『The wedding-island』:Tokimeki Laboratory 2周年記念
(3)
6月は素敵
日差しはまだ柔らかく 春の名残を残しつつ夏への期待に満ちあふれて
風も肌に優しく
ガーデンの薔薇は一斉に咲き誇り あまやかな香りを空気に含ませる
屋敷の敷地内にあるいくつかの丘のひとつに ガーデンは存在した
生成り色のタイルが敷き詰められた広場が中央にあり おそらくこの場所は
屋敷の代々の当主が 人々を集め何かの催しに使ってきたに違いない
あるときは同じように婚姻を祝うために
あるときは客を集め人心を捉えるために
またあるときは戦う者の士気を高めるために
そして今日も 広場にこの日のためだけに長い座席がならぶ
パーティ会場はカサブランカと蘭で埋め尽くされても
式を執り行うこの場所だけは ここに咲き誇る薔薇の花の色と香り
そしてその葉の濃い緑に彩られて
波の音遠く近く その合間に人々のさざめきが流れている
ガーデンにしつらえられた席に座る人々はいまかいまかと主役の登場を待つ
こちらは新婦側の招待席。
蘭世の通っていた学園のクラスメイトや寮生たちが並ぶ
日本からも 楓や曜子の姿が・・・
若さに満ちあふれここにも華が咲き競うよう 色とりどりの この日のために
あつらえただろう素敵な服を着て。
「ねぇ・・」
参列者のひとりが蘭世のルームメイト・・タティアナに声をかけた
「ん?」
「新郎側のひとたち、 どっからみてもとてもお金持ちだけど紳士な人たちの
集まりにしか見えないんだけど」
「それはどういうこと?」
「だ・か・ら・あ。」
タティアナを肘で突っつきながら新郎席の方へこっそり目配せをする
「そういう方面の人たちに見えないんだってば」
「ばっ・・やあねえ」
思わずタティアナも新郎側の席をちらっと見はするが 慌ててすぐに視線を戻す
このひとたちは 紛れもなく マフィアの重鎮達だ
カルロは蘭世より13も年上だが それでもマフィアのボスとしてはうら若き男
近隣のボス達と言えば もうそれは40も50も来ている壮年ばかり
さぞかし迫力が・・と思うのだが どうにも皆身なりの良い紳士淑女ばかり
「見た目に惑わされちゃダメよイリナ。そういう紳士な人たちに限って
みんな部下を一杯従えた上層部の人たちなんだから」
タティアナはやけに色々知っている。イリナはわかっていても少し未練があるらしい。
「親戚かなぁ・・あの金髪の若い人も素敵なんだけど」
「いいわよイリナ 玉の輿でも狙ってみる?蘭世みたいに」
あきれてため息混じりにタティアナが言うと イリナも少し考えこみ・・やっぱりため息。
「・・・・無理だわタティアナ。蘭世みたいに清くないもん私」
「ぷぷっ」
思わずタティアナは吹き出し 慌てて口を押さえる
「なにそれ?イリナったら」
「清い・・・蘭世みたいに真っ直ぐ純白な心でないと かえって
マフィアの闇に飲み込まれそうよ」
蘭世とおなじくらい 初々しい娘達に 新郎側の来賓の男達も心動く
が。
「・・・みんな惑わされちゃダメよ!」
キケンなんだから。とってもね。
世話焼きタティアナの前宣伝で 娘達のガードは至って堅いのだった・・・
◇
(・・・あっ)
厳かな パイプオルガンの音が流れはじめ・・右側にある薔薇のアーチの下に人影が現れた。
新郎の介添え役であるベスト・マンとともに現れたのは カルロ。
静かに歩みを進め ヴァージンロードの近くへ佇む
花嫁である蘭世の登場を待つのだ。
白いタキシードは着慣れた彼だが、今日の白は一段と引き立ち
その横顔は神々しいほどに
(素敵・・・!)(カッコイイ・・・)
(いやん蘭世のものになっちゃうの?!うらやましすぎるわね・・!)
