『もうひとつの・・・』


16):最終回


ここは北欧の海岸
曇り空を映す海の色はどんよりと灰色で 逆巻く波が白い飛沫をいくつも吹き上げては散り落ちていく
嵐が近い。

「・・・ついてきてくれないか」
「カルロ様!」

魔界から漸くルーマニアへ帰還した二人
カルロの誘う言葉に 蘭世は黙って彼の体へと腕をまわしきゅ・・と抱きついていく
それが、蘭世の返事。
二人寄り添って脱出したことから気分が盛り上がっていたのも確かだけど
それ以上に 心にわだかまる想いを整理したくて 諾と答える

カルロは別に魔界の追ってから逃げ隠れするつもりでこの地へ誘ったわけではない。
気分転換に蘭世の・・というより自分自身のために と ここへ来ていたのだった。

海へとせり出した高い崖の上に 小さな別荘はあった
別荘の周りの野は意外と広く辺り一面緑に覆われている。そしてその小さな草花も 皆
強い風に煽られ海と同じように波打っていた。

(お天気は悪いけど いい眺め・・・!)
蘭世は窓から見えるその景色に吸い寄せられるようにして 小さな別荘から野原へ降り立った
野原の向こうに 灰色の海が拡がっている

蘭世はカルロを別荘に残し その強い潮風を避けるように手をかざしながらひとり歩き出す
風に細い体は煽られ 足元がすこしおぼつかない。
それでも 蘭世は今 ひとりになりたくて海に臨む丘をぽつりぽつりと歩いていく

切り立った崖には手すりもなく 蘭世のすぐ足元には 白い岩肌を見せる断崖絶壁
遙か見下ろす水面は崖に当たっては激しく白い飛沫をまき散らしている
蘭世はその水しぶきを しばらくぼうっと眺めていた

(きゃっ・・)
蘭世は ふいに先程の家来達を悠然と凪ぎ払ったカルロを想い出してしまう。 
カルロに襲いかかった大王の家来達は皆火傷を負ってうずくまる・・・
蘭世はその時の光景の恐ろしさが思い起こされ思わず両腕で自分自身を抱える
(カルロ様って 本当はどんな人なの・・?)
本当は、大王様の言うように 恐ろしい人なの?
ふと不安が過ぎる。

ふわり

そう心に影が宿ったとき ふいに蘭世のまわりを吹きすさぶ風が凪いだ
温かい。
そしてそのぬくもりは柔らかい香りを含んでいて 蘭世の心をやんわり包み込むようだった

「こんな所にいては風邪を引く・・それに突風で飛ばされないかと心配だった」
「カルロ様・・!」
振り返り見上げると そこには心配げな表情のカルロが。
そして彼は蘭世に秋色のコートを着せかけてくれていたのだった
両肩に置かれた手からも ぬくもりが伝わってくる
「ありがとう・・・ゴザイマス」

あんなに恐ろしいと思ったのに。
視線が出逢った瞬間に 蘭世の顔が赤らんでくる
自分の頬が熱くなったのを感じて 蘭世は思わず気恥ずかしさに目を伏せ前に向き直った

視線を逸らす蘭世に 何か心にわだかまる想いを感じ カルロは蘭世へ問いかける
「ランゼ。私が怖いか」
「!」

心を見透かされたようで 蘭世はうろたえる
だが 正面切ってYesとは言えない。言えるわけがない
カルロのことは信じていたい
だけど・・・その力は強大で 恐ろしくないと言えば嘘になる
でも。 私の想いはそれだけではない
どう言えばいいのか困り果てた故の沈黙は そのままカルロにはYesに聞こえる
自分が恐ろしいのだと。

「ランゼ。隠さなくてもいい・・・」
「カルロ様・・違うのっ」
蘭世は慌てて振り返りカルロを見上げる

カルロは恐ろしい力を手に入れた それを知っている
でも
蘭世は自分の心の奥底で なにか不思議な確信を持ち合わせてもいた
(あれはカルロ様が自分を・・そして私を守るために使った力だもの
そして・・・何故か私には カルロ様が悪い人に思えないのよ)
蘭世にはどうしても、カルロが大王の言うような”不吉で悪い人物”とは 思えないのだ

(不思議・・・これはどうしてなのかしら・・・わるいひとだなんて 思えない)

「違うことはない、ランゼ。」

憂いを含んだその翠の瞳は 見つめられるだけで吸い込まれていきそうで
蘭世は思わず異を唱えるための言葉を失い 息を飲む

「私は今までにも 戦い、誰かを傷つけてきた 命さえ奪ったことがある」
その言葉は淡々として。
「だがランゼ。それは自分の身を・・そしてファミリーを守るためにしてきたことだ」
ふ・・と吐息と共に寂しさと自嘲をないまぜにした表情を一瞬見せ カルロは視線を遠くの海へと投げかける
彼の金色の髪は強風に躍りその横顔を隠していく
突然の物騒な告白に蘭世は動揺するが・・それでも何故か心はさほど泡立たなかった

