの石はね 自分の命を少しだけ 他の人に分けてあげられるの」
(命を 分ける?)
その 限りある命の人間にとっては戦慄の内容のセリフを ランゼは口にした。
「私のために ダークの部下や友達が怪我をしたり命を落としそうになったとき この石で
その人を助けてあげられる・・だから」
「そんな石 大丈夫なのか!?」
カルロは眉をひそめ ランゼを見下ろす。
「それは誰にも判らないの でも 私だったら永遠の命を持っているし 少しならきっと大丈夫」
「ランゼ・・!」
「ひょっとしたら老けるのが早くなるかも って 羅々おばあちゃま言ってたけど
そんなの家にある鏡の間でなんとでもできるわ。」
冗談ぽくランゼはそう言ったが、カルロにそれが笑えるわけがない。
”永遠の命”などと言っても 本当に無くならないとは 言えないのだ。
おそらく永遠の命だろう、と言われているだけで 本当に永遠とは 誰も保証はしてくれていないのである。
「・・・私がファミリーのために出来ることといったら これくらいだもん」
”命を分け与える”石。
「そんな危険な石・・」
カルロは顔を青ざめさせる。
「だから、だからダークはきっと反対すると思ったの。だから私 言えなかったのに・・」
「ああ、私は反対だ。部下達の命を守るのは 私の役目だ。
しかもそれは本末転倒だと思わないのか!?部下達のためにお前の命を犠牲にするなど許さない」
「ベンさんたちの命だって わたしと同じよ!」
ランゼは半分泣き声で声を張り上げる。
「私やダークは死なないけど、ベンさんたちは 死んでしまったら二度と戻らないのよ!」
「・・・」
「私は、この力をむやみに使おうなんて思っていない。本当に必要なときに、必要なだけ
使えればいいと思っているの。 でも 引き出しの奥にしまい込んでいたら
大事なときに使えないでしょう?」
「だから持ち歩いていたのか・・・」
小さく頷き、泣くこともせず きっ とこちらを見据えてくる。
”文句は言わせない”
そんな気迫が伝わってきた。
「ランゼ・・・」
「黙っていてごめんなさい でも・・黙っていた理由も 判って欲しいなんて・・
言ったら やっぱり わがままよね・・・」
そう言って ランゼは瞳を伏せた。
確かにランゼの言葉は真実だろう。
”本当に必要なときに 必要なだけ (力を)使えばいい”
それはいつか カルロが心でつぶやいた言葉。
同じくそれがランゼの口から出てくるとは・・・
そして 自分と同じように 部下を思いやるランゼの心に
カルロはハッ とさせられた。
「ランゼも 成長したな・・」
「えっ? 大きくなった??やだなぁ子供扱い〜」
子供みたいに口を尖らせるランゼにカルロはクスっ と微笑む。
くるくる変わる表情に 今日も魅せられる。
なのに・・
なのに。語る”本人”の真偽は・・・
何かが 違う。
なにかが 違和感を訴える。
(そう それはまるで 左右対称の鏡に映った姿を見ているような違和感・・・)
それは。
カルロは必死に過去の記憶をたぐりながら ランゼの不思議な魔力の数々について思い出していた。
噛みついて相手に変身する能力、夢に入る能力、そして・・・。
「ダーク どうしたの?」
何事かを考えてじっと動かないカルロに、ランゼは心配そうな声をかける。
・・・ひとつの答えを見いだし カルロは戦慄する。
「今日はもう帰るよ」「?」
カルロは小さく微笑み、”ランゼ”の額にキスを残して立ち上がった。
「カミーユとブレスレットの件は私が引き継ごう。お前は試験を がんばりなさい」
そう言い残すと カルロは後ろを振り返りもせず 部屋を後にした。
後ろ手にドアを閉めると カルロはひとつため息をつき・・小声でつぶやく。
「・・・・虚像を抱く気はない」
だが、虚像であっても ランゼには尋問などこれ以上手荒な真似はしたくない・・・・
してもおそらく 真実は語られない。
(やけに本物そっくりなコピーだったな)
”本物”のランゼも あの”コピー”と同じ思いなのだろうか・・・?
部屋の外に控えていたベンに、カルロはちら、と視線を送る。
「ベン ランゼの”マジックミラー”について 知っているか」
「・・多少は。 不思議な力で人間のコピーを作り出す物です」
「以前お前も 沢山コピーをこしらえていたな」
「はい・・ランゼ様の機転で・・ あのときはそれのお陰でファミリーが助かりました」
1個小隊クラスの人数のベンを思い出し、カルロは口元で笑う。
ベンの方は、無表情で控えている。
では 本物のランゼは 今どこに・・・!?
「ベッドの下にカミーユが倒れている 回収したらそのまま撤収しろ」
(本物のランゼはおそらくカミーユに噛みつき変身して NATOの人間と一緒にいるに違いない)
それと、2,3の指示を言い残すと カルロは闇に溶けるようにして その空間から姿を消した。
ベンはそれを 軽く頭を下げて見送っていた・・・
つづく
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