(9):最終話
「その絵はっ・・!」
黄昏の空 その宙に 蘭世のデェトの証拠が。
蘭世は すがすがしい夕景色から一気に現実へ引き戻されていた。
「どうして?」
カルロはこの絵もふたりで眺めようと言うのだろうか。
否。
その答えは炎の轟音であった。
「きゃっ!!」
ごうっ という音に 蘭世は思わずカルロにしがみつく。
燃える夕日よりもさらに高熱で青白く強い炎が 一瞬にして宙に浮いたキャンバスを覆い尽くす
それはあっという間に燃え尽き真っ黒な灰になってしまった。
そして上空を吹く強い風に浚われ 一瞬渦を巻くと空中に霧散してしまったのだ。
「びっくりした・・」
「お前との思い出など 見知らぬ男に渡してたまるか」
「ダー・・ク」
初めは炎の恐ろしい光景に怯えていた蘭世だが、漸くカルロが示してくれた”苦言”に
彼女はホッとしてしまう。
自分が別の男といたことがカルロにとって やはり平気なことではないと判ったからだ。
「ダークっ・・ごめんなさい!」
蘭世は再び思い切り頭をぺこりと下げる。・・不安定な屋根の上で。
「ホントに昨日のことごめんなさい! わっ・・わたしを殴って!お願い」
その突然な申し出に カルロは ふっ と笑みを漏らす。
「私が?お前を?」「そう!悪い子だから殴ってっ」
そして蘭世はなおもお願いしますといった風に頭を下げている。
その彼女に・・穏やかな声が降りてくる。
「それは無理だよランゼ」
「どうして?!」
否の返事に思わず蘭世は頭を上げ困惑顔。
見返すカルロの笑みは 聖らかさと妖しさの紙一重・・・
「私が怒りをぶつけたら この街全て燃えてしまう」
カルロはそう言いながら両手を膝の上で軽く組み合わせ 視線を街へと向ける。
そこまで、彼は怒っていると 言うのだ。
(・・・!)
蘭世は絶句し うなだれる。
「そこまでしても 私はお前には手が出せない・・お前にだけは」
「・・・えっ」
「怒りのあまり街を燃やしても お前にだけは手を挙げられない」
その台詞に 蘭世は思わず顔を上げる。その顔は、ぽっ と赤らんで。
「・・怒り、とはいっても 別にお前を取られたわけではないのだし 相手はただの”坊や”だ」
そう言ってカルロは自嘲的な笑みをし・・・ため息をつく。
「なんとも微笑ましいデートコースだったな。おまえもメトロは初めてだったんだろう?」
「うん・・」
メトロ乗りたさにハヤテに付いていったなんて 私ってどうかしている。
そう(遅ればせながら)気づいた今は蘭世の返事する声も力がない。
そんな様子を見て、カルロは静かに諭す。
「気を許すな、つけ込まれるなランゼ。お前は優しすぎる」
カルロは不意に 蘭世がレストランの前であの男に誘われて一瞬でも”どうしようか”と
心を揺らしていた事を思い出してしまい 眉をひそめる。
(こんなときは心なんか読めないほうが幸せだな)
さらに昨夜 シングルベッドで独り丸くなって眠っていた蘭世を思い出せば
昨日若者からそれなりに誘いの言葉でもあって動揺していたんだろうと勘の良いカルロは思い当たる
そしてその動揺は蘭世があの若者を”異性”だと意識した証拠だとも思えるのだ。
それに思い当たった途端、一瞬でカルロの胸が焼けついてくる。
(私自身が 内側から妬け焦げてしまいそうだ・・・)
・・相手はただの坊やだ。気にするな・・
自らに言い聞かせている事に気づいてまた自嘲して。
がっくりうなだれる蘭世の頬に カルロはそっと手を触れる
蘭世の瞳が カルロの元へ戻ってくる。
「ダーク・・」
「ランゼ。くだらない男に引っかかるな。私だけ見ていればそれで良いんだ」
蘭世は こくん、と黙って小さく頷く。
・・そうだ。蘭世は今 自分の元にちゃんといる。何も問題はないのだ。
しおらしい様子の蘭世を カルロは愛しく思い 腕の中に引き寄せる。
ようやっと ふたりの距離が元に戻っていく
「いくら閉じこめていても・・どんな男にも会わせまいとしていても・・お前はすり抜けていくんだな」
「ごめん・・もうしません・・・ダーク・・・」
カルロの台詞に顔を赤らめながら 蘭世は彼の体に腕をまわし 広い胸に顔を埋める
それに応えるように カルロも抱きしめる腕に力がこもる
「ランゼ。私がどんなにお前を愛しいと思っているか・・」
おまえはわかっていないんだ、とでも言いたげな声音に蘭世は慌てて顔を上げる。
「ごめんなさいダーク・・私・・ほんと考え無しのおばかさんで・・
でもね、こんな私だけど貴方を愛してるの!!もう・・とっても とってもよ!!」
”おばかさん”だけど”愛してる”の発言にカルロは思わず抱きしめる腕を緩め くすっと笑う。
「なんでおかしいの?」「いや・・すまない」
ふと見れば いつしか空は藍色が大半を占めて 茜色が西の果てにうっすらと残る程度に。
星が ちらちらと 空に現れ始めていた。
二人の服も 淡い色遣いのせいか すっかりその宵色の藍になじんでいる。
「綺麗な空ね・・」
カルロは黙って頷く。そして。
「『この空に私への愛を誓ってくれ』だなどと 映画じみたことを言いたくなる」
「ダーク・・!誓うわ!!うん、空に・・星に! 私、貴方のものだもの・・!!」
ひたむきな目で蘭世はカルロを見上げる。
「こんなドジでどうしようもない私だけど・・お願いします、これからも貴方の側にいさせて!」
「・・はいはい」
”おばかさん”だの”ドジ”だのの発言になんだか可愛い妹でも見るような気分になってしまい
カルロはムード満点とはいかず やけに穏やかな気分になってしまっていた
だが。
ふわっ と優しい香りがカルロの鼻をくすぐる
柔らかな唇が 唇にそっと触れて じんわりと。
そして・・やがて離れていった
「・・・ごめんなさいの、キス!」
そう言った蘭世は 顔を真っ赤にして、困ったような照れ笑い。
珍しいことに蘭世の方から カルロへキスをしたのだった。
彼女なりに 思い切った行動・・。
カルロの目が驚きで見開かれ・・すぐに笑顔に。
「ありがとう。」
もっと その唇を。
「不意打ちはずるいな・・今度は私からだ」
そう言いながら カルロは蘭世を引き寄せる。
カルロからの口づけは さらに深く 情熱的に。
月のない夜。
闇に溶けて甘い愛を交わす二人を 屋根の石像達はただ頬杖をついて
見守っている・・・
◇
後日。
「ほんとにランゼは目が離せない」
そう言ったカルロは、ロンドンでの会議に蘭世を連れていった。
ペナルティだよ、といい カルロは蘭世にプラチナのネクタイピンを差し出す
「この姿になって私に付いてきなさい・・これならいつでも私と一緒だ」
素直に従った蘭世は ネクタイピンの姿に変身して会議に出席した
しかし
カルロの懐にずっと抱かれて まんざらでもなかったらしい
(きゃーん シヤワセ〜)
最初など興奮してかえって喜んでしまったくらい。
会議場では居心地よい上に意味の分からないボス同士の会話がやがて蘭世の居眠りを誘い
あまり罰ゲームの意味をなさなかったとか・・・
fin.
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