『もうひとつの・・・』:カウントゲット記念


6)


カルロが蘭世を送迎するようになって1週間が経とうとしていた。
学校と家の間は自動車で行けば片道10分程度で行き来ができてしまう。
最初は緊張していた蘭世も、少しずつその空間・・・後部座席で二人きり・・に
慣れてきていた。天気の話や昨日食べた夕食のことなど他愛のない会話だが
二人の間に少しずつ・・コミュニケーションが増えていく。
蘭世の怪我も徐々に、だが人間の倍のスピードで癒えていく。

そして。
毎日高級車での送り迎えだ。当然それは目立ち・・・噂になる。
「蘭世はお金持ちとつきあっている」
そんな尾ひれの付いた噂までちらほら流れ出す始末だった。

ある日の放課後。
ヨーコがパシン、と一枚の封筒を蘭世の目の前にたたきつけるようにして置いた。
「?」
蘭世は机に乗った白くて豪奢なデザインの封筒を見、そしてヨーコを見上げた。
「これ、なあに?」
見上げたヨーコは高い位置で腕組みをし、机の縁に腰を掛けている。
そしてその顔は・・怒っていた。
「うちのパーティの招待状よ・・・
 どうしてうちのパーティにあんたなんか呼ばなきゃイケナイのよっ」
(招待状・・?)
蘭世は思いがけない台詞にキョトンとなる。
(あ、卒業パーティか・・今年はカミヤさんとこでやるんだっけ でもそれは・・・)
「えと、あのっ、でもみんなも招待されているじゃない?」
「そっちじゃないの、とぼけてもダメ蘭世!!もう一個の方よ!」
「え・・・??」
「私の中学部卒業祝いパーティ、お父様が取引先のお客様達を招待してるぶんよ。
 格が一個高い奴!わかってるくせにやーね!」
「・・・!」
蘭世は目を丸くする。そんなパーティへ出席する話など聞いたこともない。
ヨーコの家は街でも屈指の財産家だ。いろいろと事業を手広くやっている。
当然パーティは多い家なのだが、それに招待されると言うのだ。
「俺だって招待してるじゃないかお前」
遠くでその騒ぎを聞いていたシュンが近づいてきて口を挟んだ。
「あらぁシュン!」
蘭世に向かうときはキッとしていたものが、シュンには手のひらを返したように
コロッと態度を和らげ色目を使う。
「シュンは当然よぉー!もうぅっ。だって私の婚約者じゃなーい」
「ぶっっ!いい加減なこと言うな!・・
おれはお前の親父さんに世話になってるから出席するだけだ」
シュンはヨーコの父親が経営しているボクシングジムに所属しているのだった。

蘭世は訳が分からずぼんやりしてる。
「ほんとね・・何で私招待されるの?」
そこへクラスメートの横やりが入る。
「あっ、知ってる私!いつも蘭世、高級車で送り迎えして貰ってるじゃなーい!」
「そ、それは・・・」
「ふーん。あらぁ・・」
それを聞いた途端ヨーコはニヤニヤ顔だ。
「お父様に聞いたら今回の一番大事なお客様がね、あんたをご指名してるらしいのよっ。
 それがその高級車の彼なのかしら!まぁーあんたも隅に置けないわねっ」
その言いぐさに蘭世はあれ?と思う。
「カミヤさんはその人に会ったこと無いの?」
「え?ないわよ」
「そう・・・」
「それがどうかしたの!?」
「ううん・・なんでもない」
(カミヤさんも彼を見たら絶対ホの字になっちゃうと思うんだけどな・・・)
蘭世は顔を赤らめ、俯く。
シュンがその蘭世の表情に気づき・・・スッと目をそらした。

