『−Labradorite− ラブラドライト』

(4)


ここは 中東。砂漠のただ中にあるオアシスを利用して 大きな要塞が建てられていた
それはそびえ立つ大きな壁に取り囲まれ、何かと火種の多いこの地域にあってなお 中立の立場をとり
不可侵の聖域を作り上げている。それはそこの主のカリスマ的な政治力とそれに伴う財力の
たまものであった。

砂埃巻き上がり 空も地もベージュ色に霞んで
要塞の壁も同じ色で 砂漠の空気に溶け込んでいる
だが。
ものものしい外観の壁を超えれば なお広大な敷地
その広さは 街がひとつまるごと納められそうな規模である。そして、主がここで
身を守り 戦略を尽くすための軍用施設と それに関連する建物が整然と そして
計算され尽くした配置で建てられていた。
そして ・・・その一角に、主の居住空間も存在していた
それは他の建物とは打って変わって宮殿さながらの華やかな建築様式・・・

周囲の軍用施設からは弾薬と土埃の臭いがしているが 
その宮殿からは常に甘い香が漂ってきている

ベージュ一色の周囲から浮き上がるような 赤や緑そして金などの極彩色が
勢い良く 華やかにその建物を飾り立てている

周囲の埃っぽい建物からは 戦車が軋る音や男達の怒鳴り声
では その宮殿からは・・・?

女達の 囁き合う声と くすくすと 笑う声・・・・





そこは 宮殿の西翼

「・・・」

女ばかりの宮殿に 男が1人。

しかもそれはそこの主ではないが 招かれざる客ではない
宮殿の主が全幅の信頼を寄せるその男の名は Z。

そこは宮殿の中で Zに与えられた部屋。
他の部屋と同様に オリエンタルな装飾が施されたその場所。
ただ、本人の希望で 多少それらの色目は極彩色ではなくそれより少し
抑えられた落ち着いた色合いで揃えられていた。

他の女達のそれにくらべ彼は やはり多少広いエリアを占有していた。
宮殿の中のそれは Zの隠れ家・・・

(まあ、いつまでもここにいるとは限らないがな)

見事な銀髪を肩まで伸ばし それをひとくくりにしている
かっちりした体格と精悍な顔つきで その瞳はオッドアイ。
カルロより多少、年上らしい。


彼は応接間の中央にしつらえられた長ソファに座り 足を投げ出していた。
くつろいだ姿勢ではあるが 宮殿の中にあっても 軍服に身を包み・・
手には何かの書類 そして小型のイヤホンからは 今回の仕事で契約した部下達の
定時報告を聞いている

(思っていた以上に 順調だな。順調すぎて・・・恐ろしい道具だ)

彼は通常フリーエージェントで 金を積まれればどんな仕事もこなす男。
だが、あることがきっかけでここの主に気に入られ 今はこの要塞を中心に仕事をしていた。

雇われ軍人の鋭い雰囲気と どこか貴族的な洗練された印象とが同居する不思議な人物
それはまるで戦好きの王

「ま、それは表向きの成果なんだが・・・
 そして、私のささやかな願いについては未だ叶えられず、か」

えい、と起きあがり 長い足に肩肘で頬杖をつき やるせなくためいきをつく
「こんなに派手に挑発しているのに 乗ってこないのは・・・ま、当然と言えば当然か」
どうせあの男・・カルロが お姫さんを留め置いているに違いないのだ。

蘭世から貰った不思議な水。
それがきっかけで 今の”不可解な窃盗団”が金を集めていることは
事情を知っている者ならば容易に気づくはず
・・・判るように、わざわざ自分とのつながりが分かり易い部下を選んで
監視モニターの前へ現れさせてやったのだから。
当然、カルロにも知れるのは承知の上・・・

それでも、あの娘の純粋な正義感と破天荒な行動力にわずかな期待をしていたのだ
(あの娘のことだ、例の魔法の水でもつかって なんとかしてまたここへ来てくれると思ったんだが)
「”悪いことはやめて、水を返してほしい”、とか言うのだろう?お前ならば」

Zは頬杖を止め、背筋を伸ばし 座ったまま腕を軽くストレッチする

おやじ殿の崇高にして尊大な作戦については 手を貸してやろう。
だから、こうして資金を集めてやっている
だが・・・それも ほどほどにしておきたいものだ・・・・
得るものを得て そして話がややこしくならないうちに 手を切りたい。

「またわからない独り言をなさっているのね」

柱の向こうで 鈴を振るような声がし・・女が現れた。
手に小さな銀色のトレイを持ち、それには・・ワインと グラスとが置かれている

宮殿で暮らしている女達は全て主のもので、Zは敬意を払って彼女たちには”勝手には”手を出さない。
基本的には仕事に来ているわけで 女達には実はあまり近寄らない。
周りにはからかい半分で”女はよりどりみどりさ”と吹聴するが
主の機嫌を損ねるような馬鹿な真似はしない男だった。

そんな中で 主じきじきに願い出て譲って貰った娘・・・一目見て 気に入ったらしい。

黒髪を揺らし 黒曜石の瞳で小柄な娘。
蘭世よりは少し年上らしいのだが 雰囲気は通じるものがあった

彼女はここの女らしくその身体をアラビアの姫のような衣で包んでいる
淡いヴェールを揺らして にっこりと微笑みながらZへ近寄る。
そしてテーブルの上にグラスを置くとZが最近気に入っている酒をそれへ注ぎこむ。

「どうぞ・・きゃっ」

注ぎ終わり、ボトルをテーブルに置くか置かないかのうちに Zは女の細い右腕をつかんで
手元へ引き寄せ・・ソファの上へ引き倒した

「若旦那様・・」
「待ちきれないんだよ」

何も知らない娘は前向きな意味で捉えて喜びに頬を赤らめる
その向こうにある意味は 知らない方が幸せなのかもしれない

手元に咲く花に Zは唇を寄せる

・・・そして 彼に”朗報”が届くのは その日のうちであった。
・・”カルロと蘭世が 動いた”と・・・

続く

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