１１）

「ただいま！・・お父さん！　お母さん！！」

蘭世は勢い良くエトゥール家のドアを開けて　足音も高く転がり込むようにして家へ入ってきた。
はあはあと肩で息をし、長い髪の毛を振り乱している。
右手の中にはペンダントトップにしていつも身につけている　”例の指輪”・・カルロが蘭世に渡した物、が
しっかりと握り込まれている。
そして、蘭世は相当慌てているらしく、それを首から外すことも忘れて不自然な格好で、胸元で右手の中に
その指輪を握り込んでいた。
「たいへんなの！　おとうさん！！おとうさんてば！！」

なお蘭世は走って望里の書斎へ向かい・・玄関の扉と同じ勢いでその扉を開け、
父親の眠る棺おけの横に立て膝で座ると　その蓋を、あいているほうの左手で勢い良く開けた。
まだ蘭世の息は弾んだままである。
「おとうさっ・・・あれ？」

棺おけの中は何故か　もぬけのカラであった。
「どうしたのかしら・・？」
吸血鬼である望里は　いつもならば眠っている時間である。
望里が昼間起き出して　何処かへ行っているとすれば、それは魔界へ行っているときか　
椎羅とケンカが始まったときである。
（おとうさんとおかあさん　急に魔界へ？まさか・・・違うわよね）
望里たちが魔界へ行くときは　大抵ひと声蘭世や鈴世たちに言ってから出かけるのだが
今回はそれがなかったため、両親が魔界へ行っているとは蘭世には考えにくかったのだ。
（無論、望里と椎羅は予定外のことで　カルロをつれて地下室へと行った訳なのだが・・・）
蘭世はすっくと立ち上がり、書斎を出てきょろきょろと家の中を探し始める。
「おとうさん・・おかあさん！　いないの？」
両親を捜す蘭世の顔は不安気である。

居間、キッチン、と探し回ったあと　玄関前ホールにさしかかったとき、玄関の扉がガチャリと開いた。
「おかあさん？！・・・じゃなかった・・」
「ただいまー　おねえちゃん！」
元気いっぱいの笑顔で　鈴世が小学校から帰ってきたのだった。
「あ、鈴世ぇ・・・お帰り・・・」
蘭世は　つい　なんだがっかり・・という気持ちが顔に出てしまう。
「おねえちゃん、カルロ様は？来てるんでしょ？」
「・・え？」
突然の鈴世のカルロ発言に蘭世は驚いた。
しかし鈴世はただ、玄関前にカルロ家の黒塗り高級車が停まっているのを見たからそう言ったに過ぎない。
蘭世があまりにも慌てていて　それすらも見落としていただけのことだ。
「だって自動車が前にとまってたもん」
「・・・そうなの！？」
蘭世はドキリと胸を高鳴らせ、玄関へ駆け寄り入り口から外を見た。
少し離れた門扉の前に視線を投げれば　部下と思われる男数人と、見覚えのある高級車が
視界に飛び込んでくる。

「カルロ様はあの車の中かしら？！」
「え？あのおじさん達はカルロ様はうちの中だって言ってたよ」
「ええー！？」
でも、家の中には両親もカルロも、誰もいない。

蘭世はもう何がなんだか判らない。元々パニック状態で戻ってきたのだから、ろくに正しい判断ができないのだ。
鈴世がそんな姉の様子に気づき、訝しげに彼女へ問いかける。
「さっきからお姉ちゃんどうしたの？なんだか慌ててるみたいだし・・・それ何持ってるの？」
「あ・・」
蘭世は問いかけられ、ハッと我に返った。溺れる者は藁をも・・というが　蘭世と年離れた小さな弟であっても
鈴世の方がしっかりしていることは蘭世も認めるところ。
「鈴世ぇ・・これ　どうしよう・・・！」
蘭世は半泣きの表情になりながらそっと、指輪を握りこんでいる右手を・・少しだけ開いた。

「うわあっ！なにそれー！？」
”まぶしい！”

鈴世は思わず叫んでいた。開いた蘭世の指の隙間から、まばゆい光が零れだしたのだ。
その強い光に　思わず顔をしかめ、鈴世は手で顔の前を遮る。
蘭世も最初から目をつぶっていたのだが再びきゅっと指輪を握り込み、再び掌の中にその閃光を封じ込めた。
「び・・・びっくりしたぁ！」
「学校を出たところで　突然指輪が光り出しちゃったのよう・・・」
蘭世は不安げな声だ。
下校時間になり家へ帰ろうと町中をのんびり歩いていたら懐の中で指輪が突然光り出し、
蘭世は慌てて握ってそれを隠したのだ。そして怖くなって　猛烈な勢いで走ってうちまで帰ってきたのだった。
「どうしたらいいかわからないから　おとうさん達に相談しようとおもってぇ・・」