「せっかくシュンと二人っきりだと思ったのにっ」
ヨーコがぷりぷりしながら腰に手を当てこちらを睨んでいる。
「と、に、か、く!癪だけど絶対に出席しなさいよ!あんたが出席しないと
先方に失礼になるんだから!!そしてあんたはそのお客様の接待係ね。任せたわよ!」
ヨーコは机の上に招待状を残してくるりと背を向け、ずかずかと教室を出ていった。
(・・・)
蘭世はその豪奢な招待状を手に取り・・・じいっとそれを見つめる。
ふと蘭世は思い立ち、顔を上げてシュンへ声を掛けた。
「ねえ、シュン君」
「?」
「シュン君の遠い親戚の人に、あの丘の上のお屋敷の人とか、いない?」
「なんだよそれ・・そんなの聞いたこともねえな」
「・・・そう・・・」
丘の上のあの人と、シュン君が似ているのは やはり単なる偶然なのだろうか・・・。



その日の帰りも、高級車は蘭世を迎えに学校の前まで来ていた。
校門のそばで至極当然に、蘭世のためにその自動車の扉は開かれる。
そして・・蘭世も、いつまで経ってもそれに慣れないのだが、
下校する学生たちの群から一人離れ・・それに乗り込んだ。

「・・あの・・・」
蘭世は鞄の中から豪奢な白い封筒を取り出しながら、カルロに声を掛けた。
「これ、ひょっとしてカルロ様が指名されたんですか?」
そう言って、控えめにカルロへその封筒を見せた。
カルロはそれを見ると少し(蘭世には悪戯っぽい笑顔に見えたが・・)微笑む。
「驚いたかな?」
「んもうーやっぱりそうなんですね!」
蘭世はふうっ、とため息をつきシートの背にもたれかかった。
「カルロ様も冗談がきついです・・・!」
蘭世は自分がハイソなパーティーに出席できるなどとは思っていない。
だが、カルロは真顔になって答える。
「冗談ではない、本気だ。」
「まさか・・!?」
カルロは蘭世に向き直り、じっとその顔をみつめて言うのだ。
「嘘ではない。私と一緒に行こう・・当日迎えに行く」
「えっ・・・」
(本気、なの!?)
蘭世はすっかり驚いてしまい口をぱくぱくさせていた。
「身支度を整える美容院もこちらで紹介する。だから時間より2時間は早く迎えに来る。
・・パーティへ行く服装は私が手配しよう」
「・・・」
いきなりの具体的な話に蘭世は面食らってしまう。
カルロにはそれ以上有無は言わせない・・という雰囲気があった。

