『新・魂のゆくえ〜the exchange soul〜』



”もしもあの冥王との闘いのとき 俊の体に 死ぬ筈のカルロの魂が宿ってしまったら?”

(9)

「いっ・・いや!!」
部下の男が暴れもがいて逃げようとする蘭世を抑えつけ、噛みつかれぬようにと粘着テープで口を塞いだ。
どんなに暴れたって 小娘の力では鍛えた男にはかなわない。
袖をまくり上げられた腕に 注射器の光る針先が押し当てられる。

(イヤ・・・止めて・・・誰か・・・まか・・カルロ様っ!)
”俊”はもうこの世にはいない。
カルロ様なら こんな危機でも救ってくれるよね・・・・!
きっと 絶対 助けてくれるわ!!

無情にも針が・・蘭世が腕に鋭い痛みを覚えた その瞬間。


耳慣れない轟音とともに蘭世を抑えつけていた男が前のめりに蘭世の上へ倒れ込んだ。
(!)
それと同時に ナディアの手にあった注射器も見えざる力ではじき飛ばされ床に落ち粉々に砕け散っていく。
(しまった・・・まさか!)
一瞬頭の中が真っ白になったナディアだが気を取り直し戸口へ振り向く。
「だれな・・っ」
ナディアはその 開いたドアの側で膝立ちに銃を構える人物を見つけ・・顔を強張らせる。
「あなた一体・・・」
そう。
そこにいたのは”シュン”だ。
彼はわずかに肩で息をついている。 全力疾走して弾む呼吸を自ら抑えつけて息を整えているようだった。

『ランゼを放すんだ おまえたちこそ誰の許しを得てこんなことをしたというのだ!言ってみろ!!』
怒りに燃える”シュン”の投げつけた言葉はルーマニア語であった。

”シュン”はナディア付きの部下達を脅して この場所をつきとめたのだ。
『ダミーの分際で何様のつもりなの?!』
ナディアは立ち上がり 不遜な表情を浮かべて なおも蘭世を繋いだ鎖を握りしめ抑え
見下すような視線を”シュン”へ向ける。
「ウウ・・ウウ!」
(まか・・カルロ様!)
蘭世はテープで口を塞がれており思うように話すことが出来ない。それでも呼びかけずにはいられなかった。
そして助けに現れた”シュン”の元へ駆け寄ろうとする。
だが、それも空しく首輪の鎖で引き戻されてしまうのだ。
「おとなしくして!」
ナディアがそう蘭世にぴしりと言い放つ。
そしてさりげなく自分の足に手を伸ばし・・護身用の短銃を取り出そうとしたその瞬間。
”シュン”が 再び威嚇で発砲した。倉庫中に轟音が響き・・ナディアの足下に煙が上がる。
(ひっ・・)「きゃあ!」
『動くな!私は容赦しない』
思わず蘭世も小さく悲鳴を上げた。
さすがのナディアも 動きが停まる・・

『あなたって それにしても日本人のクセして ルーマニア語流暢すぎるわね 一体どこで習ったの?』
それでもナディアはあくまで強気の姿勢を崩さない。微笑んでわざと話題をはぐらかそうとするのだ。
『組織の中のことにまで ダミーには口を挟まないで欲しいわね』
『お前がランゼを浚ったのは好奇心と嫉妬からだろう?』
”シュン”は自分がダミーだとは思っていない。当然の事ながら中身は入れ替わったカルロ本人なのだから。
物怖じしないのも当然の話。
”シュン”の鋭い切り返しに ナディアの表情が赤くなったり青くなったりしはじめている。
『なんですって・・・!』
『私事で勝手なことをするなと言っているんだ 組織の迷惑だ もう少し大人になったらどうだ
 私の部下だったら今すぐ撃ち殺してるところだ。』
カルロは銃口をナディアに向けたまま立ち上がり 少しずつ彼らに近づいていく。

『このことをお前の父上に知らされたくなかったらすぐにここから出ていけ』
『う・・』
(なんで父のことを知っているの この若造は!)
ナディアの声が悔しさで震え 彼女はその唇をかみしめていた。
明らかに年下の男が この私に”おとなになれ”ですって?
しかも 何故”嫉妬”だと・・・見ず知らずの男 たかがダミーの”シュン”に
ズバリ指摘されなければならないのよ!
ナディアの心に”屈辱”の2文字が浮かび上がる。なんとしてもやりこめてやりたいのに。
『たかがダミーの分際でその口のききかたはなんなの!それこそお父様に言いつけ・・』
『私はダミーなどではない』

”なにを 馬鹿なことを言っているの?”
組織を乗っ取るつもりなのとまで言いかけたナディアの口が止まった。

そこにいるのは黒髪、黒い瞳をした日本の青年。
面差しは似てるけどカルロではない それなのに。

そこにあるのは冷たく燃える視線。落ち着き払った無表情の奥に 青白いオーラが見える
ナディアにすら それが その男に”カルロ”を彷彿とさせるのだ・・

(ダー・・ク・・・)

おかしなことだ。ばかげている。そこにいるのはただのダミー。
なのに 懐かしさがこみ上げてくる。
永遠に失った彼の人を たしかにナディアはそこに見てしまったのだ。
厳しく対峙しているはずのその場面で ナディアは思わず懐かしさに胸を熱くしてしまう・・・


