『もうひとつの・・・』:


10)


魔界に呼び出され、帰ってきた望里と椎羅は 自宅の居間で
休憩と相談がてら お茶を・・望里はトマトジュースを飲んでいた。
蘭世と鈴世はそれぞれ、新学期が始まって学校へ行っている。
もう少しで帰宅する時間のはずだ。

「やれやれ えらいことになったな・・・」
「そうですわね・・・」

久しぶりに魔界から大至急と呼び出され 馬車を飛ばして魔界へ行ってみれば
魔界の雰囲気がどこか微妙に変わっていることに まず夫妻は気づいた。
望里と椎羅はこのとき、魔界のどこがどう変わっているかは具体的には
判らなかった。
(そう言えば 小高い丘におかしな木が立っていたような・・・)
そして、魔界城に行ってみると いつもは見かけない西の魔女が、
大王の近く仕えていることに気づく。
望里が気になって従者サンドに「一体どうしたのかい?」と聞けば
西の魔女が『魔界に危機が近づいており”勇者”が復活するらしい』と予言したという。

そして、先日望里がダーク=カルロ宅からこっそり持ち出し魔界に預けた古書を
東の魔女メヴィウスが解読したといい、今日はその事でも魔界へ呼び出されたのだった。

そのときメヴィウスが語った言葉を思いだし、望里と椎羅は沈鬱な表情で
顔を見合わせた。

『悪しきものの名前は ダーク=カルロ!』
『魔界古書の持ち主で不審人物 ダーク=カルロ をマークせよ』

「・・・」

今、カルロは丁度エトゥール家の蘭世のところへ足繁く通ってきていますとは言えず、
望里は大王の前で適当に言葉を濁してしまった。
勿論、命令には逆らえないのだが・・・
「あんなのいい加減な情報に決まっているわ」
椎羅はぷりぷりと怒った表情で冷めかけた紅茶をぐい、とひと飲みにした。
椎羅は人間だけど男前で自分好みのカルロに つい良い評価を与えてしまう。
それが望里には少し(いや、かなり)気に入らない。
つい、冷たい台詞を彼らしくもなくこぼすことになる。
「ひょっとしたら大王様は 近いうちにカルロの抹殺命令を出すかも知れないよ」
「あなたったら!縁起でもない!
 折角蘭世とも知り合いになって下さったのに・・・」

そう、椎羅としては娘と懇意にしてくれる街の有力者が魔界の要注意人物と言われ
がっかりする気持ちを隠せないでいる。
一方望里といえば、蘭世の元へ足繁く通ってくるカルロに 毎日はらはらしている。
(一回り以上も年が離れているし 丘の上のあの一族は・・・街一番の金持ちだが
・・・”かたぎ”じゃない、という 噂じゃないか)
街の有力者だ、ということは
この街で住む以上は無礼なことが出来ない・・
つまり、無下に冷たくあしらうこともできない。
蘭世もまったく とんでもない男に気に入られたものだ やれやれ・・と 
望里はそれを思うたびにため息が漏れる。
だが、カルロの方は蘭世についてかなり真面目に考えているようで
それは望里にも その態度から伝わってきていた。
なにしろデートだと言って蘭世を連れ出しても一番遅くても21時には帰宅してくるし
蘭世の彼に関する話を聞いていても、悪い話題は何一つ聞かない。
わが娘の気持ちを第一に考えているようで、慎ましい。
・・・非の打ち所がないのだ。
(あんなに真摯な態度の男では 断りようが ないじゃないか・・・)
蘭世だってまんざらでもなさそうで それが望里を強い態度に
出させない一因にもなっている。
だが・・・
(あの男からは 危険なオーラが感じられる)
どう言って断ればいいのだろう?
そして どう娘にあの男とはつきあうなと言えばいいのだろう??
そんな風にカルロに対する対応について思い悩んでいたところに、
大王の”見張れ”命令である。
追い打ちと言うべきか それとも・・・?

