『もうひとつの・・・』:カウントゲット記念


7)

蘭世達の通う学校は長い夏休みに入っていた。
時折入る地域や学校の行事に参加もするが、それでも家で過ごす時間が増えてくる。
ボクシングをしているシュンは長期夏期合宿もあるし毎日のようにジムに通っている。
蘭世はシュンの試合の日には応援にジムへ行き・・ヨーコと相変わらず小競り合いだ。
シュンといえば素っ気ないのは相変わらずで、特に蘭世との間に進展などは見られない。
そんな日々で、蘭世の身辺では少し変化が起きていた。
ダーク=カルロが熱心にエトゥール家へ通ってきていた。勿論蘭世へ会いに来るためだ。
エトゥール家の門の前に、黒塗りの高級車が停まっていることが多くなる。
初め望里と椎羅はカルロ家から盗み出した本について詰問しに来たのかと
あわてふためいたのだが、どうやらそうではないらしい。
 蘭世と一緒にお茶を飲み、あれこれと楽しく談話して帰っていく。
どうやらカルロの方が聞き役で、蘭世のとりとめのない話を
カルロはじっと聞いては時折相づちをいれているようだった。
弟のリンゼもそばにいることもあり、時にはカードも一緒に興じたりするのだ。
最初は緊張していた蘭世も、日々、少しずつうち解けていく。

そうしているうちに 例のヨーコの家・・とある財閥、なのだが
その屋敷で行われるパーティの日となった。

1週間ほど前に同じカミヤ邸で中学部卒業記念パーティが開かれて
蘭世はそれにも出席していたのだが、今宵は同じ場所のはずなのに
全く雰囲気が異なっていた。
 学生の姿はほとんどなく、大人、大人ばかりだ。
しかも誰もが高級そうな服に身を包み、女性達は美しいドレスに宝石を揺らして
蝶のように美しく会場内をにぎわせている。
(いやーん 緊張〜!!)
会場へ一歩足を踏み入れた途端、蘭世は固まってしまった。
蘭世は自分が場違いな人間であるように思えて仕方がない。
緊張しまくっている蘭世をそっと見やり、カルロはクス・・と笑う。
そして彼女の耳元でそっと囁くのだ。
「大丈夫だよ・・私がついている」
最近、蘭世はこの彼の囁き声に弱い自分に気が付いていた。
緊張で赤くなっていた顔が、別の意味でまた桜色に染まる。
「カルロ様・・」
「さあ、私につかまっていればいい」
カルロは肘を軽く曲げて蘭世のほうへそっと腕を差し出す。
そこへ蘭世はおずおず・・と細い腕を伸ばしそれへ軽く絡めた。
「みんな綺麗な人ばっかりね・・」
会場を見渡して感嘆のため息をもらす蘭世に、カルロは再び微笑む。
(ランゼが一番綺麗なのに・・・気が付いていないのだな)
「ランゼ、お前は自信を持っていい。・・ドレスがよく似合っているよ」
「・・・」

カルロが行くところ、色々な人物が寄ってきては挨拶をしていく。
どうも彼はこのパーティ会場の中でもVIPクラスの人間のようだ。
蘭世もとりあえずカルロのそばでにこにことしてしていた。
そして彼らはやはり蘭世の存在に目がいく。
「今日はお美しいパートナーがご一緒されておりますなあ!紹介していただけますかな?」
「・・・先日ちょっとしたことで知り合った女性です」
その中の数人が、つっこんだ質問をしてくる。
「おや、ひょっとしてご婚約などされるのですか?」
「・・そうなれば嬉しいですね」
「(えっ)」
蘭世はカルロのその返答に、驚きを隠せなかった。
真っ赤な顔になって思わずカルロを見上げる。
それに対するカルロの微笑はいつもとかわらない。
(うーん・・でも リップサービスかも・・大人の世界って むずかしぃ〜)
「おやおや、初々しい娘さんだ。わっはっは・・」
赤くなった蘭世を見て中年の男性はそう言って笑っていた。