車はあっという間にエトゥール家のある公園前へさしかかっている。

(あっ そうだ・・・)
蘭世は大事なことを思い出した。
(言わなきゃ・・もう言わなきゃ・・・!)
蘭世は大きく息を吸い込んだ。

「それから あのっ・・・」
「?」
「私、もう大丈夫なんです。今まで有り難うございました!」
ぺこりと頭を下げる。
最近はもうすっかり事故で打ち付けた腰の痛みが消えていた。
これ以上はもう迷惑は掛けられない。
それに、蘭世は学校でこれ以上目立ちたくはないのだ・・・。
「あの・・明日からは自分で歩いていきます。」
「・・・」
カルロは一瞬黙り込んだ。
「怪我の方は もういいのか?」
「はい!もうすっかり大丈夫です!」
それに蘭世は元気の良い事をアピールするようにガッツポーズをしながら明るい声で答えた。
「送り迎えして貰ったから治るのも早かったかな?なんちゃって・・・エヘヘ」
カルロは少し考えるような素振りをしている。
「・・・あれから1週間、か。」
そして、カルロが短く運転手の名前を呼ぶと・・運転手は軽く頷いてハンドルを切った。
「・・えっ?」
もうとっくに車は家の前に着いたはずである。
なのに。
蘭世は車がエトゥール家の前から再び別の方へ動き出したことに慌てた。
「あの・・・?」
「事故後は経過を見なければならないから・・再検査だ」
「えっ!そうなんですかぁ!?」
蘭世は思わず引いてしまった。
(またあのお屋敷の中にある病院に行くの!?)
カルロ家の敷地内にある医療施設は、どこか研究施設のようで
近寄りがたい雰囲気満載だったのだ。
明らかに嫌がっている蘭世の顔に気づき、カルロは問いかける。
「・・・医者は嫌いか?」
「いえっ そのっ・・・」
「私の屋敷が怖いか?」
(図星!でも・・)
「そ、そんなことは・・ないです」
慌てて蘭世は言いつくろおうとしたが、無駄だった。
カルロにはそれが可笑しいらしくニコニコしている。
「そうだとお前の顔に書いてある。無理はしなくていい」
「スミマセン・・・」
「・・今日は前回よりも簡単にすむはずだ。終わったら一緒に出かけよう」
「そんな!家まで送り返して貰うだけでもう・・」
「パーティに着ていく服も下見して置いた方がいいだろう?」
「本当に私パーティに行くんですか?」
「勿論本当だ。」
そう言ってカルロは優しい視線を向けてくる。
「私はお前と一緒に行きたいんだ・・・」
(私と・・・?)
冷静に考えればなんて気障な台詞。
なのに、何故か彼の口から出るときはごく自然に感じられるから不思議だ。
蘭世はそのカルロの凛とした声のどこかに、少しの寂しげな色をみつけていた。
そして、その色が彼女の心の底にさざ波をたてているのだ・・
(なんでかな・・・この人・・裕福で不自由なさそうなのに・・・どこか寂しそう)
その視線を受け止めながら、蘭世は自分の顔が赤らんでくるのを感じ取っていた。
(私の 思い過ごしかしら。でも・・・)
そして、そうこうしているうちに自動車は街を抜け、屋敷のある丘へ続く道へと
さしかかっていたのだった。


蘭世の1週間後検診はカルロの言ったとおり前回に比べたら実にあっけなく
終わり、蘭世はすぐに解放されたのだった。
そして・・カルロは蘭世を連れて街へ向かう。

カルロが向かったブティックは蘭世がいつもいく店のあるエリアとは別の場所にあり
その通りには高級ブランド店が軒を並べている。
そして、そこは彼女一人だったら入るのを躊躇するような、
ひときわ高級感溢れる店構えだった。
(ここ・・!?)
車から降りて店を見た途端、蘭世は金縛りだ。
「・・みんな高そう・・・」
その素直な一言に、カルロはクス・・と笑う。
「勝手に私がパーティに誘ったのだから、用意一式はプレゼントするよ」
「・・!」
(うっ・・でも入る勇気が出ない・・・)
カルロはそんな蘭世の様子を見て再びくすっと笑い蘭世の肩にそっと手を回す。
碧翠の美しい瞳が間近になり、蘭世はどきっ・・とする。
「大丈夫だ。とって喰われたりはしないよ。・・私と行こう」
そうしてカルロにエスコートされると・・彼の香りがふうわりと蘭世を包む。
彼に寄り添っていることに蘭世は一層胸の高鳴りを募らせる。
胸の高鳴りの原因が”緊張”からなのか、”ときめき”からなのかは蘭世自身、曖昧だ。

そうして蘭世はどきどきのあまりにふわふわした足取りでその大理石で作られた
重厚な入り口をくぐったのだった。

「・・・いらっしゃいませ」
店の雰囲気によく馴染んだ店員が恭しくカルロ達に頭を下げる。
「ご用件はすでに伺っております。お嬢様、こちらへどうぞ・・・」
にこやかに女子店員の一人が蘭世の手を取る。
「はぃ・・・」
蘭世はもう緊張でかちこちである。そして顔が赤くなったり青くなったりしている。
カルロの元を離れるのが怖くて、蘭世は不安げな瞳で振り返り彼を見やる。
するとカルロは優しい表情で頷いた。
「大丈夫だよ、ランゼ・・私はここで待っているよ。着られたら見せてほしい」