椎羅の方はもっと楽観的で、町一番のお金持ちに気に入られて玉の輿!
相手は人間で こちらはモンスターであることをも彼女は棚上げしていた。
この際人間でも構わないわなんて あっけらかんと喜んでいたのだ。
今も望里がカルロが人間であることを口に出せば椎羅の返答はこうだ。
「だって、あんな魔界の古書が出てくるお屋敷よ!ひょっとしたらカルロ様も
何か魔界と関係が有るんじゃないかしら!うまくいけば実は魔界人だったとか
ありえるじゃありません〜?」
「それは例えば、の話だよ 古書を持っていたからと言って
彼が魔界人だと決まったわけじゃないし
ひょっとしたら・・魔界にとって悪い人物かも知れないのだよ」
「そうでしたわね・・・大王様にマークされるなんて」
これには椎羅も、再びしゅん となる。

カルロが蘭世にとって猫の皮を被った狼ではないことを願うばかりの望里・・
(いっそのことまったくの悪人だったら 私も態度が変えられるのだが)
そう、魔界を震撼させるほどの悪人ならば・・
だが、彼がそんな人物だとも 何故か望里には思えない・・・
あんなに危険なオーラを放っている男だというのに。
望里も自分自身でも全くわけがわからないのだった。

「まあ、大王様が”見張れ”というのなら、今の状態はとても都合がいい 
 と思っておくしかないか。
 探さなくても毎日のように向こうからやって来るんだし」
そう言って、やはり浮かない顔で望里はグラスの底に残ったトマトジュースの、
最後の一口をすすった。

そのときである。
エトゥール家の玄関チャイムがカラ元気な音を家中に響かせた。
「あらお客さま・・もしかして!」
椎羅はいそいそうきうきと玄関へ急ぐ。
彼女の予感は的中・・カルロが訪ねてきたのだ。
ときめく胸を抑えつつ ゆるゆるとドアを開ければ華やかな雰囲気の男が登場・・
勿論後ろには黒ずくめの部下2人がいつも通り控えている。
例のパーティ以来、海外出張・・ということで彼の登場は久々であった。
「ようこそカルロ様、お久しぶりですわね・・!」
家の沈鬱な雰囲気が一気に入れ替わり、椎羅は大王の命令もすかっと忘れてニコニコ顔である。
カルロは土産だと言って椎羅と蘭世にプレゼントを携えていて 椎羅のご機嫌ゲージは
うなぎ登りである。
「まぁまぁ私にまで・・・ありがとうございます。
カルロ様にはいつもお心を砕いていただいて ほんとに感謝しておりますのよ。」
椎羅はそれこそもう輝くような笑顔で いそいそ、いそいそとカルロを客間へ案内する。
「もう少ししたら娘も戻ってきますから、それまでこちらでお茶を飲んで・・」
「今日はお前達と話があってやってきた」
「え?」
「おや カルロか・・・」
(なんてグッドタイミング!!)
居間から顔を出した望里も 待ってましたといったところか・・・
やはり、望里もカルロの素性について色々聞きたかったのだから。

今度は3人とも紅茶で 向かい合って座る。
望里はどうやって魔界の件を口に出そうかと頭の中で考えあぐね なかなか言葉が出ない。
カルロの方も本日はお日柄も良く・・などと口上を述べる人間ではない。
そうして、その場はしん・・と静まり返ってしまうのだった。
ティーカップを手にするカルロの姿は映画の美しいワンシーンのようで 
その場の雰囲気をよそに椎羅は思わず見惚れてちらちらと視線を送ってしまう。

