『微笑みの在処-ルーマニアレポート・3-』:悠里 作:カルロ様聖誕祭2004


5)

時間は少し前に戻る。
そこは 黒海沿岸にある丘の上の別荘・・・

「おい!カミーユとZは!?」
「伯爵も居ない!!」

部下Aが窓を開け放ち煙が止んだとき・・3人の姿だけが 忽然と その場から消えていた・・・
すかさず部下Aが周りに気を飛ばす。
(僕は煙の中で 複数の足音を聞いたんだ・・)
「どうやら伯爵、Zとカミーユは連れ去られたらしいね・・ボーナム君 ブレスレットは?!」
「ルビーのはここにあります。ですが もう一つの方は・・・!」
”癒しの石”のブレスレットは 消えたカミーユと一緒に運命を共にしたらしい。

別荘に残された者達は背を丸め一斉にため息をつく。
(一体どうすればいいんだ・・・!)

「おまえたち何をしている!?Aいるか!」
「はは はいっ ここに!」

少佐が登場である・・・。
部下を数人引き連れずかずかと 大股歩きで彼らのいる別荘へと乗り込んできた。
「今この別荘の裏からトラックが急発進していったぞ 何が起こったんだ」
「少佐!申し訳有りません、実は・・・」

どやされるのは必至。だが事実は伝えなければならない。
「実は たった今 Zとバダン氏、そして伯爵が何者かに連れ去られました」
「こっ・・この ばかもん!一体何処に目を付けていたんだ!!」
部屋一杯に 少佐の怒号が鳴り響く。
「申し訳有りません 目くらましを投げ込まれまして・・・」
「言い訳はいらん!」
部下A、Xにひととおり雷を落とし、次は伯爵の部下達に 鋭い瞳を向ける。
睨まれ、ボーナムとジェイムズは震え上がる。
「それで・・マイクロフィルムのほうは何処なんだ?!」
「いえその・・・実は・・」
ボーナムがすまなさそうな、消え入りそうな声で申請する。
「実は 伯爵ご自身が 身につけているクロスに忍ばせてまして・・」
それを聞いて部下Xが素っ頓狂な声を上げる。
「えっ だって伯爵はこの別荘の何処かにあるって言ってたじゃないか」
「ばかもん!そんなのは伯爵のいつものハッタリだ。なんて奴だ・・・畜生め!!!!」

これで少佐は (部下Zの救出もだが)再びマイクロフィルム付き伯爵を追いかけることとなった。
なにがなんでも、少佐は伯爵を追いかけなければならない宿命らしい・・・
「急発進したトラックは部下CDE達が車で追ってる、俺の勘は当たったな。急いで後を追うんだ!」
なにやら嫌な予感を感じて少佐はすでに手配をしていたのだった。
「いくぞ!」
少佐の乗ってきたベンツにボーナムと部下A以下数名が乗り込む。
「あれからマイクロフィルムとブレスレットそれぞれについて調べさせていたんだ」
車の中で、ボーナム達は事件の真相を少佐から聞いた。

宝飾品の窃盗団が最近EC各国で暗躍しており 別件で少佐は以前からそれを追っていた。
それを調べているうちに その盗品の数々がQ国に流入していることがわかったのだった。
「ブレスレットもその盗品の一つということが判明した」
宝飾品を盗んでは 判らなくなるように土台の交換や装飾を施しているらしい。
そしてその宝飾品たちの行く末は・・
「調べに寄ればQ国で闇オークションが開かれて 招待した諸外国の資産家から金を集めているらしい」
それにQ国自体が関わっているかは マイクロフィルムがおそらく教えてくれるだろう。

おそらくマイクロフィルムには 顧客リストと金の流れに関与している者の名前があるはず。
ブレスレットとそれが対であったのは ただのカムフラージュではなく意味があったのだ。
そして
ランゼを狙い・・そして今部下Z達をさらったのは その窃盗団一味。
「マイクロフィルムの内容がばれたら いの一番に困る奴らだ」
(もしその事実を伯爵が掴んでいたら?)
ボーナムは血相を変える。
「ひょっとしたら 伯爵達の命が 危ないかも・・・」





「う・・・」
伯爵が目を覚ましたとき・・・
彼は椅子に座らされ、それに縄で縛り付けられていた。
「まぶしいな・・」
なんとなく視線を上げると、伯爵は数名のいかつい男達に取り囲まれていた。
「漸く目覚めたね」
男達の向こうから、比較的若い男が現れる。
・・・彼は修道服を身に纏っていた。黒髪を修道僧らしく短く整えた 茶色い目の青年。
「君は・・・ジュドー君の兄弟子だね?名前は・・確かイザークと・・」
「覚えていてくれて光栄だよ 泥棒のエロイカ伯爵」
「綺麗な男性は一度見たら忘れないよ 弟弟子のジュドー君とともに美しい」
「おかしな趣味の男だね君は」
イザークは眉をひそめる。
縛られていても、伯爵の口は軽快だ。
「ジュドー君の代わりにブレスレットを取りに来たのかい?こんなに縛り上げなくても
ブレスレットは素直に渡すよ。約束していたのだから」
その言葉を聞いてイザークは鼻でせせら笑う。
「それは信じられないね」
「何故?僕がいつ君にうそをついたかい?」
「しらばっくれてもだめだ。マイクロフィルムの偽物をよこしたくせに」
「マイクロフィルム・・・!?」
マイクロフィルムと ブレスレットの 意外な接点に伯爵は面食らう。
十字架のルビーが無くなり嘆いていたのはジュドーという修道士だった。
そして 兄弟子の方が マイクロフィルムのことに関わりがあるなんて。
(ふたつは まったく関係ない物だと思っていたのに)
「おい、君が本当の”依頼者”だったのかい?あの長い銀髪の男は・・」
「あれは僕が金で一時的に雇った男だ。カムフラージュだったんだけどもう必要ないね」
厳しい表情で つい、とイザークが伯爵に一歩近づいてくる。
「改めて要求する。マイクロフィルムを返すんだ」
それに伯爵は涼しい顔で答える。
「残念。私は持っていないよ。別荘の何処かに隠して有るんだ」
だが・・・
「白々しい嘘だね」
そう言って、イザークは伯爵の胸元へ手を伸ばした。
(あっ!)
ぶつっ、と言う音とともに 伯爵の身につけていた銀色のクロスが外される。
「調べて見ろ」
そう言いながらイザークは居並ぶ男達の一人にクロスを手渡す。
「信心の無い者がクロスをしていること自体が怪しい。」
「ありました!今度こそ本物です」
(しまった・・・!)
イザークの鋭さには さすがの伯爵もうろたえてしまった。
”ごめんよ少佐、でも絶対取り返してやるんだ・・・!”
伯爵は心の中でそう誓っていた。

