『もうひとつの・・・』:カウントゲット記念


2)

蘭世は自転車で飛び出し自動車と接触事故を起こしていた。
大した怪我ではなかったが・・相手側は黒塗りの、曰くありげな高級車であった。
大破した自転車と共に車に担ぎ込まれ・・気が付くと大きな屋敷の中へと
連れて行かれたのだった。
 そして、彼女をそこまで連れていったのは・・金髪に翠の瞳をした若い男である。
正確には彼の部下達が
”街でもめ事を起こしてはならない、もしもの時は素早く撤収すべし”
という自分たちのセオリーに従って指示されるまでもなくそこまでの作業を淀みなく、
素早く行ったのであった。


確かに”あの男”が言ったとおり、その大きな屋敷の一角には医療施設が存在していた。
MRIなどの大がかりな装置さえもあって、事故にあった蘭世の精密検査も
十二分すぎるほど丁寧に細密に、かつ、やはり”滞りなく”行われたのだった。

屋敷の一角、ある部屋に面した無機質な印象のドアがきいっ、と音を立てて開いた。
そのドアの向こうからひょっこり顔を出したのは・・・蘭世である。
その細い右腕と右足には擦り傷を手当した包帯が痛々しい。
着衣の中は、自転車から転げ落ちたときに打ち付けた腰
・・ただの打撲で骨は折れていなかった・・に大きな湿布薬が貼られこれまた
丁寧に包帯が巻かれていたのだった。

蘭世は部屋の中をそおっと見回す。
そこは、蘭世の家にある居間くらいの広さのある、応接間のような場所だった。
(誰もいない・・・よね?)

蘭世は検査の間中ずっとショーツ一枚の素裸の上に例の病院で検査を行うときに着せられる
前あわせの白い服のみで一人うろちょろさせられとても心細い思いをしていたのだ。
やっと検査から解放され・・この部屋で着替えを用意してあるからと検査官に言われて
ここへやってきたのだった。
この屋敷に来てから見かける人物皆男性である。女性の影など微塵も見えないのだ。
医者も看護師も皆男で、花の乙女である蘭世は不安なことこの上ない。
(病院みたいな施設といい、一体このお屋敷はなんなのかしら・・・)
素人の、しかも世間知らずな蘭世ですら首を傾げたくなる。
 蘭世は落ち着かない気持ちでこの屋敷に来てからの数時間を過ごしていた。
(今、何時かなぁ・・・なんだかすっごく長い間このお屋敷ににいる気がするわ)
蘭世が移動していた場所はずっと窓が無く、昼でも光を得るのに電灯の力を
必要としている場所ばかりで、さっぱり時間の間隔がつかめないでいた。

蘭世は、おそるおそる指示された部屋に足を踏み入れる。
そうしてきょろきょろと辺りを見回した。
(私の着てきた服は・・・ないのかなぁ)
クローゼットらしき家具は何処にも見あたらないし、着替える前に自分でハンガーに掛けた
自分の服・・を想像していた蘭世はがっくりとし、自分の鞄すらも無くて不安が募る。
その部屋の中央を見ると、柔らかそうなソファがこちらに背を向けて置いてあった。
(ソファーの上かなぁ)
ゆっくりとソファへ近づく。
すると、ソファの前にガラスの天板がはめ込まれた低くて大きなテーブルがあり、
そのテーブルの上に平たくて細長い、大きめの箱が置いてあるのに蘭世は気づいた。
ふと蘭世の表情が少し明るくなり・・小走りでその箱へ駆け寄っていった。
テーブルの上に横向きに置かれていたその箱に・・・一輪の赤い薔薇が添えてあったのだ。
(わぁ 素敵・・・!)
蘭世は思わずその花を手に取り、顔を寄せてふくよかな香りを胸一杯吸い込んだ。
先程までの不安がそれで消し飛んでいくような心地よさであった。
(ん・・)
思わず蘭世は両腕を上げて大きく伸びをした。
少し安心した蘭世は腕を降ろしたとき、箱へ視線を移した。
(この箱がひょっとして着替えかな!)
白くつややかな紙で包装された箱の中央に、金色の綺麗な文字で
−Moe−と印刷してあった。
その字体を見て、蘭世は目を丸くする。
(え・・これ って、 かなーり高級なブランドじゃぁなかったっけ・・・!?)
これだけ大きなお屋敷だし、車も高級だったし、もうここまでくれば用意してくれる服だって
ランクは想像に難くない。
この部屋の何処を見回したって、この箱以外にある布はカーテンや絨毯くらいだ。
部屋だってきちんと間違っていない・・はず。
驚き半分、ときめき半分。
(よ・・よーし、開けるよっ)
蘭世はもうこうなったら度胸を決めることにした。
いつまでもこんな寒々しい格好はごめんである。
女性ブランド名の入った箱だもの。今私しかこの屋敷に女性はいなさそうだし・・・
手にしていた薔薇をそっと箱の脇に置くと普段自分がやる以上に丁寧に、
慎重に包装をはがし始めた。
そして・・・蓋をそおっと開く。
(わ・・・)
上品な薄桃色のワンピースが現れた。
そして、靴、アクセサリーケースとおぼしき小箱も入っている。
蘭世はいそいそと着替え始める。

