『もうひとつの・・・』


12)



魔界に 猫の目の形をした 不気味な月がかかっている。半月よりは 数日太った印象の月だ。
それは魔界全体にかかっている霧のせいか輪郭がにじみ どこかちぎり絵のようだった。
月はぼんやりと自らの存在を示すために灯っているだけに留まり 魔界全体を照らすにはどこか弱々しい。
魔界の月は満ち欠けなどしたことがなかった。
それが欠けるというのは 即ち不吉の前兆と見なされても仕方がない。

(月が どうとか・・と 騒いでいたな)

狭い場所で片膝を立てて座り込んだカルロは 何気なく視線を上に投げ その月を眺めていた。
人間界に住まうカルロにとっては 月は満ち欠けするものであり さほど動揺を誘ったりはしない。
只、彼の今の状況は 彼にとって承伏しかねるものであった。
・・カルロは今 その不気味な月を 西の魔女の家から眺めているのだ。

魔女の家には不可思議な円筒形の牢獄がいくつもあり 彼はその一つに投獄されていた。
その牢獄には カルロがようやっと座り込むくらいのスペースしかない。
そして 立ち上がった目線くらいの場所に小さく開けられた小窓にはガラスがはめられており
そこからしか外を見ることは出来ないのだ。
そして月の光は彼の金色をした前髪を照らす力もなく ぼんやりと中空に浮かんでいる。
魔界は 家々のともす光でその形をようやっと浮かび上がらせているのだった。

・・自分が投獄される理由が 全く判らない。

ただ、魔界へ立ち入った途端 あたりの風景が暗くなり 月が欠け始めた
しかし自分とそれとの関係など つゆほども思い当たらない。
カルロは魔界の入り口をくぐった途端 兵士達に取り囲まれ 一方的に”魔界に仇なす者”と言われ
あっという間に囚われてしまったのだ。
多少の魔力があるとはいえ 捕らえる方にはそれを凌駕する力があり 全く歯はたたなかった。

(私が囚われたことと 望里が私の屋敷から持ち去った古い本とは 何か関係があるのだろうか?)

カルロが思い当たるところと言えばそれくらいだった。
(あれは代々伝わる古い本・・ならば先祖に何か関連があるのか?)
カルロの読みはほぼ正解だ。カルロ家にあった古書を読み解いたメヴィウスが”カルロは悪しき者”と
大王に進言したことから カルロが捕らえられることになったのだから・・・

(人間の世界にとってだけでなく 魔界にとっても 本当に”悪い人物” なのかもしれないな 私は)
そんなことを考え ふっと口元を歪め皮肉な笑みを作ってみる。

 ふと 捕らえられる直前の光景が思い出される。
カルロの目に印象的だったのは 月を指さして動揺する魔界の住民達であった。
(月食、日食は 遙か昔 凶兆だと言われていたらしいが・・・)
カルロは”魔界”に住む者達の中世風な服装を思い出す。この世界は服装だけでなく思想や政治も
中世のままなのだろうか、とふいに不安になる。余所者を徹底的に排除する一族だったら
追放どころか命まで奪おうとするかも知れない。

カルロはこの牢獄から脱出を試みようと何度か力を使おうとしていた。
だがどうやらこの筒は魔力を封じ込める力があるらしくびくともしない。

(・・・今はどうすることもできない、か)

彼から ふっ と ため息が漏れた。そして月から目を逸らし翠の瞳を伏せる。
だがカルロは現状を絶望的だとは考えてはいない。ただ 事態が動くのを じっと待ちかまえているのだ。
何か動きが有れば どこかで必ず 逃げ出す隙は生まれるに違いないと判断し
その好機が来るのを心静かに待ちかまえている・・・

 



「ふう、ふう・・・」
「おねえちゃーん まってよぉ 早すぎるよぉ!!」


蘭世はエトゥール家の地下室から魔界への道をひた走っていた。
おとうさんもおかあさんも そして一緒にいたはずのカルロ様も、家にいない。
・・・どうやらみんなで魔界へ行ったらしい。
(私が変身を見られたせいで カルロ様になにかあったらどうしよう・・)
そんな蘭世の心配を裏付けるかのように、彼女の握り込んだ手のひらの中では カルロに貰った指輪が
不気味な光を放ち続けている。
蘭世の指にはサイズのやや大きい指輪を彼女はいつもペンダントトップにして身につけていた。
突然の発光に蘭世は驚き今はそれを外し、手の中に握っている。

