パラレルトゥナイト零れ話 『Z(ツェット)』



(2)


「・・・!」
再びの背に走る激痛で蘭世は意識を戻らせた。
「・・・動くな。傷が開く」
俯せになっていた蘭世の肩を押さえつける男の手があった。
「あ・・・」
蘭世は俯せにベッドに寝かされていた。ふたたび目隠しをされ、
両手はベッドの柱へ手錠でつながれている。

・・・悪夢は、まだ続いているようだった。
でも、鞭からは解放されたようである。
部屋の中もさっきよりもどこか温かい。
ストーブが運び込まれているようだ。
蘭世は思わずほっ と安堵のため息を漏らす。

「手荒なことをして済まないね。何しろ俺以外はみんな雑魚だ。
統率がとれなくて辟易だ」
先ほど意識が遠のく直前に聞いた、低い男の声だった。
・・・もっと前、どこかで聞いたことがある声のような気がする・・・。
それはどこだったろう・・・?

「あんなの連れてるくらいなら俺独りでやった方がましだ。
 ・・・さて消毒は済んだ。」
蘭世は自分が上半身に何も着ていないらしい事に気づいた。
胸のあたりがどうもスースーするのだ。
「・・・い、いやっ!」
蘭世は驚き身体を隠そうと身をよじる。
だが両手が手錠でつながれておりなにも抵抗が出来ない。
また、身体を動かせば激痛が蘭世をしおれさせていく。

「もうすこし辛抱しなさい。包帯を巻いたらおしまいだ」
非常に慣れた手つきでくるくると細い身体に巻かれていく。
手は必然的に胸にも及ぶが、まるで救急隊員のような
手際の良さであまり苦にならない。
蘭世はしばらく黙って任せることにした。

「さて。」
・・終わったようである。
蘭世に大きなタオルのような物がかかる感触がした。
その分身体が温かくなり強張っていた気分が少し緩む。
「女物の服を用意してなかったんでね。ガウンで我慢だ」
「ありがとう・・・」
蘭世は思わず礼を言う。
この男達のせいで傷を負ったのだから
礼など言う必要もないはずなのに・・・

「痛み止めと抗生物質は打ってあるから
 安静にしていれば熱も出ることはあるまい。」
誘拐犯、しかも主犯格らしいのに妙に親切なその男。
一体何者なのかしらと気になる。
男は少し離れた場所で葉巻を吸っているらしい。
カチッ、と言う音、煙のにおい。

蘭世は思わず好奇心で聞いてみた。
「あの・・・あなたは一体誰?お医者さん?お名前はなんて言うの?」
案の定、男はクスクス笑っている。
「医者なんかじゃないさ。そしてこの業界で
名前を聞かれてまともに答える奴なんていない。」
さらに男は続ける。
「それから命が惜しければ顔を見ようとも思わないことだ。
顔を知られたら困る連中は俺を含めごまんといる。」
シャッとカーテンを閉める音がした。
目隠しで暗い視界がさらに光を失い暗くなる。
「・・・それより自分の行く末の方を心配した方がいいんじゃないのか?」
すこしからかうような男の声。
それに対し蘭世はきっぱりと言い放つ。
「私はどんなことをしてでもカルロ様の所へ帰るのよ。関係ないわ」
それを聞いて男はせせら笑った。
「おまえさん自分の状況がわかっているのか?俺の仕事はそれを阻むことだ。
 だからお嬢さんは決してカルロの元へは帰れない。」
「・・・」
(侮っていればいいわ。私は普通の女の子じゃないんだから!)
蘭世は男の言い分には返答せず、心の中でそうつぶやいてみる。

目隠しされてなければにらんでやりたい。
だが、身をよじるたびに背中に来る痛みに少し心細くなる。
「・・・じゃあ、あなたは私をどうするつもりなの?」
「そうだな・・・」
男はふーっと煙を吐き出す。カルロの葉巻とは違うにおいだ。
「俺を雇った連中は、とにかくお嬢さんを
カルロから奪い去れと言っていた。
その後はどうしても構わないと。俺に任せると言っていた。」
「どうするの・・・?」
蘭世は身体をこわばらせる。
「そうだな。他の連中が言うように、
八つ裂きにして海に捨てることもできる。」
「いや!!」
思わず大声を上げる蘭世。
「まあ落ち着け。それは俺の趣味じゃない。」

男が再び近づいてくる足音がした。
蘭世がつながれているベッドのふちに腰掛けたような気配がする。

「中東の知り合いに、おまえさんみたいなのを欲しがっている
大富豪がいる。丁度いいからそいつに売ってやるよ」
「え?!」
「ハレムさ。若くてピチピチしたのを入れたいんだとさ。」
「はれ・・・む?」
「おまえさんそんな言葉も知らないのか?
 ひとりの男が何人もの気に入った女を囲う所さ」
思いがけない事を聞いて蘭世はショックを受ける。
「わっ・・・私は、絶対にそんなところへ行かない!」
「殺されるよりはましだろ。それに外へは出られなくなるが
大事にしてもらえるぞ・・・気に入ってもらえれば特にな。」
「嫌!私を帰して!!」

なんて奴らかしら。
関わってなんかいられないわ!!

