『−Labradorite− ラブラドライト』

(5)



カルロは蘭世を連れて魔界へ向かっている・・・

カルロが魔界へと出かけるとき、一瞬ベン達に人間界で蘭世を幾重にも護衛させて
単身で魔界へ乗り込もうと思ったのだが、「想いが池の水」を所持しているZを警戒した。
いつ蘭世を浚いに来るとも限らない男、Z。
ならばと 自分の手元に置いておくのが一番安全だと判断したのだった
カルロにとっては 魔界の年若いアロン王よりも人間であるが”手練れの戦士”Zの方が
より警戒すべき相手なのだ。

農民砦から ジャルパックの扉を使って江藤家の地下室へ二人は急ぐ。



「この道を歩くのも ひさびさよねえ・・」
魔界へ続く霧の道を 蘭世はきょろきょろしながら小走りでカルロの後ろをついていく

(まったく 不愉快な話だ・・・)
カルロは黙々と歩き続ける。
あんなに手を尽くして Zが想いが池の水で窃盗を働いているらしい事件に
蘭世を気づかせまいとしていたのに
魔界の王とはいえ あんな若造に一瞬でふいにされるとは・・・
(しかもランゼを流刑にだと?ばかばかしい)
怒りのウェイヴが高くなると カルロの歩みも思わず早くなる
そんなとき、ついていく蘭世の小走りもスピードが上がっていく
そのリズムの早くなったか細い足音にふと気づき カルロは歩く速さを緩め・・
あることを思いだし蘭世に振り向いた。

「ランゼ、今回の事は黙っていずに ちゃんと私に話してくれたのだな」
「えっ・・あ」
「以前のランゼだったら あの男の悪事を聞いた時点で私に黙って飛び出して行くところだ」
「うん・・・あのね」

蘭世は俯いて顔を赤くする。
「やっぱり・・私たち えと 夫婦 だもん・・ね。困ったことは何でも二人で解決しようって
 ダークが以前言ってくれたの 私嬉しくて・・それがいいよねって 思えたから・・・」

追いついた蘭世にカルロはふっ・・と笑みをうかべ 小さい肩に腕をまわして その額に唇を寄せた
「ありがとう、ランゼ」

そのとき。
カルロがふいに顔をあげ歩みを止める。そして厳しい表情で辺りを見回すのだ。
「ダーク?・・どうしたの?」
「・・・何かが来る」

次の瞬間、それらは突然現れた。
「・・・きゃっ」「・・・・」
どこから出現したのだろうか・・カルロと蘭世の周りを武装した男達が取り囲んだのだ。
彼らは魔界の兵士 というよりは どこかアラブの軍隊のような格好であった。
「・・・なんの用だ」
「動くな!」
兵士達は皆ライフル銃を構えている
(・・・魔力を持つ私に銃とは・・・笑止!)
カルロが能力で それらに攻撃を加えようとした その瞬間・・・
「待て!」
鋭い声で それを制する者があった。
取り囲む兵士達の後ろから 深々とローブを被った人物が現れる
背が低いのは 年老いているからなのか それとも小さい人物なのかは 判別がつかない
だがその声は小さい人物から出たものにしては 余りにも気迫に満ちていたのだ

カルロは眉をひそめ その人物を見据える
「お前はだれだ」
問いかける声には答えず、その人物が右手をす・・と上げた。
その途端、カルロは自分たちの足元が何やら光り輝き始めたことに気づいた。
足元を見ると なにか不可思議な大きな光の輪が地面に大きく浮かび上がってくる
それは半径2メートルもあろうかという怪しげな魔法陣。それが道幅一杯に二人の足元に現れたのだ。

「っ!!」
次の瞬間、カルロが小さく呻いてその場に膝をついた・・・
「ダーク?!」
「しまった・・これは何かの 罠だ」

「王家の血を引くお前には やはりその魔法陣は良く利くようだね・・身体が動かないだろう?」
さらには首に・・金属で出来ているらしい 古びた装飾品のような首輪が現れたのだ。
それは、カルロと蘭世 それぞれの首に出現したのだった。

「これでおまえさんと・・その娘の能力は封じたよ 今からお前達は只の人間さ」
蘭世は慌てて自分とカルロにはまった首輪を外そうとそれにあちこち触れてみる
「えっ私にも?!・・いやーん 継ぎ目が ないわ!」
「今から儂がする事に おまえさん達は特に邪魔なのでね・・」
ローブを深く被った人物の顔は見えず、その声は低くしわがれていて 男とも女とも区別が付かない。