「おまえたちは」「あなたは」

沈黙は 同時に双方から破られた。
「・・先にどうぞ」
「いえっ そちらからどうぞ!」

一歩引いたカルロに対し、望里は慌てて発言を譲った。
それに応え、カルロは冷静に切り出す。
「古い本を盗んで 私の何が知りたいのだ」
(・・!!)
望里と椎羅は驚きの余り一斉にお茶を吹き出してしまった。
「あ あの・・・」
明らかに夫妻は慌てふためいている。
カルロはその二人の様子には特に反応も見せず その長い足をさらりと組み替え、
愛用の葉巻を一本取り出すと カチリ と音を立ててそれに火をつけた。
「私が気が付かないとでも思っているのか」
カルロの思いがけない指摘に夫妻は冷や汗一杯だ。
望里は思わずハンカチを取り出して流れる冷や汗を拭う。
「それは・・返す言葉もない・・・確かに私はあの本を失敬した」
「あの本がなにかなのか?」
「え?」
カルロ自身は、本について子細を知らない・・・?
望里はおや、と思い彼に問いかける。
「あの・・それではあなたは どうしてあの本をお持ちで?」
「あの本は昔から我が家にあったのだ。・・それだけだ 
 他のことについては私は知らん お前は何か知っているのか」
そう問いかけられ、望里はさらに困惑する。
昔から魔界の本を持っている家だと?しかもこの男は超能力まで持っているらしいじゃないか。
なのになぜ この男は何も知らない、と言い張るんだ?
望里は おそるおそる切り出した。
「蘭世から聞きました・・・あなたは超能力者だそうですね」
「・・おまえもそうだろう」
エスパーかと問われても カルロは至って冷静で淡白な姿勢を崩さない。
望里は、思い切ってもう一歩踏み出してみた。
「あの・・じゃ 魔界というのはご存じですか?」
その問いかけに、カルロの表情が動いた。

「なんだそれは」

”しまった!!”
だが 望里の1歩踏み込んだ問い は間違いの元であった・・・
望里も とんでもない魔物をつつきだしてしまったかのような表情になる。
「魔界とは何だ?・・・言うんだ」
カルロは声のトーンは変わらないが 有無を言わせない威圧的なオーラを放ち
氷のような視線で望里へ問いかける。
問いかける、というよりは 尋問すると言ったほうが正確か。
こういったときに 望里は ああ、この男はやはり危険な人物なのだ、と
思い知らされるのだ。
行動の端々に、時折現れる この男の辿ってきた修羅の世界が垣間見える・・・

後悔してももう遅い。
望里は観念して”魔界”についてカルロに説明した。
「おまえたちのような 超能力者が大勢住んでいる世界・・・」
そして望里は次の言葉を やはり諾と言わなければならないことも 大体予測していた。

「・・・そこへ 行ってみたい」





「ここは・・異次元か?」

江藤家の地下室からつながる 霧の道。
そこへ一歩踏み入れたカルロは、ただただ 率直に驚いている様子だった。

一歩、また一歩と カルロは未知の世界にとまどいつつ・・しかし 
躊躇することはなく・・霧の道を進んでいく。
 
望里と椎羅は 彼から数歩離れて その後を付いていく。

(・・・)
望里は その背中を見ながら なお思案する。
・・・
その様子を見ても こいつは 本当になにも知らんようだ。
魔界とは 何の関わりもないような・・・
いや、しかし謎が多すぎる。この男には何かがあるような気がしてならん・・

もし こいつがここに来ていることを知ったら
大王様は はたしてどうなさるだろうか・・・

そんなことを考えていると、それを察知したかのように ぴたり と
カルロの歩みが止まり・・・そしてこちらへ振り向いた。
「・・・何を考えている」
「・・・ここへ連れてきて 良かったのかと・・・」
望里は神妙な顔で答える。
「良いか悪いかは 自分で判断する お前が心配することはない」
「・・我々は君に不信感を抱いているのだよ」
あっさりと応えたカルロに なお望里は厳しい顔つきで答える。
「良い人物か 悪い人物か・・・」

そう、魔界にとって 仇をなすものなのか それとも・・・?

「くだらんな」
その問いかけに カルロは俯いて ふっ、と軽く笑い ポケットに手を入れる。
「すくなくとも・・・”良い人物”とは言えないだろう」
まただ。
望里はこちらを振り向いたカルロの表情から 彼の魂に潜む闇を見いだしてしまう。
にやりと笑うその顔は 挑戦的で 残忍なようで・・・妖艶ですら、ある。
あの問いを、何故私はこいつにしてしまったのだろう。
”魔界を知っているか”などと・・・
しかし 覆水盆に返らず・・・
動き出した歯車は もう止まらない。

そうしてカルロは再び歩み始める。魔界へ向かって・・・


やがて、中空に魔界の月が現れる。
大きくて 丸い 月が一行を迎える。


「・・・やけに静かだな」


望里がぽつり、とつぶやいた。
その不自然な静寂が 何を示すのかは まだこの一行には
知る由も無かったのだった。



つづく


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

#Next#



#9)へ戻る# 閉じる
◇小説&イラストへ◇