「その指輪、どうしたのさ？おとうさんからもらったの？？」
「うっ　ううん・・その・・・」
蘭世は顔を赤らめ、恥ずかしげに口ごもる。そんな顔を見れば一目瞭然。勘の良い鈴世でなくても判るだろう。
「シュンお兄ちゃんかな？・・・ううん、カルロ様に貰ったんだね？」
「ばっ・・なんでそんなこと判るのよ！」
蘭世は図星を指され、更に顔を赤くする。
「えへへ。僕、どっちがお兄ちゃんになっても良いよ！どっちもカッコイイもん」
「んもう！おませさん！！」
嬉しいような困ったような顔をして　蘭世はばんばん！と鈴世の背を叩く。
その拍子に蘭世の掌から光る指輪がこぼれ落ちた。
先程より数倍パワーアップした光に鈴世は悲鳴を上げる。
「うわあっ　おねえちゃん！まぶしいよっ、隠して隠して！！」
「・・・っとと　ごめんごめん」

光が再び掌の中に封じ込められ、鈴世は　やれやれ・・といった表情だ。
「ねえ、カルロ様がおねえちゃんにくれたんだったら　カルロ様に聞けばいいじゃない」
「あ　そっか」
蘭世はあまりにも不思議な現象に　つい両親を頼ったのだが鈴世の言うことはもっともである。
「でもね鈴世、カルロ様来てるのにうちの中には居ないし　おとうさんやおかあさんもいないのよ」
「え、そうなの！？」
「うん・・・鈴世どうしよぅ・・」
両親が居ないだけなら　すんなり魔界へ言ったと思うだけで済むのだが　カルロも一緒にいないのである。

「ひょっとして　おとうさんたち　カルロ様を連れて魔界へ行ったんじゃないの？」
「え・・まさか？！」
「だってほら　地下への入り口も開いてるよ」
鈴世が指さす先・・・胸像が定位置より右へ動いており、地下の入り口が床にぽっかりと空いていた。
「あらら・・」
慌て者蘭世は玄関先の車の見落としに続いて、思いこみのせいか　それすらも目に入っていなかったようだ。
地下道が開いていて　カルロの部下達はカルロがエトゥール家の中だと言い
望里と椎羅は居ず　カルロも同様なら・・・

人間であるカルロを連れて　望里と椎羅は何故魔界へ？と　蘭世に疑問と・・不安、が募る。
（まさか　カルロ様、私の正体を知ったから連れて行かれたんじゃあ・・）
先日、蘭世はカルロに噛みついて変身したところを　ベン達に見られてしまっていた。
人間に正体を知られるのは魔界人にとって当然御法度である。

”魔界に捕まってしまったのだったら・・”
蘭世の顔から　さあっ　と血の気が引いていく。実はカルロが自ら望んで魔界への道へ降りていったのだが
そんな事は蘭世や鈴世には知る由もない。
”捕まってしまうなんて・・・そんなのは、いや！！”
（もしそうだったら、カルロ様を助け出さなきゃ！カルロ様が捕まったらそれは絶対私の責任だわ！！）
蘭世はその地下入り口をじっ・・と睨むように見据え、ごくっ　とつばを飲み込んだ。
（これはカルロ様の指輪だもん、ひょっとしたら　カルロ様に何かあったことを伝えてるのかも・・・）
蘭世は、決心をした。
「鈴世・・わたし　魔界へ行ってみる！」
「おねえちゃん！・・・ぼくそう言うと思ってたよ」
鈴世はそんな姉を止めない。ウィンクをして嬉しそうな顔だ、冒険大好き少年！といったところか。
「僕も一緒に行くよ！」
「だめよ鈴世！危ないわ」
「おねえちゃんより僕の方がずっとしっかりしてるよ。お姉ちゃん独りの方がもっと心配だもん。」
「ぐっ・・・」「待ってて！ペックに留守番頼んでくるね！」
そう言って鈴世は２階へ上がっていく。
「そうだ・・・うちにはペックもいたんだっけ・・」
最初からペックに聞けば良かった、と思いながら　蘭世は自分の慌てっぷりに自己嫌悪してしまう。
そしてやはり　弟は頼れる奴だと改めて実感するのだった。

「お待たせ・・じゃあ行こう、おねえちゃん！」

鈴世に呼びかけられ　蘭世は思わず光る指輪をぎゅ・・と握りしめた。
（カルロ様　どうかお守り下さい・・そして　カルロ様も無事でありますように！）
「うん！」

姉弟は　いざ、魔界へ・・・


つづく


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＃Ｎｅｘｔ＃