『もうひとつの・・・』:カウントゲット記念


5)


翌朝。

「蘭世ぇー早く降りてきなさいよー!!遅刻よ遅刻!!」
階段の下から椎羅の怒鳴り声がしている。
「はぁーい・・!」
「まったく、もう中学部も卒業だってのにいつまでたっても寝ぼすけなんだから・・」
この国の、蘭世の通う学校では6月が学年末で、7,8月の長い夏休みの後9月から
新学期ということになっていた。
蘭世はこの秋から高等部へ進むことになっている。
クラスの方は・・すでに進級テストによって行き先が決まっており、
蘭世はがんばって勉強をし、新学期からもシュンと同じクラスに行けることに決まっていた。

昨日なかなか寝付けなかった蘭世は見事に寝坊してしまっていた。
慌てて部屋から出て洗面所へ向かう。
「あいたたた・・・」
昨日の事故による打ち身が時折痛む。普通に歩けば問題がないのだが
急いで動こうとすると難しい。ぴょこぴょことぎこちなく歩きながら
階段を下り家の中を移動していく。
学校へ行くときにいつもする三つ編みも割愛し、やっとの事で髪を梳き終わり身繕いをする。
ちなみに鈴世はすでに身支度を整え小学校へと向かっていて姿がない。

・・そして、やはり”ひょこひょこと”ぎこちないながらも家を飛び出そうとした。
打ち身のみで済み、さらには昨日よりはすでに少しは回復している蘭世。
さすが・・魔界人である。
「行って来まーす!」
「ダメよ蘭世っ、朝食たべていきなさい!」
「だってもう遅刻だもん!!」
「ミルクくらい飲んでいきなさい〜学校で倒れちゃうわよ!!」
「・・・はあーい」

椎羅の差し出すコップのミルクを飲み干し・・思い直して再び歯を磨き漸く出発である。
朝の乙女は何かと忙しい。
(うわー猛ダッシュしないとやばいかも!!)
腕時計の時間を見て蘭世は思わず目を丸くし冷や汗一杯である。
蘭世は洗面所のドアを開け、ばたばたと家の玄関ホールへ向かう。

家の扉を開けようとノブに手を掛けたそのとき。
「・・・ん?」

どこからともなく ひゅるるるるる〜 という音が聞こえてくる。
その聞き慣れない音に蘭世は思わず立ち止まった。
次の瞬間。
「ひゃあああっ!!」
右手の薬指を何かが駆け昇ったような妙な感覚が走る。
(何っ!?)
あわてて右手を確認すると・・
「ええーっ!?」

ドレッサーの上に置いてきたはずの指輪が手にはまっているのである。
そう、例のカルロから貰った指輪であった。
「なんでぇーっ??!」
思わず蘭世は大声で叫んでしまった。
(あっ)
蘭世は何かに思い当たり、急いで玄関のドアを開ける。
(ひょっとして・・・!)
視線を門扉の向こうに走らせると・・・
(あっ・・・)
やはり。
大きな黒塗りの高級車が停まっているのが見え、その横に・・・
グレーのスーツを着た金髪の男性が立っていた。
彼の部下らしい黒スーツの男が一人後ろに控えているのも見える。
(カルロ様・・・)

蘭世はおずおずと玄関から外へ歩み出て・・ポーチで立ち止まる。
(・・・)
足が、前に出ない。
昨夜の出来事を思い出し、胸がドキドキと高鳴り始めていた。
遅刻のことなどすっかり蘭世の頭からは消し飛んでしまっている。
カルロは蘭世に気づき、自らエトゥール家の門扉を開けて蘭世の方へ向かって来ていた。
その歩みは・・・実に自然に男らしくかつ優雅そのもの・・・
 朝のさわやかな空気の中にも、彼の香りは優雅に存在感を示している・・・
「おはよう。」
「おっ、オハヨウゴザイマス・・あっ」
カルロは蘭世の指輪がはまった右手をとり、そっと手の甲に口づけたのだ。
(ひえ〜〜)
蘭世はもう顔が真っ赤である。
「出てくるのが遅いので心配した・・怪我の具合は?」
「え・・?」
「まだ痛むのか」
蘭世はしばし頭の中が沸騰して呆然としていたが、ワンテンポ遅れて
カルロに問われた事について気が付いた。
「あっ、え、あの、・・・普通に歩けば大丈夫です」
「そうか・・本当にすまないことをした」
「いいえ!だって私が飛び出したんです、私が悪いんです!・・」
そう言って蘭世はムキになって頭を振り、はっと自分が恥ずかしくなって俯く。
カルロはそんな様子が愛おしくて・・つい、そっと 俯くその頬に触れる。
(ドキッ・・)
蘭世は俯いていた顔を上げ、頬に触れる男を見上げる。
そこにあるのは・・・
 シュンにそっくりで、かつもう少し大人の男性。
 そして、その彼がなんともいえない優しい表情でこちらを見ているのだった。
(・・・)