そうこうしているうちに、パーティ主催者であるカミヤ親子に・・ついに出会う。
「今日はお招きありがとうございます」
短くそう言ってカルロはカミヤ氏と握手をする。
カミヤ氏は大柄でそのうえでっぷりと肥え、表情はのんびりしているがパッと見
プロレスラーのようだった。
「いやーいつも大変お世話になっております!来て下さって本当に光栄で・・」
そう話すカミヤ氏のとなりで、ヨーコは・・・
(やっぱりね)
蘭世は彼女の様子を窺って心の中で頷いていた。
ヨーコは目をキラキラと輝かせ、もうカルロに視線が釘付けだ。
「お父様!こちらの方に私を紹介して!!」
そう言ってヨーコは一歩前に出る。
彼女は黄色いゴージャスなドレスを身に纏っている。
「初めましてカルロ様!今日は私の卒業パーティに来て下さって
 本当に嬉しいですわ!今から私が色々ご案内させていただきますわねっ!」
「・・・」
ヨーコはすかさず蘭世の反対側の腕をとり、蘭世にしっしっ!と手で払うような
仕草をする。
「蘭世さんお役目ご苦労様!もう自由にしててよくってよ」
「・・・;」
蘭世は返す言葉もない。
「さあ こっちですわー!」
あれよあれよという間にヨーコはカルロを引っ張って会場の奥へと行ってしまった。

(・・・)
蘭世はふう・・とため息を付いた。
心に、何故かチクチクとした痛みが走る。
(寂しくなったから?・・それとも・・・)
−カルロ様を、ヨーコにとられちゃったから?−
まさか。
そんな思考が頭をよぎり、蘭世は思わず頭を振った。
(違う違う!私にはシュン君という人が・・・そうだ!)
シュン君も招待されていたっけ。
この会場の何処かに、シュンがいるはずだ。
蘭世は急いで会場をぐるり・・と見渡す。
(・・・いた!)
会場の隅の方で、壁にもたれ腕組みをしている彼の姿があった。
蘭世は小走りになって彼の元へ向かった。
「シュン君!」「ああ、おまえか・・」
手を振りながら駆け寄ってくる蘭世に気づき、シュンは壁から離れて立った。
シュンはジーンズ姿でこそなかったが、カジュアルな青いシャツにズボンという
周りからすると実にラフな格好であった。
いつも通りの彼に、蘭世はほっ・・と安堵を覚える。
「すっごく豪華なパーティよね!私びっくりしちゃった」
蘭世が笑顔でそう言うと、シュンはじっ・・と蘭世の姿を見つめる。
「えっ?」
見つめられて蘭世は思わずドキっ・・と心躍らせる。だが。
「馬子にも衣装・・」
「もうっ!」
相変わらずの彼らしい台詞で、蘭世はがっくりもしたが 思わずぷっ、と
吹き出していた。
「うん、確かにこのカッコはいつもの私じゃないよね〜」
シュンの目から見ても、蘭世はこのパーティの客人達の雰囲気に溶け込んだ
いでたちだった。
そして、この会場のどの女性よりも 魅力的に見える。
蘭世が美しく着飾っているのは、おそらくカルロのおかげなんだろう。
それに思い当たったシュンは、少し表情を固くした。
「あいつ・・・カルロはどうしたんだ?一緒じゃなかったのかよ」
シュンのその台詞に蘭世はドキリとする。
「あっ あの・・カミヤさんが案内するからって・・彼女と一緒にいるわ」
蘭世の方も別に慌てる必要もないはずなのに、後ろめたい様な気がして
声が何故かうわずってしまう。
「ね、折角だからお料理取りに行こう!」
蘭世は急いでにっこり笑い、ビュッフェコーナーを指さして見せる。
「・・・」
若い学生ふたりは、揃って皿を手にしずらりと並ぶ料理の前へと近づいていった。




「美味しーい!」
蘭世は若い女の子らしくあれもこれもと料理を皿に取って廻っていた。
そしてシュンと一緒に小さな丸テーブルについて向かい合わせで食事をする。
シュンもそこそこに料理をとりわけ黙々と食べていた。
「あーおなかいっぱい!」
ひとしきり食べた後、蘭世はケーキを並べて紅茶を飲んでいた。
「良く食うなあ お前・・・」
何皿か料理をお代わりした上に、言葉とは裏腹に ずらりケーキである。
シュンはもうそれを見ただけでお腹どころか胸まで一杯の気分だ。
「えっへへー」
蘭世のほうは完全にパーティの料理を楽しんでいた。
「・・・」
屈託のない蘭世を見ているうちに、シュンはふと 心に過ぎるものを
覚えた。
「おまえ・・・」
「え?」
シュンに声を掛けられ、蘭世は伏せていた目を上げた。
「いや、なんでもない・・・」
(こいつ・・カルロのこと どう思っているんだろうか・・・)
シュンは それを、訊きたかったのだ。
だが・・シュンは感情を押し殺し、その言葉を飲み込んでいた。
(べつに・・こいつは 俺のもんじゃねえし・・訊くのは筋違いだよな)