「ブレスレットはどうしたんだ?あれは君たちには必要ないだろう?
 ジュドー君が枢機卿のために使うはずじゃあ・・」
その伯爵の言葉を聞いて、イザークは不気味な笑みを浮かべる。
「そうだね、どうだい、ジュドーの代わりに君があの石を使ってくれないか」
「え?」
きょとんとした伯爵に、イザークは説明を始めた。
「古い文献で見たことが有るんだ。うちの教会にあるルビーは ”癒しの石”を
模倣したもので・・本物は別に存在し、本当に不思議な力を有すると」
そして、イザークは詠うように昔の言葉をくちずさむ。

「癒しの石は悪魔の石・・・命の炎を右から左へ移し替える」

そう、すなわち、命のろうそくを折り取って他人に分けてやる事の出来る石だったのだ。
「君たちの様子を窺っていて、よもや本物の”癒しの石”が手に入るとは思わなかったよ。
 運命は僕に味方してるようだね」
イザークは勝ち誇ったような笑顔を伯爵へ向けてくる。

「ラフカディオ・ハーンの『怪談』を知っているかい?」
「残念ながら興味はないね・・」

そう言いながら 伯爵は心の中ではその奇怪なおとぎ話の一つを思い出していた。
(あの石を使って 私の命とひきかえに枢機卿を助けろと言うんだな・・・!)

ボーナム君はただの捻挫だったから それを癒したカミーユは大したことがなかったのだろう。
だが、どうやら”枢機卿”は重篤な病に伏しているらしい・・・
そんな病人を助けたら、絶対に助からないのは目に見えている!

命のろうそくを折り取って与えてしまえば 自分には死しか残らない・・・
「今うちの枢機卿には死なれたら困るんだ 君があの石でその命を捧げるんだ。
 あの枢機卿のとりなしのおかげで うちの教会は潤っているんだから」
「どういうことだ?!」
「知らなかったのかい?折角だから教えてやるよ 僕たちはヨーロッパ中の宝飾品を
さる国へ届ける窃盗団なんだよ」
(なんだと・・・!)
「寄付だけじゃ とても教会の運営なんかやってられないよ 枢機卿のお陰で素敵な副職を得たのさ」

(聖職者が 窃盗の片棒を担ぐなんて・・・世も末だ・・・)
伯爵は その言葉に驚き、そして・・・落胆してしまう。
「神に仕える者が そんなことをしてはいけないだろう・・・!君達には失望したよ」
それは何よりも 彼の美学に反することだった。
「何とでも言えばいい・・泥棒稼業でお前も魂が汚れているだろう?天国へ行くためにも 
最期に尊いお方をお助けするがいい」
「断る。何故私がそんな割の合わないことをしなければならないんだ」
「断れば 一緒に連れてきた仲間達の命を頂くよ」
「なんだって・・!?」
「あれを見ればいい」
イザークが指さした先、部屋の隅に・・小さなモニターがしつらえてある。
(あっ)
ぷつん、と電源を入れられるとそのモニターに見覚えのある人間の姿が・・
そう、縛られて倒れたカミーユと部下Zの姿が映ったのだ。
「彼らは僕の部下じゃない。人違いだ」
「お前の知り合いの部下だと言うことは知っているよ 
 自分だけ助かったら少佐に嫌われるんじゃないのかい?」
「う・・・」
(そんなことまで 知っているのか・・・)
伯爵より、完全にイザークの方が一枚上手のようだ。
「窃盗に、脅迫、人殺し・・・聖職者の風上にも置けないね君は」
「そんな減らず口をたたけるのも今だけだね・・さあ Yesか Noか」
「・・・悪魔め」
伯爵がそう毒づいた瞬間。男達の一人が伯爵の左頬を殴り飛ばした。
「ウウッ・・」
伯爵はその衝撃で縛られている椅子ごと横にひっくり返ってしまう。

「連れて行け 用意が出来次第こいつを枢機卿の元へ連行する」
「絶対に私はあの呪文を唱えないぞ!」
「安心しろ 私が代わりに唱えてやる おまえはブレスレットをはめてさえいればいい」
床に転がる伯爵を一瞥しながらそう言い残し、イザークはその部屋を出ていった。

(どうすればいいんだ・・・)
口元に血をにじませ、伯爵は打ちひしがれる。
命がなくなったら マイクロフィルムを取り戻すこともできないじゃないか。
(少佐・・早くここを見つけてくれ!でないと私はいけにえにされてしまうよ・・・)


つづく


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