頭を振って必死に手錠のはまった手を抜こうとする。
だがすぐに大きな手が がっちりと細い肩を押さえてしまう。
そして、ひどく落ち着いた声で指摘するのだ。
「自分の置かれた立場をよく考えることだ。無駄なことはするな。」
「う・・・」
蘭世は涙を流す。
しばらく気持ちが切り替えられず悪あがきとわかっていても抵抗する。
長い黒髪がばらばらと波打つ。
が、そのうちがっくりと力を落とし突っ伏してしまった。

両手さえ自由になれば。
目隠しさえ無ければ。
私はお前に噛み付いてどこへでも逃げるのに。

「ひっ・・く。」
しばらくして蘭世が落ち着くと、男は手を離した。
男がそばにあった何かを飲んでいるような音がした。

「しかしまあ、カルロも随分意趣替えしたものだな。
前の奥方まではよく知っていたが、
みんな揃って震いつきたくなるような美女たちだった」
それは突然の台詞だ。
蘭世は男から思いがけない発言を聞き驚く。
・・・同時にムッともしたが。

「あなたカルロ様の奥様だった人知っているの!?」
「ああ。その女も同業者だしな。雇われたこともある。
 頭の切れる美女さ。・・・冷たい女だが。」
蘭世はおそるおそるさらに聞いてみる。
「前・・・つきあっていた女の人たちも?」
「そうさ。一様に大人の女ばかりだ。しかも全部美女。」
男は待ってました、とでもいうような楽しげな声で答えた。

・・・聞くんじゃなかった。
その声とは対照的に蘭世の声は暗くなっていく。
「・・・どうせ私は子供だわ。おまけに馬鹿でドジで・・・」
「カルロの奴、大人な美女にあきたのかな?」
男は蘭世の反応も楽しんでいるようだ。
実に楽しそうな声。
そして男は話すのが好きらしい。
無駄話が嫌いなカルロとは対照的だ。
そして蘭世はため息をつく。

そこで蘭世はひとつ引っかかる。カルロの奴、って言ったわ・・・。
「あなたは・・・カルロ様とも知り合いなの?」
「そうだな・・・そうとも言えるか。
いかがわしい場所に案内してやったこともある」
見えないが男はなんだかにやにやしているような気がする。
「いかがわしい?」
「ははは。お嬢さんには耳に毒だ。」
「なによそれ・・・。」

蘭世はとりあえず聞き流して本題を聞くことにする。
「知り合い・・・だったら、どうして私なんか誘拐するの?
 カルロ様を知ってるんでしょ?後ろめたいとか思わないの?」
「お嬢さん、仕事は仕事、さ。それに・・・」

蘭世は男側の肩にざわざわと嫌な予感を感じ始める。

男は蘭世の左の顔にかかっていた髪をなでるようにすくい、
右の肩側へと落とした。
目隠しをされた横顔と白いうなじが露わになる。
「カルロの新しい女を、もっとよく見てみたかったんでね。」

蘭世は身の危険をさらに感じる。
着ている物が少ないことに異様に緊張を覚えるのだ。
「こっ・・・子供なんかに用事はないでしょ!」
「子供?どうかねぇ?・・・
 カルロが生娘のまま放って置かないと思うがね」
男は蘭世のうなじに触れる。
首を振り蘭世は必死に抵抗する。
「いやっ!さわらないでよ!!」
背中の痛みがどうとか言っている場合ではない。
「俺も女には不自由していないし、最初見たときは何で
 カルロはこんな子供を・・・と思ってたんだが。」
触れたところに今度は男の唇が降りてきた。
強く吸われる感覚。蘭世に悪寒が走る。
「っ、やだっ!!!」
「触れてみるとなるほど。
 ・・・こんな綺麗なのは見たことがない」
吸血鬼の娘の肌が美しいのは
獲物になる人間の男を誘うためだ。
蘭世だって例外ではなかった。

首筋、肩へと男の唇は降りていく。
大きな手のひらが、先刻包帯を巻いた手と
同じとは思えないような手つきで
胸を探ってくる。
「いやあっ!」

突然、ドンドン!と大きなノックの音がした。
「おい。お前に無線だぞ」
「・・・取り込み中だ、あとにしろ」
それは非常に不機嫌な声だった。
契約の上での部下はそんな事にはお構いなしだ。
「ボスから至急に連絡だ」
「・・・ちっ」
男は蘭世から身を起こし離れる。

離れ際に男は蘭世の耳元に囁いた。
「ランゼ・・・俺の名は・・(・・・)。」
男は蘭世だけに聞こえる声で名前を名乗った。
「通称ツェットだ。
傷が癒えるまでゆっくりかわいがってやるよ」

バタン。カチャリ。
ドアが閉まる音と、鍵をかける音がした。
「見張れ。」
ドアの外でツェットの声がした。

蘭世はほっとし、身体中の力が抜けてしまった。
蘭世の身体に、男がつけているコロンの残り香が
重くまとわりついていた。


つづく


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