『もうひとつの・・・』


14)


「霧 か・・・」
カルロと蘭世は 西の魔女の家から脱出していた。
一歩踏み出したそこは 霧深い魔界・・
暗い闇でなお青白く映る霧はそれ自体が大きな魔物のように見え
今にもこの身が飲み込まれるのでは・・そんな恐れが心を浸食してくる
「怖い・・」
蘭世は思わず身震いをし カルロに身を寄せた。
「大丈夫だ。私がいる」
そう言ってカルロは寄り添ってくる蘭世の肩を引き寄せ 額に軽く口づける
蘭世は不思議な心地がしていた。
そんな言葉だけでは 頼りないはずなのに
なぜかカルロが言うと 本当に大丈夫な気がしてくる。
カルロに身を寄せているだけで 本当に心の不安が減っていく・・・


「・・・」
カルロは小さな肩を引き寄せたまま 鬱蒼とした森の向こう 中空へと視線を投げた。
左手の方向に 塔のように高くそびえる魔界城が見える。
魔界城の窓には明かりがことごとく灯されており、暗闇の中で灯台のように
ぼんやりと姿を浮かび上がらせていた。

あれが左手に見えると言うことは、魔界と人間界を繋ぐ入り口はおそらくあちら・・・
カルロは西の魔女の家に囚われるまでの記憶も動員して冷静に脱出する道を頭の中で探っている。
どんな状況でも たとえそこが人智を越えた世界であっても、彼は強かに生き抜く術を心得ている

魔界の者達は 私をここへ幽閉して安心しているだろうか。
「ランゼ、ここへ来る前に大王たちに遭わなかったか」
「えとあの・・・その 」
蘭世はどぎまぎしながら答える。
「人間界から魔界へ向かっているときに大王様がやってきて 私を捕まえようとしたの。
 それでね、そこから逃げ出して ここへ来たの・・」
「・・そうか」
カルロは顎に軽く握った右手を添え 思案げな仕草をみせる
ならば入り口へ向かうことは危険かも知れない。
逃げた蘭世を追って 魔界の入り口からこちらへ・・魔界一帯に追っ手がむかっているかもしれない。
「では正面入り口は使えないな・・ランゼ、他に出入り口を知らないか」
「えと・・ええっと・・・」
蘭世も必死になって考える。
「あっ ”想いが池”っていうのがあって そこへ飛び込むと行きたい場所へテレポートできるの!」
「・・・」
カルロは目を白黒させる。

飛び込むと?
テレポートだって?

思わずため息をつきながら言葉を継ぐ。
「何から何まで不思議だらけだな・・・まあいい、そこへ行こう それはどちらかわかるか」
「うーん ここは どこ?」
「西の魔女の森だ」
「じゃあ・・もっと魔界城に近かったと・・思う」
「よし」
カルロは脱出への方向を見定めると 蘭世を促してそちらの方角へと進み始めた
「あ・・待ってカルロ様」
「?」
蘭世はカルロを引き留め、指にはまった不思議な指輪をおぼつかない手つきで 
それでもようやっと自分の手から引き抜き カルロへ差し出す。
「あのっ、この指輪がね、カルロ様の元まで一瞬で連れてきてくれたの。あのね、テレポートよ!」
「・・・」
カルロは蘭世が差し出す指輪をそっと受け取り それを注視する。
それは古ぼけた指輪の筈なのに どこか不思議な光を湛えていた
「カルロ様がくれた指輪よ」
「・・・・どこか雰囲気が違うが・・・」
「あのねっ!」
蘭世はカルロにこの指輪のしでかした事を伝えた。
そう、この指輪は魔界の月を吸い込んでしまったのだ。
「だから今もきっとその不思議な力が一杯入っていて 
 一生懸命念じたらまたテレポートで脱出できるんじゃないかしら!」

カルロは 次々に蘭世の口から語られる不思議現象に やはり眩暈を感じてしまう。
エスパーとしての力は持っていても超現実的な世界で今まで生きてきた彼は 
おとぎ話には少し抵抗があった。
だが愛しい娘の言う言葉、それを真実として受け入れようと 
気持ちをチューニングするのに躍起になる。
不思議な池、不思議な指輪・・・不思議な、世界。
「どうしたの?カルロ様」
硬い表情で黙り込んでしまった彼に蘭世は不安になり、その顔を覗き込む。

「いや・・すまない・・・そうか」
はっと我に返り、カルロは軽く微笑んで蘭世を不安がらせないようにして 彼女の頬に軽く触れる。
澄んだ黒曜石の瞳を見つめ・・彼は気持ちを切り替える決心をした。
そうだ、信じよう。
こういうときは 心を真っ白にして受け入れてみるのもいい。
カルロは心の中に かつて幼い頃に読んだ分厚いヒロイックファンタジーを思い起こしていた。

カルロは右手の薬指にその鈍く光る指輪をはめ、透き通る翠の瞳で蘭世を見つめた。
そして 両の手を蘭世へ差し出す。
「ランゼ。手を・・私に力を 貸してくれないか」
そう、”不思議”を信じるための力を。
「はい!」
蘭世はカルロが自分を頼ってくれたのが、何故かやけにとても嬉しくて 心をときめかせる。
背筋を伸ばしてもう一歩踏みだし カルロの懐へ飛び込んで両手をカルロに繋いだ

ふたり 目を閉じて。

「帰ろう・・」「うん。帰ろ。・・・ルーマニアに!」

ふ・・と 体が軽くなる
なんだかふたり 想いが一つになって 体さえ溶け合っていくような 
それがとても心地いい・・
そう思っているふたりから 月の蒼い光がにじみ出すように溢れ始めていた。
光が質量を持ち カルロのスーツの裾を 蘭世の黒髪を ふわりふわりと浮き上がらせていく。


もうすぐ想いが成就する
・・その時。

「待て 行くことは許さん!!!」

 大地を揺るがすような 太く力強い声が 森一帯に響き渡った

その声に圧倒された蘭世の念が途切れ その瞬間ふたりから急速に光が消え去っていった
「あ・・・」

大王が 家来達を連れて 木々の作り出す闇から染み出すように現れた。
ふたりの周りすべて 槍をこちらへ向けた兵士達が遠巻きに囲んでいく。

「お前達がどこへ立ち去ろうとも、わしらはどこまでも追いかけ捕らえることができる。
 どこへ逃げても無駄だ 今のうちに諦めるがよい」

「・・・!」


つづく




 

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