まず着心地の良さに ほっとする。そして、ゆったりとした袖と上品なデザインの
ロングフレアなスカートは腕と足の包帯を上手に隠していた。
ハイヒールは履き慣れない蘭世だったが、思っていたよりも履き心地が好い。
怪我をしている蘭世を考慮して踵は低めの物が選ばれていたのだった。
そして服と同じ色合いをした、高級そうな石のついたイヤリング。
(かがみ鏡・・・っと)
部屋を再び見回して、片隅にあった鏡の前へ行く。
どんな素敵な自分だろう・・とのぞき込んで、呆然とする。
(きゃーなんて髪の毛がくしゃくしゃなのぉ〜)
当たり前である。
今まで事故に遭ってから検査で寝たり起きたり色々繰り返したため蘭世のロングヘアは
少し(本人にしてみれば許せないくらいに)ほつれ広がっていたのだった。
(もうっ!私の鞄はどこなのよぅ〜あの中にはブラシ入れてたのになぁ)
だが。
鏡の横にあった低いチェストの上にかわいい籠がちょこんと乗っているのが目に留まった。
中にはヘアブラシや化粧道具が一式入っている。
(ヘアブラシあった!!借りよう〜!)
蘭世はまるで高級ホテルに来た客か不思議の国のアリスのような気分で
その部屋にあったアイテムをいろいろ利用していくのだった。

綺麗に髪も整え、もういちど改めて鏡で全身を確認する。

(わぁ・・・)

そこには、見たこともない自分がいた。
すこし、実際の自分よりも大人びて見える・・・。
しばらく蘭世は鏡の前で素敵になった自分をうきうきと眺めていた。


その部屋に来てから小1時間は経過して・・蘭世は再び心細くなってきた。
(この部屋で待っていなさいって、言われたけど・・・)
鏡を眺めて満足した後、大人しくソファに座って待っていたが
待てど暮らせど誰も来る気配がない。
素敵な服で有頂天になって時間のことをすっかり忘れていたが
また気になり始めてきた。
(ココの人達に忘れられちゃったのかな 私・・・)
(それとも私、部屋を間違えちゃったのかしら!)
そうであれば一大事である。
蘭世はそう考えた途端いても立ってもいられなくなった。
ソファからがばっと立ち上がると、その部屋の入り口のドアへ向かう。
ノブに手を掛けドアを開けようとする。
(!・・うそっ・・)
何故かノブが回らないのである。そして押しても引いてもドアは動かない。
(閉じこめられちゃった!?)
力を込めてノブを回そうとしてもガチャガチャと空しい音がするばかりである。
焦って蘭世はもういちど部屋を見回す。ドアはこれ1つだけである。
・・壁にかかった大きなカーテンに目がいった。
(窓かしら!?)
ドレープの大きなカーテンの分け目を必死になって探し漸くシャッ・・と左右に開く。
今度は予想通り、目の前にガラス戸が現れた。

まず目に映ったのは漆黒の夜空。
(うわっ もうこんなに暗かったんだ・・)
そして・・ガラス越しにバルコニーが見えた。
蘭世はガラス戸の縁をくまなく探して鍵を見つけ、えいえいと開き
バルコニーへと出ていった。

ふうっ・・と冷たい風が心地よい。
屋敷を囲む木々がさわさわ・・と音を立てている。
東の中空に、レモンの形をした月がぼんやり浮かんでいた。

蘭世はバルコニーの手すりに近づき何気なく景色を見た。

「えっ・・!」

大変なことに、気づいたのだ。
少し遠くに、星明かりがちりばめられたような街が見えた。
それは、まぎれもなく自分が住んでいる街だった・・・。
(大きなお屋敷だなと思っていたけど!?)
蘭世は急いで建物を振り返る。
見覚えのある建物の、夜目にも白亜の壁と・・濃い色の屋根が見えた。
街を見下ろすようにして建っている”あの”屋敷に間違いなかった。