『・・・』『・・・』

しばらく”シュン”とナディアのあいだに沈黙が続き・・
ナディアのほうが がっくりと肩を落とし ため息をついた。

『わかったわよ 私の負けよ・・』

ナディアは緩く首を振り 握っていた蘭世の鎖を手から放した。
軽い金属音が床に跳ねる。
そして 開いたままの扉へ向かって歩き出した。それは負けてもなお優雅な足取り・・・
”シュン”の銃口はその動きをぴったりと追いかけていた。

『でも 覚えている事ね!』
最後にそう言い捨て、ナディアは扉の向こうへ消えた。
肩に銃創を受けたナディアの部下も慌てて立ち上がり 肩の傷を手でおさえ、おどおどしながら
小走りでナディアの後を追ったのだった。


二人が消えると 薄暗くて広い部屋の真ん中に 鎖で繋がれ口を塞がれた蘭世が取り残され
見るもあわれな格好で・・そこにうずくまっていた。

「ランゼ!」

”シュン”はすかさず蘭世のもとへ駆け寄る。
「どこも怪我はないか?!」
”シュン”は素早く蘭世の四肢に外傷がないかチェックする。そんな彼のてきぱきとした動作を
蘭世はされるがままに ・・涙を一杯ためた目で・・呆然として見ている。
蘭世を縛る鎖を外すのに ”シュン”は鍵など必要としない。カルロとしての能力を使って首輪の鍵を壊すだけだ。
あっけなくそれは蘭世の首から外れる。そして”シュン”は 蘭世の顔に張り付いている粘着テープを
自分が知りうる中で一番痛みを伴わない方法で・・実際ほとんど痛むこともなく 一瞬ではぎ取っていた。

「あ・・・」
四肢が自由になると蘭世は緊張の糸が切れたのか ふたたびぽろぽろと泣き始める。
「こっ こわかった・・・」
蘭世が涙を拭かずに”シュン”に手を伸ばす・・それよりも早く
”シュン”が蘭世を両手でぐいと引き寄せ腕の中に包み込んでいた。

「・・!」
「ランゼ すまなかった・・」
一層泣きじゃくる蘭世を ”シュン”は強く抱きしめる。
蘭世は”シュン”に抱きしめられたことに一瞬驚いた。
だが、蘭世は怖くてこわくて 安心したくて誰かにすがりつきたかったのだ。
腕に包まれ・・安堵し・・・ひっく ひっくと 泣き続けた。

「おまえを巻き込むことになるなんて・・・私の責任だ 来ても良いなどと 言うべきではなかった」
「・・・」
蘭世は黙って ”シュン”の胸元で首をふるふると横に振る。
「でもっ・・・きっと 助けに来てくれると思ってた・・・どうしてそう思ったかわからないけど
ほんとならカルロ様に気づかれないかも知れないのにね・・」
「ナディアの部下がディガーを連れていったと聞いて不審に思ったんだ・・それで気づいた」

「助けてくれて ありがとう・・」
その言葉を聞いて 更に”シュン”は抱きしめる腕に力をこめる。
抱きすくめ 息ができないほどに。
(カルロ様・・?)
抱きすくめられると 蘭世は”シュン”が震えていることに気づく。
(カルロ様も ・・・こわいの?)
そう蘭世が思うと それはカルロへ伝わっていく。
(おまえが無事で良かった。もしお前に何かあったらと思うと私は・・・それが恐ろしい・・・)
(!)
カルロの心が・・蘭世を想う心が 痛いほど伝わってくる。
こんなにこのひとは 私のことを想ってくれている。
蘭世はその想いに 若さゆえのとまどいともいえる 不思議な感覚をおぼえた

次第に蘭世も泣きやんでくる。その間も ずっと ずっと”シュン”はその場で蘭世を抱きしめていた。

(外見が真壁君だから私 ずっと抱きしめられてもイヤじゃないのかな)
そんなことをも一瞬思ったが 蘭世はそれをすぐうち消した。
(カルロ様でも たぶん いやじゃない・・・)

蘭世の思考はさらにつづく。
(なんだか まかべくんにぎゅっと抱きしめられてるみたい・・・ううん違う。
 きっと”カルロ様に抱きしめられている、みたい” というのが正解なのかな もういいや わかんない・・・)
その心の言葉も カルロである”シュン”へと伝わっていく・・・

俊の体にカルロの魂を宿すこの人物に 蘭世は不思議な想いを抱かずにはいられない・・・
それはまだ 恋心と呼ぶには あまりにも曖昧なものだった。





その後。
ナディアに注射針を刺された蘭世だったが、液自体は注入されていなかったらしく
蘭世の身体には何の異変も起こらなかった。
自分の側に蘭世がいては危険と判断した”シュン”は 積極的に動いてオーウェンとの抗争を片づけてしまう。
その見事な手腕に 部下達は”シュンはカルロの再来”とばかりに褒め称え
”是非これからも我がファミリーに!”と願う。
がしかし。
『わたしはすでにこの世にあるべき者ではないのだ。後のことはベン、お前に任せる』
そう言い残し ”シュン”は日本へ帰る決意をしたのだった。
そう、愛する蘭世の住む日本へ・・・。


つづく

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