パラレルトゥナイト零れ話 『Z(ツェット)』



(8)



力の限り高く、そして遠くへ。
天高く舞い上がり、白い鳥に変身した蘭世はどこまでもどこまでも飛んでいく。
はやく、はやくあの人の元へ戻りたい!!
西へ、西へ飛ぶんだ・・・!
・・・が。
(ちょっとぉー一体ここはどうなってんの!!)
見渡す限り、砂だらけ。
街らしい街も見えてこない。
オアシスのような物を探すが、それも視界には入ってこないのだ。
蘭世が連れてこられていた場所は、本当に砂漠のど真ん中だったのだ。
じりじりと照りつける太陽の中、蘭世は飛び続けていた。
西へ向かって跳び続けているつもりだが、こう砂だらけだと、
なんだかその自信がなくなってくる。
(。。。暑い・・・喉が、かわいたよぅ・・・)
そして。
蘭世は連れ込まれた屋敷から離れて小一時間は飛んでいた。
(もう・・・疲れちゃった・・・羽ばたくのもうだるい・・・)
1時間、炎天下を走り続けているのとほぼ同じ状態だ。
視界が次第にぼんやりし始めていた。
(・・・あ。ダメぇ落ちちゃったらたいへん・・・)
必死で意識を保とうとする。
でも限界点は近い。

それでもしばらく飛び続けていると、蘭世の視界に巨大な岩山が見えてきた。
岩だけで大きな台地を造っている。
(あそこなら、少しは日陰がありそう・・・)
切り立った台地の斜面へと舞い降りる。
案の定、ほら穴のような横穴を発見した。
転がり落ちるようにその穴へ着地し、身を隠した。
(ふう・・・ひんやりしてきもちいい・・・)
鳥の姿のまま羽根を地面に広げ突っ伏する。
まるで傷ついた雀のようだ。
(でも、のどが渇いたなぁ・・・)
蘭世の視界には、やっぱり岩山の向こうに砂しか見えない。
水がありそうな景色が見あたらない。
(・・・)
自由を得た代わりに、この灼熱地獄。
捕らえられていた宮殿のような場所は空調も万全で、
外界がこんな過酷な環境であるということは考えも及ばなかった。
(・・・私、大丈夫かなぁ・・・心細いなぁ・・・)

ふいに岩山へと風が吹きつけてきた。
風は埃も巻き上げる。
(ふがっ・・・いけないっ!!)
こんなところで元の姿に戻ったら!?
蘭世は必死で羽根を使って鼻を押さえる。
蘭世がいるのは断崖絶壁の中腹だ。
鳥の姿だからここへ来られたが、人間の姿になってしまったら!?
鍛え上げた軍人ならまだしも、シロウト蘭世はまず降りられない。
(いっ・・・やだぁーっ)
・・っくしょん!!

「やだあーっ!!もうサイテー!!!」
あっけなく蘭世は元の姿に戻ってしまった。
鳥の姿では大きなほら穴に見えていたその場所。
実は蘭世が膝を抱えて座ってやっと入れるくらいのスペースだったのだ。
しかも。
「やだーっ 絶対降りらんないよぉー!」
下を見下ろすだけでクラクラする断崖絶壁。

(ダメだわ・・・カルロ様ぁ・・・助けてぇ・・・)
蘭世はべそをかいてしまう。
1時間飛びつづけ体力も限界に来ている。
喉もカラカラで思考もうまく廻らない。
(・・・もう、いいや。しばらくここで隠れていよう・・・)
膝を抱え、目を閉じる。
ここにいることなど、きっとあのツェットには判るまい。
だったら、少し休んで、それからカルロ様の元に帰る方法を考えよう・・・
疲れ切った身体はゆっくりと、でも確実に眠りの淵へと落ちていった。


「おねえちゃーん、どこへいっちゃったの・・・?」
望里達も棺桶に乗り、砂漠の空中を彷徨っていた。
蘭世が宮殿のような大きな建物から鳥の姿で逃げ去るのを認めたまではいいが、
どこへ飛び去っていったのかがわからなかった。
飛び立ったと思われる方角へ飛んでいくのだが、砂漠には鳥どころか生き物の姿は
何一つ見つからない。
「・・・こう日差しが強くっちゃあ、さしものわしももう限界だよ・・・」
吸血鬼の望里は炎天下でへとへとだ。
「おとうさんがんばって!!」
鈴世は望里のマントの下で影を造ってもらっていた。

 
(ランゼ、どこにいる・・・!?)
カルロは棺桶の飛び行く先を見つめ、鋭い眼光をとばす。
あせりをかき消そうと、つい拳に力が入る。
この炎天下、蘭世とてそんなに持つはずがない。
早く、はやく見つけなければ・・・折角あの男から逃げ出せたとしても
ドライアップ(乾ききって死ぬ)だ。

ふいに頭上をヘリが飛び去っていった。
それはかなりのスピードを出し、ある場所へと急行しているようだった。
「?なんだろう・・・」
鈴世は不思議そうな顔でそれを見送る。
カルロにピン!とひらめきが走る。
「・・モーリ、あれを追うんだ!!」
「え?」
「あれはさっきの建物においてあったヘリだ・・・おそらくツェットの奴だ」
「・・よし!!」