この街に住む大人ならば例外なく、子供たちに言って聞かせている。
「いいこと?あの丘の上のお屋敷にはどんなことがあっても近づいてはいけません。
 怖い人たちが住んでいますからね」

(怖い人たち・・・”マフィア”・・)
蘭世ももう小さい子供ではないので、それが何かはすでに見当はついている。
来たときは気が付かなかったのに。
蘭世の心臓は早鐘を打ち始める。
(わたし・・とんでもないところに来ちゃった・・・!)
どうしよう、どうしよう・・。
いつも遠く小さく見えていた、見覚えのある屋根に目が釘付けになる。
緊張で喉が渇いていく。胸を冷たいものが滑り落ちていく・・・。
(私、ちゃんと家へ帰してもらえるのかしら・・・!?)

「こんなところにいたのか」
「きゃああ!」

蘭世は突然声を掛けられ驚き悲鳴をあげた。
「驚かせて済まない・・・」
視線を声の方へ移すと・・バルコニーの入り口に、かの男が立っていた。
夜である。
頼るのは部屋から零れる明かりと、月の光のみ。
男はバルコニーに立つ娘を見て思わず目を細める。

降り注ぐ月明かりの中で、薄桃色の衣を纏った蘭世はさながら
ここに迷い込んだ妖精のようである。
「良かった・・・よく似合う」
(・・・)
蘭世の方はマフィアの男の出現で、背中が凍り付いて声も出せなくなっていた。
服のお礼もすでに棚上げである。
(家へ・・帰りたいよぉ・・・)
「迎えに来るのが遅くなったのもお詫びする。急用が入ったもので」
そう言いながら男はこちらへどんどん近づいてくる。
(どうしよう・・どうしよう!)
しかし。
近づいてくるほどに・・その人物は蘭世の今一番大好きな少年にそっくりであることを
改めて蘭世は思いだし・・つい、恐怖よりもその男への関心が勝っていく。
次第にその表情がはっきりと見えだし・・それは昼間見た優しげな表情であった。

月明かりに男の金髪が蒼く輝いている。
蒼い光に浮かぶ男の優美な姿に蘭世は息をのむ。
妖しすぎて・・どこか彼が闇の住人のような気がしてくる・・・

「すっかり遅くなってしまったな・・夕食を用意してあるから食べて行きなさい」
「えっ・・!」
目の前で再び声を掛けられ、蘭世は漸く我に返った。
そして言われた内容を先程までぽーっとしていた頭の中で確認するように
必死に繰り返して・・・やっとの事で理解した。
(この上食事まで!?)
蘭世は慌てて首を横に振った。
「もうこれ以上ご迷惑かけられません!それに家族が心配しているわ・・」
「ご両親には連絡済みだ。安心しなさい」
「えっ どうして連絡先が・・」
蘭世の表情が硬くなる。ひょっとして鞄の中身を勝手に見たんじゃあ・・
そんな蘭世の顔色を見て男はクスッ、と笑う。
「壊れた自転車のステッカーに電話番号と名前が書いてあったよ」
そう言って男はさりげない仕草で蘭世の背中に腕を回し、部屋の中へと促す。
「さあ・・外は冷える。中に入ろう。」
「はい・・・」
出逢ったときの仄かな香りが再び蘭世に甘く降りてくる。
どうも蘭世は完全にこの男のペースに乗せられているようだ・・・

バルコニーから元いた部屋へ戻ったとき、男はふいに立ち止まった。
男は自転車に書いてあった名前を思い出していた。
「?」
「君はランゼ=エトゥール・・・ランゼか。良い名前だ」
”ランゼ。”
(きゃーーーっ////)
その瞬間、蘭世はまるでシュンに名前を呼ばれたような錯覚を起こした。
しかも至近距離である。
一気に顔は真っ赤になり、煙でも出そうな勢いであった。
「私の紹介が遅れたな。・・・私は、ダーク=カルロだ」
「カルロ、さま・・・」
男・・カルロはいちどにっこりすると、再び蘭世を連れて歩き出した。


つづく


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
まだまだ続きます・・・v
#Next#

#1)へ戻る#

閉じる
◇小説&イラストへ◇