その店の試着室はゆったりとしたスペースを確保してあった。
すこし小さめの部屋ほどあり、巷の縦に細長い試着室とは完全に趣を画していた。
ドレッサーも用意され、ほんのりお化粧までしてもらう。
そして・・あらかじめ蘭世に似合いそうな服が何着か用意されていたのだった。
そこで蘭世はそれらを試着させて貰う。
「きゃあー素敵!」
「かわいい〜」
「これカッコイイ・・・私じゃないみたい!」
蘭世はやっぱり女の子。
素敵な服に大興奮で、先程までの緊張もいつしかどこかへ飛んでいった。
そして気に入った1着が見つかるとカルロへ見せに行く。

「えへ・・これ・・どうかな?」
白く、夏らしいフォルムのワンピースだった。
少し露出が高めだったが・・肩に薄手なシフォンのストールを掛ければ丁度良い。
「!」
薄化粧をし、白いドレスを纏ったた蘭世のその雰囲気は、少女っぽいあどけなさと
大人の女の美しさの狭間で揺れている。
あやういバランスが一層彼女の魅力となっているのだ。
カルロは思わず目を見張っていた。手にしていた雑誌も取り落としそうだった。
白が、なまめかしく眩(まぶ)しすぎる。
「・・・とても よく似合う・・・」
蘭世は大変、服のプレゼントのしがいのある娘だった。何しろ何を着てもよく似合う。
結局、パーティ当日だけではなく他にも数着蘭世にその中でも特によく似合う服も
カルロは買い求めたのだった。

買い求めた服のひとつを身につけてカルロと並んでブティックの外へ出る。
その姿は、周りの者から見れば”お似合いのふたり”といった雰囲気を醸し出している。
「?」
蘭世がある異変に気がついた。
運転手や部下達が自動車の側で落ち着かない様子でざわざわと何事かを話し合っていたのだ。
「どうしたのかしら・・?」
その声に部下のひとりはハッとし、二人の姿をみとめ一礼するとカルロに近づき・・
その耳元で何事かを伝えたのだった。
それを聞いた途端、カルロの顔が曇る。
「わかった。それならば仕方がない」
カルロはそう一言言うと、不安げな蘭世へ向き直った。
「ランゼ・・・」
とても残念そうな顔で、あった。
そして思わずカルロはまた彼女の頬へ手を触れていく。
「残念だ。今日はおまえともっと話がしたかったのに・・・急用で屋敷に戻らなければならない」
「カルロ様・・」
「今から家まで送っていこう」

青空にほんのり夕焼けの紅がさし始める頃だった。
黒塗りの高級車は急ぎ足でエトゥール家の玄関前に滑り込んでいた。
自動車を降りる前に、蘭世は畏まってカルロに一礼をする。
「今日はほんとにありがとうございました。・・その・・」
「?」
蘭世は素直な、感想を述べたかったのだった。
「短かったけど、今日は楽しかったです」
それを聞いたカルロは目を細める。
「良かった。・・・今度はもっとゆっくり会いたい」
そして・・
(きゃ!)
カルロが蘭世の頬に軽くキスをしたのだ。
蘭世は顔を真っ赤にして硬直してしまった。
そんな蘭世を見てカルロはにっこり笑う。
「お前の言うとおり、学校への送迎は止めることにする。だがまたお前に会いに来る・・・」
その声に我に返り、カルロが急いでいることを思い出した蘭世は
慌てて自動車から降りたのだった。

蘭世はカルロを載せた自動車をその姿が小さくなるまで見送っていた。
(今日、もうちょっと一緒にいられるかなと思ったのにな・・・)
思わずそう考えて、そんな自分に蘭世はハッとする。
(やだ、私ったら何を考えているの!?)
彼の碧翠色の瞳が脳裏に焼き付いて離れない。
最近の自分の心が向かう方向に、蘭世はなんだか自信がもてなくなってきていた。

蘭世ももうすぐ 夏休みである・・・

つづく


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次回はパーティ・・・v

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