『もうひとつの・・・』:カウントゲット記念


3)

蘭世はダーク=カルロの屋敷で夕食をごちそうになることになった。
真白なテーブルクロスのかかった広く長いテーブル。
その一番奥に彼は席をとり、蘭世はその斜め奥側へ通された。
小粋なフランス料理の皿が次々に蘭世の前に現れる。
カルロの方は慣れた手つきで・・優雅にそれを口に運んでいる。
蘭世は確かにおいしい料理を食べているはずだが・・何故かあまり味がわからない。
というのも、カルロの仕草のひとつひとつについ視線が行き、落ち着かないのである。
(こんなに綺麗な仕草で食べる人、見たことなかったぁ・・・)
つい、蘭世の背筋も伸びる。

やがて甘美なデザートと温かい紅茶も終わって・・
洗練された、小さな晩餐会が終わろうとしていた。

蘭世はここで、気になっていたことを思い出した。
(私・・おうちに帰れるのかしら・・・?)
蘭世は一呼吸とまどう。
(えい・・ままよ)
・・思い切って、椅子から立ち上がった。
そして、”カルロ”と名乗った男にぺこりと頭を下げた。
「あの・・ありがとうございました。」
そして続けて・・少し俯いて言いにくそうにしながら切り出す。
「そろそろ家に帰らないと・・お父さん達がきっと心配してます」

その時。
目の前でカタン、という椅子が動く音がした。
お辞儀をしていた頭を上げると・・・座っていたカルロが、
席から立ち上がっていたのが視界に映った。
テーブルに両手をつき、こちらを見つめるその表情は・・
少し、思い詰めたようにも見える・・・。
「少し・・お前と話がしてみたい。」
「えっ・・!?」
「もう少し・・ここにいてくれないだろうか」
今までのきりりとした男の表情から、ふいに覗いた寂しげな顔。
(・・・)
かの人の寂しさを垣間見たような 不思議な気持ち。
その表情にほだされて、蘭世は言われるまま・・そこに留まってしまった。

カルロに促されて蘭世は再び一緒に外へ・・中庭に出る。
そこからも街が見下ろせる場所だった。
風が、そして空気が夕食前よりもさらにひんやりとしていた。

蘭世はカルロと並んでその風景をなんとなく見やっていた。
(・・・)
(・・・)
黙って二人、星くずのような街の明かりを眺める。
やがて・・蘭世のほうが何かを話したくなってきていた。
「私・・・あの街からずっとこのお屋敷を眺めてました 小さい頃から・・それに」
続きを言おうかどうしようかと迷い・・困った表情になり、それでもおずおずと切り出した。
「ここのひとたちは その・・・」
(だめだわ。この先はどう言って良いかわからない・・・)
そこで蘭世の言葉は途切れた。
カルロはその続きの内容に思い当たり、ふっ、と笑って蘭世の頭に軽くポン、と手を置いた。
「判っている。」
そして手をそっと戻すと手すりの上で両腕を組み・・カルロも下界の街へ視線を投げかける。
「私は今まで、何不自由なく生きてきた。・・世界中を回り欲しい物は何でも手に入れた。
金も、地位も、名誉も・・」
「・・・」
さやさやと心地よい風が二人のそばを通り抜けていく。
「勝手きままに生きてはきたが・・・しあわせだと思ったことはなかったな・・・」
カルロの前髪に風があそび、それを軽くかきあげるようにカルロは自分の額に手をやる。
少し寂しげで、苦笑したような表情。
そんな切ない表情で自分を語る姿に、蘭世は胸が締め付けられるような心地がしてくる。
そしてその声は、水面を渡る風のように心地よく蘭世の心へ響いていく・・・
(・・・)
自分の言葉を聞いて切ないような表情を浮かべている蘭世に気づき、カルロはふっ、と
笑顔を作った。
その娘の顔に、立ち姿に何故か懐かしく温かい思いがわいてくる。
そして愛しいと思う気持ちが・・・自然にカルロの手を動かし、蘭世の頬へと触れさせていた。
「何故だろう・・・私は、以前からお前を知っていたような気がする。」
優しげで、自分に万感迫るような思いを語りかけてくる碧翠の瞳に、
蘭世の瞳も吸い寄せられるように釘付けになっていく。
(ああ、この人はなんて懐かしそうな優しい目で私を見るのかしら・・)
「それに・・おかしな話だ。初めてあったばかりなのに・・・」
(・・・何故 こんなに 惹かれるのだろう・・・)
蘭世も不思議な心地がしている。この美しい瞳で、そしてこの
”大好きな人そっくりの顔”で。
(どうして こんなに似ているの・・・シュン君・・・)
ごくごく自然の流れのように。唇が、重なろうとしていく・・・