「どうしたの?」
蘭世が心配げな顔で訊いてくる。
「別に・・」
だが、シュンは横を向いて腕を組むだけだ。
「・・・」
「しゅーんーー!!あっ いたいたぁ〜」
突然二人の気まずい沈黙を破る声が響いてきた。ヨーコだ。
「カミヤさん・・!」
ずかずかっ とシュンに近づき、彼の肘をぐいぐいと引き上げる。
「しゅうーん、寂しい思いさせてごめんなさいねぇ〜お客様の接待で
ヨーコいそがしくてぇー」
「ちょっとカミヤさん!シュン君は私と一緒にいるのよ!」
思わず立ち上がって怒鳴る蘭世だが、ヨーコはお構いなしだ。
「さっ、一緒にいきましょう〜」
「・・・カルロとかいう男はどうしたんだよ」
「えっ、いやーんシュンたらやきもち焼いてくれるのぉーうれしーん」
「違う!」
べたべたとくっついてくるヨーコにシュンは困惑顔だ。
「そうよカミヤさん、カルロ様どうしたのよ!?」
その問いかけに、ヨーコはちらっ、と蘭世を見返した。
「なにやら急なご用事で外へ出て行かれたわよ!アナタご苦労サン!もう帰っていいわ」
(えーっ!?)
蘭世はガン、と頭を殴られたようなショックを受ける。
(急用で外へ、って 帰っちゃったって事!?)
蘭世は先日、デートの途中で用事が入り切り上げて帰っていった
カルロを思い出していた。
(でも、あのときだって私に一言言ってくれたわ・・・)
まさかまさか・・・
呆然として立ちつくしたまま考え込んでいるうちに、
ヨーコはシュンを連れていずこかへと立ち去ってしまっていた。

蘭世がハッ、と我に返ると、自分がひとりぼっちになっていることに気づいた。
(いやーん 急に心細い・・・!)
きょろきょろと辺りを見回しても、カルロも、知った顔も誰もいない。
(帰りたいなぁ・・)
そう思っていたとき。
「お飲物をどうぞ」
ギャルソンの一人が、銀のトレイに色とりどりの飲み物を運んできた。
(えーい、こうなったらやけ酒ならぬやけジュースだわっ)
蘭世は飲み物の中からオレンジ色の液体が入ったグラスを手に取った。
勿論、オレンジジュースだと思ったからである。
蘭世はやけっぱちで、大きめのグラスに入ったそれを 片手で
ぐいぐいぐいーっと一気に飲み干す。
「ぷはー」
(なんか苦いオレンジジュースだなぁ・・)
そう思ったが気にもとめていなかった。ところがである。
(え・・・!?)
蘭世の視界が突然ぐらり・・と揺れ出す。
立っていられなくなり、今座っていた席へ再びへたり込むように座った。
「ふにゃあ・・・・」
実は、それはオレンジ色のカクテルだったのだ。
しかも、ジュースのような色とは裏腹に結構きつい種類の物だった。
心臓のどくん、どくんと言う音が耳元でする。
蘭世は眩暈に耐えきれず思わずテーブルに突っ伏してしまった。
幸い、テーブルの上はすでに給仕達によって綺麗に片づけられていたのだった。

(なにやってるんだあいつ・・・?)
シュンがヨーコの肩越しに、遠くで突っ伏する蘭世の姿を認めた。
「おい、カミヤ・・」
蘭世の様子をヨーコに話そうとしたとき、蘭世に近づく人影があった。
金髪の・・・いちど目にしたことのある男だ。
その男はタキシードの上着を脱ぎ、蘭世へと着せ掛けてから抱きかかえるように
彼女を立ち上がらせた。
(ひょっとしてまずいんじゃ・・)
シュンに嫌な予感が走り、蘭世の方へ一歩踏みだそうとした。
だが、蘭世は自分を立ち上がらせたその人物を認めた途端、
人目もはばからずその彼へ抱きついていたのだ。
(・・・)
シュンの足が、止まった。
「どうしたのシュン〜、あっ、そうだ
 新しいジムのコーチ紹介するわねーこっちこっち!」
ヨーコがシュンの腕を引っ張る。
(・・・)
シュンは少し心を残しながら・・遠くの二人から目を逸らした。
そして、ヨーコに促されるまま別方向へと歩いていったのだった。


つづく


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次回は・・・!?座布団投げないで下さいね(爆

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