(2)霊廟にて
2ヶ月もした頃。蘭世は学校にぷっつり来なくなった。
最初は風邪だということで欠席していたが、かれこれ1週間も経つ。
風邪だからと遠慮していた俊だが・・・さすがになにかおかしい、と気づき江藤家を訪れた。
「いらっしゃい真壁君・・・」
椎羅はにこやかに魔界の王子を玄関から迎え入れた。
「あの、単刀直入ですみません・・江藤は、どうしていますか?」
椎羅はやっぱりね・・と思い、そして、すまなそうに俊に言う。
「ご免なさいね・・・蘭世ったらお弁当をこしらえて毎日魔界へ通っているのよ。
もうやめなさいって言うのだけど聞かなくて・・」
(やっぱり・・・)
俊の嫌な予感は的中していた。
そして椎羅は困ったような顔で言葉を続ける。
「私が言っても、お父さんが言っても全然耳を貸さなくて。
もう蘭世は人間界には戻るつもりがないのかしら・・・」
それを聞いた途端、俊は椎羅への返事もそこそこに魔界へと瞬間移動した。
そして、王家の墓へ、そして ”例の場所”へと足早に向かう。
・・・カルロの眠る霊廟・・・。
やはり蘭世は薄暗い霊廟の奥にいた。
高い天井に小さく取られた窓から、カルロの棺に白く薄い光が差し込んでいる。
蘭世はこちらに背を向け、ひざまずいてカルロの棺の前で手を合わせている・・。
彼女は吸血鬼のマントを羽織り、足首まである生成のシンプルなロングドレスを着ていた。
・・・おそらく魔界人の吸血鬼としての正装なのだろう。
・・そして、棺の周りには沢山の想いが池の花が供えられている。
きっと蘭世がやったことだろう。
「おい、江藤・・・!」
「あ・・・」
蘭世は俊の声に驚き、ぱっと立ち上がって俊へ向き直った。
俊はつかつかと蘭世に近づいてくる。
「学校へも来ないで何してるんだよ。おふくろさんも心配してたぜ」
蘭世はおもわず2,3歩後ろへ下がった。
俊が至近距離まで近づいて来たとき、蘭世は俯いて小さい声で言った。
「黙っててごめん・・・」
「どういうつもりなんだ。」
俊は思わず言葉を荒げ蘭世の両肩を掴む。
それでも蘭世はなにか決意をしているようで・・すぐに顔を上げ、まっすぐ俊を見返した。
「私ね、メヴィウスさんに頼んでここの墓守の仕事を教えてもらおうかなって」
その顔は真剣そのものであった。
(やっぱりこいつそんなこと考えてたのか・・・)
俊はまだ過去に縛られたままの蘭世に気づかされる。
・・・俺はこいつに前を向かせることができるだろうか?
「おい!おまえまだ若いのになんでそんなことを」
「折角心配してくれてるのにごめん。私やっぱりダークを忘れられない」
俊の説得の言葉が始まるのを蘭世はすかさず遮ったのだった。
蘭世はもう誰の言葉も聞かないつもりなのだろうか。
俊は、言葉を絞り出す。
「・・・おれじゃ、だめなのか」
びっくりして蘭世は俊を凝視し、その耳を疑う。
「えっ・・・今なんて」
俊の想いに全く気づいてなかった超鈍感な蘭世なのだ。
というか蘭世の頭の中はやっぱりカルロしかいなかったと言うことか。
俊はもう一度言う代わりに蘭世を抱きしめた。
びっくりして蘭世は逃げようとする。
だがボクシングで鍛え上げた腕からは逃れられるわけがないのだ。
「離して真壁君、離して・・・ごめんなさい、すみません・・・!!」
必死に抵抗されて俊は蘭世を解放した。
俊はがっかりする気持ちを隠せない。
思わずがっくりと肩が落ちた。
「一杯一杯心配させて本当にごめんなさい。」
「俺は・・・!」
今言わなければ、絶対に後悔する。
俊は、再び声を絞り出した。
「俺は、心配してるだけじゃねえ。・・・お前を想ってるんだよ」
蘭世の目が大きく見開かれる。
・・・だが、蘭世は横を向いて俯き小さなつぶやくような声で言った。
「ごめんなさい・・・」
その、蘭世の短い言葉は俊の心を十字に切り裂いた。
「・・・」
「私・・どんなことがあっても やっぱりダークじゃなきゃ駄目みたい。
きっと私、ダークが運命の人でなく第3者であったとしても、彼を思う気持ちは変わらないんだわ!」
蘭世はぽろぽろと涙をこぼす。
そして、棺に向き直り、ついに心の底にこびりついていた想いを口にした。
今まで言うまいと我慢していた言葉だ。
言えば空しく、過去を振り返ってしまうことの象徴のその言葉・・・・・。
「ダーク、お願い!帰ってきて・・・!私、貴男なしではもう生きていられない!」
次の瞬間。
(なに・・・!?)
カルロの棺の周りから、無数の小さな光のまたたきが現れた。
蘭世が棺に供えていた想いが池の花が光り出したのだ。
じわじわ、じわじわとその光の数は増えていく。
ついにはあまりのまばゆさに、俊も蘭世も目を開けていられなくなった。
「・・・!」
いつしか、光が弱まり元の霊廟に情景は戻ろうとしていた。
蘭世がそっと目を開く。
・・・と、いつのまにかカルロの棺は無くなっていた。
(・・・え?)
その代わりに、いまだ残る光の中に座っている人影が見えた。
まるで棺から起きあがったかのように・・・
「ダーク!?」
蘭世は自分の目を疑った。
「まさか!本当に、ダークなの!?」
人影は立ち上がった。彼は葬られたときの騎士の格好そのままだった。
全身に受けたはずの傷は綺麗になくなっている。
カルロは深い碧翠の目で優しげに蘭世を見つめた。
「ランゼ・・・やっと私を呼んでくれたね。」
「ダーク!」
思わず蘭世はカルロに駆け寄り・・飛び込むようにして抱きつく。
蘭世は久しぶりの、本当に久しぶりの彼の腕の中に顔を埋めた。
カルロの身体に頬を寄せると、棺の中に供えられていた白薔薇の甘い残り香が
蘭世の鼻をくすぐった。
つづく