ツェットを乗せたヘリは、大きな岩山の横をホバリングしていた。
「全く、手の掛かるお姫様だ。」
ツェットはヘリから縄ばしごを降ろし、それをつたい降りていく。
「崖から落ちたのか?なんてあぶなっかしい場所にいるんだ」
梯子に足をかけ、そのまま断崖絶壁の中途で眠る蘭世に近づいていく。
腕を伸ばし・・・蘭世の脇に手を通す。
「しかし、どうやって私の手から逃げ出したのか
 ・・・帰ってからじっくり聞き出そう」
2回もこの自分を出し抜いて逃げ出したのだ。
そして、尋常ではない治癒能力。
蘭世から聞き出したいことは山ほどあった。
疲れ切り衰弱していた蘭世はそうしてツェットに抱え上げられても
気づくことはなかった。
「・・・さて昇るとするか」
そうつぶやきヘリを見上げた刹那。
銃声と共にツェットの顔の横で岩が砕け散った。
「ちっ・・・!!」
土煙と共に頬に赤い血が筋を引く。

見上げると・・・
「・・・ツェット!見つけたぞ!!」
銃を構える見覚えのある男と、あと見知らぬ2人の影が見えた。
「おやおやカルロ・・いまさら悪あがきか・・・
 せっかくだから相手をしてから行くか・・・やれやれ」
ツェットは首をすくめ、ヘリへ向かって台地の上まで上昇するように指示を出した。

徐々にツェット達の姿はカルロ達のいる岩場の上までせり上がってきた。
「おねえちゃん!!」
「蘭世!!」
カルロ達に映ったその姿は・・・
ツェットに抱えられ、目を閉じたまま・・・気を失っていた。
そして、こめかみに銃が突きつけられていた。
ツェットは不敵な笑みを浮かべていた。
「やあ、カルロ。ひさしぶりだな」
「・・・おまえ!!ランゼをよくも・・・」
カルロは憤怒の形相だった。
鈴世がふと素直な疑問を口にする。
「ねえ、どうしてあのおじさん、おねえちゃんの居場所がすぐ分かったの!?」
「・・・おそらく発信器でもつけていたのだろう」
「そのとおりだ。・・半分はおまえ、カルロのおかげさ」
「・・・何を言っているのかわからん」
ツェットはにやにや笑うだけだ。
・・・ツェットが蘭世にプレゼントしたエメラルドのネックレスに
”それ”は仕込まれていた。
カルロの瞳の緑なら、蘭世は嫌がらずに、しかも毎日つけるだろうと・・・
そこまで考えてのことだったのだ。
「よくここまで来られたな・・だが、今回も私の勝ちだ。
愛しい娘が連れ去られるのを指をくわえて見ているんだ」
「なにを・・・!!」
勝ち誇った笑顔を見せるツェット。
ぎりぎりとカルロは歯ぎしりをする。
今すぐにでも飛びかかって殴り倒してやりたい。
さもなくば撃ち殺してやる・・・!!
「お前にどんな妖しい力があろうと、この娘の乗るヘリは落とせないだろう?」
「!!」
「俺にはわずかだがお前と同じ血が流れているのは知っているだろう?
だから、お前の力については俺も警戒を怠りはしない」
ツェットは蘭世を”盾”として最大限に利用し、この場を離れるつもりだ。
意識のない蘭世のこめかみに、さらに銃を突きつける。
「銃を置いて手を挙げろ。・・・少しでもおかしな動きをすれば、
 この娘の命はないと思え」
「くっ・・・」
カルロは銃を足下に置き、手を挙げる。
「じゃ、あばよ」
梯子にいる二人を気遣い、速度をゆっくりとして遠ざかるヘリ。
それにぶら下がり、ツェットは蘭世を抱えたまま昇りゆく。

(このまま、ひきさがってたまるものか・・・!!)

勝負は一瞬だ。失敗はそのまま蘭世の死だ。
・・・永遠の命とはいえ、頭に銃弾を撃ち込まれたら・・・
カルロはちらっと一瞬望里に視線を送る。
望里もカルロを横目で見返す。
・・・ツェットがはしごを登ることに集中している今!!
(風よ!!止んでくれ!!)
弾道が逸れては致命傷なのだ。
カルロは力で素早く銃を手に引き寄せる。
梯子の上で揺れている二人の影を鋭く睨む。
(風が・・・・止んだ!今だ!!)
電光石火、構え発砲する。
あたりの岩々に銃の音が響き渡りこだましていく。

「!!」
スローモーションのように二人の影はヘリの梯子から外れ、離れ落ちていく。
弾はツェットに命中したのだった。
「蘭世っ!!」
間一髪、大コウモリの姿をした望里は蘭世の身体を空中で
受け止めていた。
望里は力を振り絞り、カルロが銃を構える前にコウモリになり
蘭世の元へと向かっていたのだ。

望里は眠る蘭世を抱え、カルロと鈴世の待つ台地の上へ降り立った。
「おねえちゃん!!」
鈴世とカルロは望里へと駆け寄る。
「ま。奴も私が空を飛べるなんざぁ、夢にも思わなかっただろうさ。」
望里はご満悦だ。
「早くこの場を離れよう・・ここは奴の領地の真ん中だ、敵が応援に来ては困る」
カルロは冷静に状況を把握し鋭い声でそう告げる。
「そうだな!!行こう!!」

棺桶は一同を乗せ、再び空中に浮き飛び始める。
鈴世はふと気になり後ろを振り向いた。
墜落した主のそばに、ヘリが着陸しているのが視界に映った。
(あの高さから落ちちゃったら、おじさん、死んじゃったかな・・?)
思わず鈴世は身震いし、視線を元に戻した。
・・・蘭世はまだ瞳を閉じたままである・・・。


つづく


Next   Back   -->

閉じる
◇小説&イラストへ◇