「その首輪は そうれ、日本にいる王の兄者とも揃いだよ そこの娘の幻影でおびき寄せたら
まんまと引っかかりおったわい」
ローブの人物は そのしわがれた声できひひ・・と不気味な笑い声を立てる。
「次は・・そうれ!」
しわがれた声の呼びかけに続いて 魔法陣から紫色の稲妻がわき上がった。
「きゃあっ」「!!!」
 その稲妻は意志を持っているかのようにカルロに向かい、彼の身体を直撃したのだ。

「!!」「きゃあああ!ダークっ」
カルロはあっという間に倒れ伏し・・・その場で気を失ってしまった。
「しっかりしてっ ダークっ」
蘭世は真っ青になって 半泣きになりながら倒れたカルロにしがみつく
「ダークっ ダーク!!いやあっ」
蘭世は 泣きじゃくり、カルロを揺さぶり続ける。

「どうすればいいの?何故ダークがこんな目に遭わなきゃならないの?」

ただただ 私たちは心静かに人間界の片隅で 生きていたいだけなのに
魔界の・・どう見ても魔界の悪者が 何の用なのよ・・・!

蘭世はなおも泣きながら 半分パニックだ。必死になってカルロを揺り起こそうとしている。
そのとき・・そんな蘭世を ぐい と引き離す腕があった
「イヤ放してっ・・・!」
「落ち着くんだ。諦めも肝心だよ」
「ばかっ なにを言っ・・・」
何を言っているの、と言いかけて 蘭世の表情が凍り付いた。
「やっと会えたな お姫さん まったく待ちかねたよ」

後ろから蘭世を捕らえた人物は 不敵な笑みを浮かべた男・・・Z。一番会いたくない男・・・
「キャーッ」
蘭世は慌ててZから逃れようともがき始める。
「放してっやだっ・・・ダークッ!」
もがいてももがいても 当然ながらZの腕はびくともせず 悠然と蘭世を捕らえたままだ。
「何故?あなたは人間でしょう?どうしてこんなところにいるの?!」
その問いに、Zは不敵な笑みを浮かべる。
「その辺のことは、また屋敷に戻ってからゆっくり説明しよう」
「屋敷・・・?」
「そう、私のアジトへ」
「やだっ!」
暴れている蘭世を抑えつけたまま、Zは部下達に向かって短く指示を出した

「奴を谷底へ落とせ」
「はっ!」
蘭世達を取り囲んでいた男達が数人、倒れ伏すカルロへ駆け寄っていく
その様子を見て しわがれた声の人物が口を開いた
「たかが人間、放って置いても問題は無かろう?」
「ああそうだ。だが・・俺はこいつが個人的に憎いんでね」
ただならぬ様子に蘭世はハッとする

「えっ・・!やだっなにするのっ?!やめてっ ダークから離れてっ」
「・・やれ」

蘭世は必死になってZの手から逃れ倒れ伏すカルロを助けようと暴れる
だが、その目の前で手下達がカルロの手足を持って引きずっていくと
ただの荷物のように 道の端から 放り出してしまった
「いやあああっ!!!」
魔界と人間界をつなぐ細い道の両脇は断崖絶壁 地の底からは鋭い剣が無数に突きだしている

底へ落ちれば まず命はない
気を失ったカルロは 無慈悲にもあえなく道のふちから 下へと部下達の手で放り落とされてしまったのだ
「いやああ!ダーク!ダークっ!!!」
蘭世の瞳にスローモーションで 落ちていくカルロの姿が映っている
「よくも・・!」
蘭世の身体に怒りがわき上がり 魔物としての血が逆流し始める
そしてすかさずZの腕に噛みつくのだ。

「つっ・・・!」
しかし。
はめられた首輪は脅しではない証拠に・・能力を封じられていたらしい。
なにも、なにも起こらないのだ。
「・・・変身できない・・・?!」
「大した子猫ちゃんだな」
呆然とした蘭世にZはため息をつき、すかさず彼女の首の後ろへ手刀を入れ昏倒させる
気を失った蘭世を両腕に抱き上げ Zはにっと笑いながらローブの人物へ向き直った


「・・ありがとう と 礼を言っておこうか」
「それでお前の望みは叶ったのだろう?」
「ま、そんなところだな・・・では失敬するよ」
ローブの人物にくるりと背を向けたZに、しわがれた声が鋭く呼びかける
「待て」
その声に、Zの歩みが止まる
「約束は最後まで果たして貰おうか」
その呼びかけに Zは振り向かず答える
「・・・どうしてもやるのか?」
「それがお前の主の望みでもあるのだろう?」
「・・・・気が進まないが・・・仕方ないな」
Zの口から 小さくため息が漏れた


魔界に そして人間界に 不穏な気配がゆらめく・・・



続く

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