「蘭世ぇどうしたの・・・あら!」
二人のムードをぶち破ったのは椎羅だ。
蘭世の叫び声を聞いてキッチンから出てきたのだった。
朝から自分好みのダンディを見つけて椎羅もほくほく顔である。
「マダム、昨日は失礼した」
「いえいえ!」
椎羅は蘭世を押しのけてカルロにニコニコと挨拶をする。
「いいんですのよー、もう十二分にしていただいてますし。
 ささ、中にお入りになって。今主人を起こして参りますから」
だが、カルロはそれを制止する。
「いや・・いい。今日は蘭世を学校へ送りに来ただけだ」
「えっ」
「あらぁ・・」
椎羅と蘭世は思わず一瞬顔を見合わせた。
「そそそんないいんです!大丈夫です平気ですからっ」
蘭世は慌てて手を振ってカルロに辞退する。
「そういうわけにはいかない。怪我をさせた者の責任は果たすつもりだ。
・・・車で送っていこう」
「でも・・・」
「蘭世、そうさせてもらいなさい。だってあなたもう歩いていったら遅刻でしょ?」
「う、それは・・」
確かに、自動車で行けばまだ間に合う。
「早く行きなさい蘭世。間に合わなくなっちゃうわよ!
 ・・カルロ様、娘をよろしくお願いしますね」
カルロは静かに頷き蘭世へ一歩近づき、細い肩に腕をそっと廻す。
「歩けるか?」
「は・・はいっ」
そうして蘭世は玄関先に停めてあったカルロ家の自動車へ乗り込み・・
学校へと向かうことになった。

(ふうーん・・・)
椎羅は腕組みをしてカルロと蘭世を乗せた自動車を見送っている。
(娘に持って行かれちゃったわねぇー。ああ悔しいっ)


学校へ向かう自動車の中。
後部座席で蘭世はそれこそもうカチンコチンである。
カルロのほうはいつも通りゆったりとした風情で座っている。
ただ、カルロも無口な方なので会話は生まれない。
(・・・あっ そうだ!)
蘭世は自分の右手の・・・その指にはまった指輪を確認した。
「あのっ・・」
「?」
蘭世が思い切って声を掛けると、カルロはおだやかな表情でこちらを向いた。
「この指輪・・・カルロ様が?」
そう言って右手を差し出すと、カルロはそっとその手をとり、再び手の甲へ口づけた。
今度はゆっくりと、じんわりと唇を寄せてくる。
(ひゃああーーっ!!)
もう蘭世は茹で蛸のように顔が真っ赤だ。
触れている指先から手の甲から、じん・・と甘い痺れが腕に肩に伝わってくる。
「私は・・・仲間を捜していた。」
「カルロ様は・・・エスパーなの?」
「お前もそうなのだろう?」
「そっ それは・・」
「お前に、出逢えて良かった」
そう言いながらカルロは蘭世の柔らかな頬にそっと手を触れてくる。
(温かい手・・・)
その頬に触れる手に、蘭世はなんとなく頼りたくなるような気持ちがしてくる。
そしてとても、とても懐かしそうな表情の優しい瞳。
その瞳の奥に、どこか寂しさをたたえている様な気がして・・蘭世は胸がきゅん、となる。
(これ以上見つめ合っていたら、私 どうにかなってしまいそう・・・!)
だが。
そうこうしているうちに、数分で学校の前へ到着してしまった。
キッ、と短いブレーキ音に、蘭世はハッと現実へ引き戻された。

「どうぞ」
カルロが降りた後に続いて部下が扉が開き、蘭世は車の外へ降り立った。
自動車で来たおかげで余裕の到着時間。丁度学生が学校へ到着するピークの時間に
かち合っていた。
校門の前に横付けされた高級車に学生達はじろじろと視線を送ってくる。
(・・・)
蘭世は皆の視線で思わず気恥ずかしくなり顔を赤らめる。
歩き出すこともできず足が動かない。
(どうしよう・・・)
蘭世が不安になってカルロに助けを求めようとしたその時。

「おい、そんなところで何してるんだ?」
不意に、少し離れたところからこちらへ声がかかった。
蘭世はハッとしてそちらを振り向く。
「シュン君!」

シュンが5メートルほど先で右肩に鞄を担いで立っていたのだ。
彼はいつもと同じようにぶっきらぼうな感じで、左手を腰に当てている。
・・・だが、確かに彼は蘭世に助け船を出したのだ。
「遅刻するぞ。」
ほっ、と蘭世は安心して1歩踏み出そうとする。
だが、はっ、として蘭世は振り向いた。
蘭世にはカルロが・・少し寂しそうな表情をしているように思えた。
何故か・・それに胸が締め付けられるような思いがしてくる。
蘭世はいちど、きちんとカルロの方へ向き直った。
「ありがとうございました・・あの、とっても助かりました!」
蘭世がそうお礼を言うと・・カルロは黙って頷く。
そして蘭世はくるりと背を向け校舎の方・・シュンのそばへと小走りで行こうとし、
途中で痛みが来たのか早足に切り替えていた。

そのとき、シュン と カルロ の視線が一瞬交差しぶつかった。
(・・・)
だが、カルロの方が先に自分の車へと乗り込んでいったのだった。

「シュン君おはよう!」
「・・・」
蘭世はシュンの隣りに肩を並べて歩き出す。
「えらく豪勢な見送りだったな」
「えっ!? あ、あれは・・・」
蘭世は昨日の事故のことをかいつまんで話した。
「お前が飛び出したんだろう? ったくおっちょこちょいだな」
「う・・そうなの・・」
やはり鋭いツッコミにあい蘭世は顔を赤くし下を向いた。
「しゅーんーーっ おはよーっ」
くせっ毛でひろいおでこに太い眉毛・・ヨーコ=カミヤである。
「こらあーっ蘭世ぇーっ抜け駆けは許さーん!!」
「なによカミヤさん、あなたこそ邪魔しないでよっ!」
朝からまた定例の小競り合いが始まる。
その横をすたすたとシュンはすり抜け先へ行ってしまった。

つづく


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ついに 真壁君登場ですね・・・えへへ#

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