だが。
唇が触れ合う直前。
蘭世は・・ハッと我に返ってしまった。

「ごめんなさい!」

ぱっと俯き両手を前につきだし、真っ赤な顔をして数歩カルロの前から退いた。
(なっ・・なにしてるのっ 蘭世のバカっ!!!)
心臓はもうドキドキと早鐘を打ち、顔は真っ赤である。

「ランゼ・・・」
「!」
自分を呼ぶ、少し寂しげで・・痺れるような声に引き寄せられそうになる。だが。
「わたしっ・・・他に すっ、好きな人がいるんです!!」
蘭世は自分がムードに流されてしまっていたことに気づいたのだ。
未だ片思いで、いつか叶うといいな・・と思っていた蘭世の夢に、その心の隙間に
現実のこの”シュン”にそっくりな男性はもう少しで入り込んでしまうところだったのだ。

蘭世はもう、冷や汗一杯である。
「だから・・・ごめんなさい!!」

カルロがなお何事かを言おうとした、その時だった。

突然、空気を引き裂くような耳慣れない音が庭中に響き渡る。
・・それは銃声、だった。
しかも、立て続けに何度も何度も、しかも何丁も発砲されているようだ。
「ここにいなさい」
カルロはスッ、と冷静で厳しい表情になり・・
蘭世の細い肩に言い含めるように両手をそっと添え、手を離すと視線を銃声のする方へ
投げかけ歩き出した。


だが。突然カルロの行こうとする先、目の前の茂みがごそごそ・・と動いた。
そして黒い人影が二人の前に躍り出たのだ。
「!」
カルロはすかさず蘭世を後ろに庇い、懐から銃を取り出し構える。
次に黒い人影の後ろから・・・わらわらと部下とおぼしき者達も現れた。
「ボス!こいつは化け物です!!」
「ピストルで撃っても死にません!!」
部下が口々にそんなことを叫んでいる。すっかり浮き足だった様子であった。

「取り乱すな・・! 見苦しいぞ」

カルロの一言は・・おろおろしていた部下達をぴたっ、と止めさせた。
部下達は黒い人影の周りを遠巻きにぐるりと取り囲んだ。

「ふぅーやれやれ。」
うずくまっていた黒い人影はよっこいしょ・・と立ち上がった。
その人物を見て・・蘭世は素っ頓狂な声を上げた。

「おとうさん!」
「おっ!蘭世ぇ!?」

黒い人影は・・父親、望里だったのだ。
蘭世は夢中で部下達を押しのけ望里の元へ駆けていく。
「うわーん!おとうさーん!」
胸元へ飛び込むと、蘭世は ほっ・・と安心した。
「蘭世!怪我は大丈夫か!?」
「うんっ!平気〜!!打ち身とかも湿布当ててもらったのぉー」

「・・・」
無言でいるカルロに、望里はニッと笑いかけた。
「娘が事故にあったと聞いて、おちついて家にいる親なんかどこにもおらんだろう?」
それを聞いているカルロはなお無言で・・無表情であった。
「それにしてもおとうさん、一体どうしたの!?」
「お前が事故にあったと聞いて驚いたよ!で早速ここまで飛んできたんだが
父親だから蘭世に会わせてくれと言っても門前払いでねえ。
わしは業を煮やしてこうやって屋敷に入ったんだが、
元の姿に戻った途端やっぱり見つかってしまってねぇ〜」
そう言って望里は頭をかきながらわっはっは・・と笑っている。

望里はどうやってマフィアの屋敷へ潜入したのか。
実は、彼は・・・吸血鬼なのだ。
そして、蘭世もその血を受け継いだ新種の吸血鬼である。
蘭世の両親は人間ではなく、”魔界”から移り住んできた者達であった
望里はコウモリになって屋敷へと入り込んだのだが、
油断して元の姿になった途端、部下達に見つかってしまったのだった。

マフィアの屋敷へ堂々と潜入し、しかもピストルでも死なない男。
「・・・エスパーなのか?」
カルロの短い問いかけに、望里はしかたないな・・という感じでニッと笑う。
「まあ・・そんなところだ。」
「娘もそうなのか?」
そう問われ・・望里はさらに強気の表情だ。
「そうだ。」
カルロはそう答える望里の顔に、どこか悪魔か吸血鬼のような妖気が宿っているように思えた。
思いがけない”エスパー”との邂逅に、さすがのカルロも驚きを隠せなかった。

「失礼をお詫びする・・・もうすこし我が屋敷へ寄っていって欲しい」
そう言ってカルロはくるりときびすを返し、屋敷へと戻っていってしまった。
(あ・・・)
そのときに蘭世が見たカルロの横顔は、先程の二人きりの時とは全く違う無表情であった。

「では、お父様、蘭世さまこちらへ・・・」
部下の一人が畏まり二人に近づいて来て、屋敷の中へと案内を始める。
そうして、蘭世は望里と共に、再び屋敷の部屋の一つへ通されたのだった。



つづく


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まだまだ、まだまだ続きますv

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