『パラレルトゥナイト3章6話』



(1)平和の朝


魔界に平和が訪れた。
蘭世の夢に現れたカルロによる生命の神の助言と カルロ本人による機転で思ったよりも早く問題は解決した。
冥王は太陽の光に当たって消滅してしまい、冥界は従来とは別の物に変わった。
俊も途中で魔界人としての力を復活していた。
だが、やはり大王が冥王に倒されることは免れなかった。

今日はアロンとフィラの結婚式で、魔界中お祭りムードで盛り上がっていた。
江藤一家も式に招待され、盛装した一家は 魔界城の大広間でその他大勢と幸せな二人を見守っていた。

宴もたけなわとなった頃。
「おかあさん。」
蘭世が椎羅に声をかけた。
ビュッフェ式のパーティで椎羅は皿に料理を取っていた。
もう5回目のお代わりにもなろうか。
皿を置いて椎羅が振り向くと、ドレスで盛装した美しい娘が立っていた。
さすが我が娘!と内心嬉しい椎羅である。
「どうしたの蘭世?」
「あのね、ちょっと行きたいところがあるの。あとから帰るからお母さん達は先に帰っていてね」
ここで椎羅はピン!とくる。
「蘭世あなた・・・カルロ様に会いに行くのね」
蘭世は曖昧な笑みを返す。
とてもめでたい席でも蘭世の心には忘れられない悲しみがある。
それを椎羅は不憫に思ったがとりあえず笑顔で見送ることにした。
「余り遅くならないようにね。気をつけて行きなさい」


ここは王家の霊廟。
名誉の戦死を遂げたカルロもここで眠っている。
蘭世はカルロの棺の前に佇んでいた。
「ダーク・・・」
ぽつんと彼の名を口にするとそこへ膝をつき、想いが池で摘んできた不思議な花で作った花束を
そっとそなえた。
手を組んで目を閉じ祈りを捧げる。
(ダーク、ありがとう・・・あなたのおかげで私たちに平和が訪れたわ。)

石の棺の中には、メヴィウスの施術のおかげで 今も変わらない姿の彼が眠っているはずだ。
冥王と戦っている間、カルロは蘭世の夢に現れて生命の神からのお告げを伝えていた。
彼は蘭世の夢に毎夜のように現れ、現世でカルロを失った悲しみに沈む蘭世をはげまし、
勇気づけていた。
そのおかげで蘭世も本来の明るさを取り戻していた。

 だが、冥王が消滅し平和が訪れてからは蘭世は彼の夢を見ていない。
(なんだか、不安だわ・・・もう、会えないのかな)
ついつい祈りから考え事に思考回路がすり替わってしまう。
まだ3日たっただけだが、以前は蘭世が望めばいつの夜も現れていたのだ。
(でも、もう平和が訪れたんだからカルロ様の役目は終わりよね。そうすると、
 ひょっとしたら・・・)
ずーんと蘭世は落ち込みそうになる。
(ううん!カルロ様は私を不幸にはしないって約束したんだもの!
きっと大丈夫だわ。 きっと・・・)
蘭世は気を取り直して祈りを捧げ続ける。
しかし、やはりカルロとの夢での想い出が蘭世の心を支配していく。
(生命の神とダークの”契約”って、一体なんだったのかしら・・・)

「江藤。」
「きゃ!」
不意に声をかけられ蘭世はびっくりした。
おもわずこけて後ろを振り向く。
「あ・・わりい」
真壁俊がすまなさそうに頭を掻きながらそこに立っていた。
「真壁君!どうしてここに?もうパーティはいいの?」
蘭世は驚きを隠せない。
俊はアロンの兄として披露宴の接待で大忙しだったはずだ。
「おふくろに任せてきちまった。接待はもうこりごりだぜ」
俊はそう言いながら自分の肩をもむ真似をした。
「やっぱりお前ここに来たんだな」
「うん・・」
一緒に横に並んで俊も祈りを捧げた。

しばらくして俊は切り出した。
「おまえ・・これからどうするんだ?」
「これから?」
先のことは何も考えていなかった蘭世。
「真壁君は、どうするの?」
「俺は、人間界に戻ってまた高校生活を続ける。
またボクシングやりてえからな。ジムにも通うつもりだ」
「そう・・・そうよね。真壁君ボクサーになりたいって言ってたもんね」
カルロの事で頭が一杯で、自分のこれからについて何も考えていなかった事に気づき少し恥ずかしく思う。
「わたしったら何にも考えてなかった。えへへ。」
俯いて照れ隠しに笑う。
「まだ、もうすこしゆっくり考えたいな。」

冥王を倒すために俊と行動を共にすべく日本の高校へ通っていた蘭世。
高校で友達も沢山出来た。
だが、ルーマニアにも未練があった。
学園の友達は勿論、カルロの屋敷には彼との想い出がまだ沢山残っているはずだ。
ベンも、”お部屋は残してありますいつでも来て下さい”
と蘭世が連絡を取るたびに言ってくれる。

「なあ・・・お前もさ、このまま日本に残らないか」
「え?」
「カルロ、もう夢に出てきてないんだろ」
「あ!また私の心読んだわね!!もう」
蘭世は怒った顔でぽかぽかっ・・と俊を叩くまねをする。
「だってお前が大声で考えたから聞こえちまったんだよ」
俊はそれにいたずらっぽい笑顔を返した。

さらに俊は続ける。
「・・・カルロもお前が新しい生活をしたほうがいいって思ってんじゃないのか」
・・・俊の思いがけない言葉。
「そんな・・・!」
蘭世は頭を殴られたようなショックを受ける。
「過去に縛られる気持ちも分かる。だけど、お前は生きているんだから
 前に進んだ方がいいんじゃないのか」
「・・・」
蘭世は茫然として口が利けない。
「高校のボクシング部も続ける気でいるから、お前がマネージャ続けてくれると助かるぜ。
人数が少ないからさ・・・じゃ、考えといてくれよ」
それだけ言うとくるっときびすを返して俊は出ていった。
蘭世は俊がちょっと顔を赤らめて俯いていたように見えた。

”カルロのことなんか忘れて、俺と一緒に来てくれ”
本当はそう俊は言いたかった。でも、うまく言えない。
アロンやカルロの10%でも素直に気持ちを表現できれば・・・。
俊はまたそう思うのである。

「・・・」
俊の後ろ姿を見送りながら、無言の蘭世の目から涙がこぼれた。
蘭世はカルロの棺を振り返り見上げる。
(ダーク、本当にそう思っているの・・・?
私は、あなたを忘れた方がいいの?)
蘭世の心の中に冷たい雨が降り出した。



数日後、蘭世はまた日本の高校へ通いだした。
今まで通りボクシング部のマネージャーも担当することにした。
それはそれなりに楽しいし、友達と一緒に学校生活を送るのはうきうきする。
このままルーマニアでの事、カルロのことを忘れられるかもしれない、そう思えることもあった。

 真壁俊の彼女は長い黒髪の女の子。そんな噂がまた聞こえてくる。
俊はそれをまんざらでもなく思っていた。正直言ってうれしかった。
だが、蘭世はその話題になると少し寂しそうに、うわべだけはにっこりと笑うのであった。

そして、やはり蘭世の夢にカルロが現れることはなかった。
どんなに願っても、思い描いても・・・。




つづく

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