・・・なんで 悪い人だと思えないの・・・

「力を持たざるべき者がそれを得れば世界は悲劇となる だが 私にはその力をコントロールする能力が
あると 確信している・・・自分で言うのもおかしな話だが」
口元に自嘲的な笑みを浮かべ また蘭世へと振り返る
そして 帰ってきた彼の表情には 決意・・信念 が宿っていた
「強い力は 必要なときに 必要な分だけ使えばいい。そうすれば自分の守りたい者が守れる」
「カルロ様・・・」

「ランゼ。私はお前にそばにいてほしい。・・私の周りにはどうやら危険が迫っているようだが
 ・・・私にはおまえと家族 そして私のファミリーも守り抜く自信がある」

他の者が言えば大言壮語だが、この男なら必ずやり遂げるだろう

「私に お前を守らせてくれないだろうか」
「私もっ カルロ様を守りたい!」

その奇抜な申し出にカルロは目を丸くする
蘭世は一途な瞳でカルロを見上げる
「ほら・・だって カルロ様って魔界のこと良く知らないでしょう?
そりゃ私だって魔界に住んだことはないから力不足かも知れないけど 
魔界で生まれ育ったお父さんお母さんの知恵だって借りられるし!」

蘭世からの思いがけない”協力”の言葉に カルロの胸が揺さぶられる
「ね、カルロ様は独りじゃないもん。守ってもらうだけじゃなくて 私もがんばるから。
 みんなで がんばりましょう! きっと大王様だって勘違いしているだけだもん」
蘭世の笑顔は明るく 慈愛に満ちて。
その表情からは口先だけでなく なにか確かな自信のようなものが見えて
思わず カルロは蘭世を引き寄せ抱きしめた

「・・・」
「カルロ様 よろしく・・ね。」

抱きしめられ 蘭世の”よろしくね・・”の台詞はときめく胸の鼓動を伴って 
声がうわずっていて
いつもはスーツに隠されて華麗な印象が強いのに
抱き寄せられた胸の逞しさ 腕の強さに酔いしれて眩暈を起こしそう・・

華奢な体に秘められた温かく大きな力に触れた気がして カルロは一層蘭世の身体を抱きすくめる
少し体を離し両手で蘭世の頬を包んでその顔を覗き込めば それはもう真っ赤で瞳は潤んで
「カルロ様ぁ・・」
至近距離でまっすぐ見つめてくる翠の瞳に もう蘭世は魂まで吸い込まれていきそうだった

二人のこれからを取り巻く運命を暗示するように 嵐は吹きすさぶ
どんなときも二人でいよう。
そんな誓いをこめて 二人は嵐の中 口づけを交わす・・





後日。
何度か大王から差し向けられた刺客たちに攻撃を受けたものの カルロの宣言通り
そして蘭世をはじめとした江藤一家の協力もあり
蘭世とその家族、そしてカルロのファミリーにも犠牲は出なかった

やがて西の魔女が 悪しき者に操られていることが露見しカルロは無実が証明される
そしてカルロが魔界王家の血を引く者であることがわかり大王から謝罪があった
蘭世の「カルロは悪者ではない」という予感は正しかったのだ。

カルロは例の指輪を魔界へ渡し 魔界とは一切縁を切る
しばらくして魔界の王子が人間界で覚醒をし・・彼がその指輪を使うことになるのだ

カルロは魔界のことには一切手も口も出さず ファミリーと蘭世を護って生きる
蘭世はカルロに寄り添い生きていく
今までも そして これからも。




end.



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あとがきです。

萌様にリクエストを頂いたのは もうほんとに随分前のことで
頂いた直後から書き始めて えんやこら16話。
しかも途中で私が脱線を繰り返し 一つのリクエストにお答えするのに こんなに
時間をかけてしまいました・・・ああ私はホントに失礼で情けない奴です

実は・・・実は 萌様に頂いたお題とは 実はとてもシンプルで

”セクシーなカルロ様を”

だったのです !

お題はシンプルだったのですが、勿論 このお題についての深い語りを頂いて
(地下のとあるお話の印象を例にあげて下さってv嬉しかったです。)
うん、うんと頷きながらメールを読ませていただいたものでした。

表サイトで表現するカルロ様のセクシーさって どんなものかしらと思いつつ
カルロ様のセクシーさは 短編では語りきれないわっ!と意気込んで作り始めたのですが
思いは空回りの連続で 自分の技量のなさをまた思い知る今日この頃・・

ただ、特に前半〜中間ぐらいでしょうか 書いててすっごく楽しかったです
皆様にも情熱的なコメントを頂けたりもしたし 忘れられない作品となりました。

真壁君との三角関係の駆け引きとか そんなことまで書けるかも・・とまで
思っていたのですが それはまた別の機会に再チャレンジできたら・・と考えてます

リクエスト話にも関わらず長編化してしまったこと ほんとにごめんなさい。
萌様には途中で何度も”大丈夫ですよ”と言っていただけて、有り難かったです。
本当にいろんな面で萌様にはお世話になり いくつ感謝しても足りない位なのです。
拙宅をおおいに盛り上げてくださった貴女様に この場をお借りして心から御礼申し上げます。




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