思わず 新婦側の女性陣に 淡くざわめきが走ったことは 言うまでもない
牧師が思わず咳払いをしたことは 致し方なきことか。
(おとうさん・・大丈夫? やっぱり顔色悪いよ・・)
(う・・・ぁ だっ だいじょうぶだ・・よ)
参列者達の後方 ガーデンの入り口に立った蘭世は心配そうに横の望里へ囁く
吸血鬼の望里にとっては キリスト教の結婚式 父親は いかんせん酷な役まわり
だが 望里は自分でやると宣言したのだから 仕方ない
簡単な祭壇をガーデンに運び入れているのだが 初めは台の上に大きな十字架が置かれていたのを
望里を気遣って蘭世が外すか小さなものに変えて下さいとあらかじめ頼んでいた。
だが、そこに立っている牧師の胸には 燦然と十字架が輝いている
周りの者は緊張して脂汗をかいていると思っているだろうが
その実は・・・
(牧師さんの正面ゆっくり歩くの辛いよね・・少し速く歩こうか?)
(いっいかん そんなに急いでカルロに蘭世を渡してなるものか)
パイプオルガンの音が華やかな色を帯びれば 花嫁入場の合図。
そして介添人であるプライド・メイドの女性達の先導で
蘭世と 父親である望里がヴァージンロードを歩んでいく
今度ざわめくのは新郎側のほう。
(まあ・・綺麗な・・かわいらしい・・・!)
(高校生の花嫁らしいな・・・カルロの奴 一体どこであんな初々しいお嬢さんを?)
(・・・可憐だ)
華やかな音の波の間を しずしず しずしずと 歩みを進める
伏し目がちに歩を進めるけれど ふと目を上げたとき
ヴェールの向こう あの人が佇んでこちらを見守っているのが見えた
やがて望里と蘭世は カルロの側まで歩みをすすめ
望里は蘭世の手を取り そして カルロの差し出す手へと 万感とともにそれを委ねて
(蘭世を・・たのみます)
黙って でも心こめた表情で カルロは頷く
祭壇までの道を ふたりは並び腕を組んで 進んでいく
蘭世のヴェールが ドレスが キラキラ キラキラと光を放つ
新郎・新婦が祭壇の前に並ぶと
牧師の促しで 一同が席から立ち上がる・・・
牧師の言葉を 胸に一つ一つ 刻んで
「ダーク=カルロ 汝は、今、この女子を妻としようとしています。
汝は、真心からこの女子を妻とすることを願いますか」
「はい」
「江藤蘭世 汝は、今、この男子を夫としようとしています。
汝は、真心からこの男子を夫とすることを願いますか」
「・・はい」
宣誓を厳かに行い 指輪が運ばれてくる
カルロは一点のよどみもなく 優美な仕草で蘭世の左手を取り、
その繊細な蘭世の指にぴったりの指輪をはめる
蘭世もカルロの大きな左手をそっと小さな左手に取る
(ダークの手・・あらためてみると やっぱり素敵)
無骨すぎず かといってなよやかすぎず
実にバランスがとれていて 器用そうな 手
男らしい大きさの指輪を右手にとり カルロの左薬指へと運ぶ
(練習したのに・・・なんだか緊張・・!)
小刻みに指が震えてしまう。
抑えようとすればするほど 震えは止まらない。
”この人を私の夫にする瞬間”
そう思えて 心が感動で震えている
カルロは優しい眼差しで 蘭世を見守っている
(・・・できた!)
なんとか取り落とすヘマもせず カルロの薬指に指輪をはめた瞬間 蘭世に笑顔が戻る
するとカルロは 牧師の言葉も待たずに蘭世のヴェールをあげ
”誓いのキス”をする
(なんだか・・・誓いのキスにしては濃厚だなぁ)
参列者の誰もが そう思ってしまう。
ディープなどではなかったけれど 心溢れて じんわりと ゆっくりと
カルロは蘭世に唇を重ねているのだった
牧師の宣言も終わり 蘭世はひたすらうれし涙を流す
カルロは真白なハンカチをとりだし そっとその涙をぬぐってやっていた
ふたりは腕を組んでガーデンから退場する
ガーデンを抜けたところで 皆がふたりを祝福する
花びらとライスシャワーを浴びながら カルロと蘭世は丘を下っていく・・・
明るい日差しも 島を渡る風さえも ふたりを祝福しているよう。
ウェディングパーティの準備は もう 万端
主役たちの登場を待つばかり。
つづく