胸一杯に嫌な予感をふくらませ、蘭世の足取りは自然と早足から駆け足へと変わっていく。
一緒に行くとついてきた鈴世は そんな姉を追いかけるのに必死だった。

やがて道の霧が濃くなり始め・・その切れ間から中空に魔界城が大きく見え始めていた。
(もうすこしで魔界の入り口だわ!)
蘭世がそう思ったとき。
「あ・・れ?!」
霧の奥から、黒い人影がにじみ現れてくる。・・鈴世には両親が心持ちがっくりと肩を落とした様子に見えていた。
「おとうさん!・・おかあさんも!!」
「蘭世・・?!鈴世も!」

家族は駆け寄り再会を果たした。
蘭世ははあはあと息を切らして声が出ない。代わりに鈴世が両親に問いかける。
「おとうさんたち 一体どうしたの?カルロ様は一緒じゃないの?!」
「・・・」
望里と椎羅は顔を見合わせ 眉を曇らせる。
「なにか・・・あったの?」
そんな両親の様子に蘭世はなお一層不安になる。もしやもしや・・・
そして 望里は言いにくそうにしながら 背を丸めたままぼそぼそと答えた。
「すまん 蘭世・・実は カルロが大王様に捕まってしまった」

「そんな!なんでなのおとうさん!」
鈴世は驚きすかさず抗議する。蘭世の方は・・・顔を青ざめさせ、低いトーンの声になった。
「それは・・・もしかして私のせい?」
「ん?どう言うことだいそれは」
思いも寄らなかったその質問に 望里は おや?と面食らう。
「私が カルロ様達に変身を見られたから・・」
「なんですって!!あなたって子はどうしていつもそうヘマを・・」
怖い顔をして身を乗り出す椎羅を望里は制する。
「いや、蘭世そういうわけではないんだ。まぁ見られたことはそれで勿論大問題だが・・」

望里は軽く頭を振り、古書を解読したメヴィウスの言葉を子供達に伝える。
「蘭世、カルロの家から魔界の紋章がついた古い本が出てきたことは覚えているかい?」
「うん、そういえば・・」
「あれをメヴィウスに解読して貰ったんだが それによるとだな・・・」
望里はさらに言いにくそうだ。言葉を継ぐ前に ついため息が漏れる。
「どうも2000年前の昔 カルロは魔界を滅亡させようとしたらしいんだ」
「えっ」
思いがけないその内容に 蘭世と鈴世は目を丸くして顔を見合わせる。
鈴世が素直な疑問を投げかけた。
「じゃあおとうさん、カルロ様は2000年も生きているの?」
「いやあ その辺のことはわしにもさっぱりわからんよ 本人に聞いてみないと・・」
「・・・」
「だからな、そんな危険な人物を野放しにして置くわけにはいかん、ということで捕らえられてな・・」
「ちがうもん!!」
蘭世は きゅっと唇をかみしめ 望里達をキッと見据える。
「カルロ様はそんな悪い人じゃない!」
「蘭世・・」
望里と椎羅は顔を見合わせた。もしかして娘は何かを知っているのだろうか・・
「そんなこと どうして判るんだい?」
「う・・」
蘭世はカルロの 自分を見つめるときの優しげな表情とその瞳を思い出していた。
(あんな 優しい表情をするひとが わるいひとだなんて 思えない!)
だが、蘭世の想いは感じたままのものであって 確固たる根拠はない。
よく言えば 蘭世の第六感がそう思わせているのだ。説明などは出来ない。
だから、何故と問われても蘭世は答えに窮してしまう。
「だって・・カルロ様はそんな悪い人じゃないんだもん!!」
ややもすると子供っぽい駄々ととられるそんな返答に、望里達は 仕方ないな・・と
苦笑してしまうのだった。
「とっ・・とにかくっ、わたし カルロ様のところへ行ってくる!」
蘭世のその申し出に一同は慌てる。
「行ってどうするんだい。蘭世が行ってもカルロには会わせてもらえないよ」
「蘭世やめなさい、危ないのよ さあ家へ戻りましょう。ここからは
 私たちにはどうすることもできないわ」
「・・・そんなの イヤ!」

蘭世はなお激しく首を横に振る。蘭世にはカルロが囚われる理由がどうにも理解が出来ない。
そして、彼女の正義感がむくむくと首をもたげるのだ。
「カルロ様を助けたいの私!」
「おねえちゃん・・」
蘭世は手のひらの中に握り込んでいた指輪のことを思い出した。
「カルロ様に貰った指輪が 私に何かを訴えてるのよ・・きっと私が 何とかしなくちゃいけないの!」
「え?」
「だって ほら!」
蘭世はすかさず手のひらを両親の前に差し出し広げて見せた。
「うわっ!」
指輪が まばゆい光を解放する。
そして あろうことか。
さらには その光に吸い寄せられるようにして 別の光が別の光が一本の筋となって
蘭世の手のひらの上へと向かってきたのだ。
「ひゃああっ!」
その光は・・欠け続けていた月から もたらされたものだった。

つづく


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