『もうひとつの・・・』


15)

大王が家来達を連れて 木々の作り出す闇から染み出すように現れた。
カルロと蘭世の周りすべて 槍をこちらへ向けた兵士達が遠巻きに囲んでいく。

「お前達がどこへ立ち去ろうとも、わしらはどこまでも追いかけ捕らえることができる。
 どこへ逃げても無駄だ 今のうちに諦めるがよい」

「・・・!」

蘭世は恐ろしさのあまり声も出ず ただ呆然と立ちつくす
そんな彼女を カルロは大王から庇うように自分の後ろへとそっと押して促す

「また会ったな 大王とやら」
カルロは淡々と大王に声をかける。その声色はいつもと変わらず落ち着いていて
相手がこの魔界を統べる大王であろうと自分には何の関係もないと
即ち恐れる存在ではないとカルロが思っていることを伝えてくる
「前回会ったときも訊いたんだが 今度こそ答えて貰おう。
 ・・私を捕らえるお前達の真の目的は何だ」
「ふざけるでない!」
再び森を震撼させる雷のような怒号が響く。
(ひゃああーっ)
蘭世は思わずカルロのスーツの裾にすがりつき 体をぎゅっとちぢこませる。
「お前は魔界にとって不吉な存在だと 先程も言ったであろう!」
(また脈絡もないことを・・)
カルロは声には出さないが眉をひそめ 半ばあきれ顔である。
「儂は知って居るんだ、お前が2000年前からこの魔界を滅ぼそうと画策していることを」
そう言って大王は懐からなにやら取り出してくる。それは茶色がかったぼろぼろの紙の束・・
例の古書であった。
「そちらこそ笑わせないでくれ」
たまりかねて寡黙なカルロが口を開く。その声には ため息が混じる。
「私が何年前から生きているって?残念ながら私にはエスパー能力はあっても不老不死の
薬は持ち合わせが無くてね」
大変な言いがかりにカルロは軽い頭痛を起こしているらしい。
こめかみに手を添えて不機嫌な表情で目を伏せている。
「その本は我がカルロ家に代々伝わる古書だろう?貴様がその本で何を知ったかは知らないが
私には先祖がお前達にした事など興味もないしお前達の世界などどうでもいいことだ」

「お前がそう思っていたとしても いずれ何が変わるかわからんだろう!
もし仮にお前がただの数十年しか生きられない人間だとしても その血には
邪悪な血が潜んでいるに違いないのだ」

「ああ そうかもしれんな」
カルロの声が次第に苛立たしさのゲージを上げていく。
どう聞いたって 大王は自分を捕らえるための大義名分を欲している、としか思えない。

「おまえたちが私を捕らえるというのならば 伝説の通りこの世界を滅ぼしてやろう。」
「カルロ様!?」
「ほうれ見ろ!」
蘭世はカルロの挑発する言葉に慌て 思わず彼の顔を見上げる
大王の家来達は一層カルロとの間合いを詰めていく
「お前はやはり危険な人物だ・・取り押さえろ!」
「きゃあ!」
突進してくる家来達の姿を見て 蘭世は思わず悲鳴を上げ
さらにカルロへぎゅ・・とすがりつく
だがまっすぐに大王を見据えたカルロは身動きひとつせず・・
「ウワッ!!」
円陣を組んで飛びかかってきた家来達は カルロを中心にして放たれた雷光のようなものに
ぶつかり あっというまに宙へとはじき返されてしまう。

雷光に打たれた家来達は 皆あちこちでうずくまり 顔や体を押さえて唸り声をあげている
「うぁぁぁぁ・・」
雷光が 家来達の体を焼いたのだ。
それを見た他の家来達は 恐れをなして一歩 一歩と後退していく
(・・・いやあっ!)
蘭世はその光景に恐れおののき声を喉に詰まらせ 顔色を青ざめさせる
カルロはその視界をそっと腕の中にくるんで塞ぐ
「・・・お前は見なくてもいい」
だが、カルロ自身も 予想を遙かに上回った攻撃の効果に 多少の戸惑いがあったらしい・・

「おのれ・・!」
大王が毒づいたそのとき 反撃の手を挙げさせる間を与えずカルロは大王を睨み付けた
それだけのことで 大王、そして残っていた家来たちは皆一瞬にして金縛りにかかってしまう

・・これが この指輪の力・・・

大王も、そしてカルロもその指輪の強大な力を思い知る。

「お前達が私をどこまでも追いかけるというのならばそれもいいだろう。だが」
カルロは大王を氷の刃のような視線で射抜く
「私がどこでお前達に出くわそうとも 今と同じように追い返してやろう」
「うぬぬ・・」
大王はカルロをにらみ返す
その視線は 一迅で相手を殺しかねないような激しい光・・
「その指輪をこちらへ置いてから行け それには魔界の月の光が封じ込められている
 その光は我らの物」
その言葉に返して カルロはクッ・・と喉の奥で低く笑う。
それは魔界人よりも悪魔じみた妖しく美しい笑顔で
「笑止だな・・そんな要求応えるわけが無かろう?そもそもこの指輪は代々我が家に伝わる物だ」
余裕の笑みを浮かべると カルロはすっ・・と身をかがめ 蘭世を両腕に抱き上げた
「ええっ?!」
そして その桃色の頬に軽く口づけを落とし、再びニッと笑って大王を見返す
「お前達にとってこの指輪が必要だというならば渡してやってもいい だが
 今回のこの、私への侮辱行為では交渉する気にもならん」
「なにっ・・」
「今の私にとっては ランゼが手に入れば他には何もいらん お前達の世界に興味はあるが・・
一番の私の目的は ランゼを私の屋敷へ連れて帰ること それだけだ」
カルロはそう言い残すと蘭世を抱えたまま、金縛りで動けない大王達にくるりと背を向け悠然と歩き始める

「・・・この!」

「カルロ様・・」
カルロの腕の中で蘭世は不安げな表情。思わずそっとカルロの肩越しに大王達を振り返る
「ほんとうに 大丈夫なの?」
あの強大な力を持つ大王から 本当に逃げおおせるのだろうか。
その心配そうな横顔に カルロは穏やかな声で告げる
「私を信じなさい。大丈夫だ・・あいつらは私とランゼがルーマニアに着くまでは動けないようにしておいた。
 想いが池はこっちだな」
「・・うん。」
(怪我した人たち 大丈夫かな・・・)
思わず蘭世はそんなことを考えている。指輪を通してそれに気づいたカルロは微笑み
蘭世の頬にもういちどキスをするのだ

蘭世はカルロの首に腕をまわしきゅ・・と抱きつく
二人の姿は 霧の向こうへゆっくりとにじみ消えていく・・・


つづく



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