『−Labradorite− ラブラドライト』

(7)



纏っていた羽衣をふいにはぎとられた天女みたい
腕が 身体が重いの 身動きとれない 誰か助けて

みるみるうちに身体が沈んでいく 底の見えない水の中 そこは蘭世の精神世界
もがいてももがいても その身体はぐいぐいと引き込まれていく

細かい水の泡でもすがって手を伸ばす そこは灰色の世界
透明な灰色をした水の中 もがく視界にはうねうねとゆれる自分の長い黒髪 
その向こうにちらちらと不思議な銀のかけらが浮遊していて 
それらが光を反射して不思議な虹色をみせている

なんだろう この色 何処かで見たことがある

私はどこへ落ちていくの 
・・・私の大事なあの人はどうなったの

突然脳裏にうかぶ 最悪の映像 あの人は昏倒したまま、男達にがけの下へ突き落とされたんだ
「いや!!!」
彼女は悲鳴を上げて頭を抱える
だめよ。いやだ
私はもう あのひとなしでは生きていけないのに

(もうだめ・・・)
もがいても意味なんかない。陸へと浮き上がっても 私に待っているのは悲しみだけ

それに気づいた彼女は引き込まれる力に逆らうのをやめる 
あがいていた腕も力をなくし 銀色の水に浮遊させて 静かに瞳を閉じる

どこまでも 何処までも沈んで 私を無に返して・・・


『待ちなさい』


どこからか不思議な声がする


『大丈夫よ 負けないで』

(誰かしら・・・?)

でも、いまさら私に何を言うの?私にはもう生きている意味もないのに
どうかこのまま沈ませて

『カルロは生きている、安心しなさい』
「!」

”カルロは生きている”
その声に彼女の瞳は再び開かれる
(うそ・・・本当に?)

遙か水面からこちらへ光が近づいてくる
それは次第に大きくなって やがて二人の人影を映し出す
金色の髪をした私と 黒髪の貴男 どこかで会ったことのある記憶
(ああ あれは霊廟で見かけた・・・ダークのご先祖様たち)

二人は私をはげましてくれているみたい。真剣な表情でこちらに語りかけてくる
(ほんとうに、ほんとうにダークは無事なの?)
『ええ、大丈夫ですよ。』
(ダークはどこにいるの?!)
『魔界にいる 安心しなさい』
『負けないで・・・あなたたちならば魔界を 人間界を守れる』

・・・守る? 魔界を、人間界を?
『さあ、つかまりなさい』

二人がこちらへ腕を伸ばし手を差し伸べてくる 私ははっと我に返り 
その手へと両手を伸ばす

私はその二人の手にぐいと身体を引き上げられ 二人のいる光の中へ飛び込んだ





「・・・」

深夜。砂漠の奥深くにあるZのアジトである。

大きな屋敷の一角。
高くとられた天井から白いヴェールが幾重にもかけられた広い部屋で
灯りはわずかに枕元を淡い茜色に照らすだけ 

「・・・」
Zは蘭世が眠るベッドの縁に腰掛け 彼女の寝顔をじっと見据えている。
実のところ彼はこのアジトへ到着してから今まで”例の作戦”について
部下達と細かい打ち合わせをしており 数時間ぶりにこの場所へ
戻ってきたところだった。

召使い達に聞けば、薬も飲ませていないのにずっと眠ったままだという。
身動き一つした形跡もない。
しかも、触れれば頬も腕も ぞっとするほど冷たいのだ
幾重にもブランケットを重ね彼女に着せかけていても それは変わらない
まさかと思い胸に耳を寄せれば 心臓の鼓動は聞こえてくる 生きているらしい
だが、全く生気がないのだ。肌は雪と言うより紙のように真っ白で
唇ばかりが真紅に色を添えているのだ。 
心臓の鼓動さえ聞こえなければ それは精巧にできたろう人形のようだった
「まるで氷漬けの死体だ・・仮死状態か?この首輪のせいなのか・・?」

Zは眠る蘭世の頬に手を触れる。やはり氷のようで 彼の眉が曇る

金属製の赤茶けた首輪が 蘭世の白い首に痛々しい。
Zの主が契約した男、が あやかしの魔法ではめたもので、それは
エスパーの力を封じると言われていた。

「カルロの首にはめるのは当然だが この娘にもはめると言うことは・・・
 やはりこのお姫さんにもエスパーの力があるということか」

Zは軽くため息をついて首をかしげる。
このおれから何度も逃げ出せてるんだ ただの小娘じゃあないと思っていたが
「なんとか目を覚まさせて 話を聞いてみたいものだな」

折角あのカルロを倒して手に入れたのだ 眠ったままなのは許し難い
・・・抱けば目覚めるのか 娘よ
   おれの体温をうつして目覚めさせてやろうか
Zは勢い良く蘭世にかけてあったブランケットをはね除け 細い肩に手をかける。
ベッドに乗り、細い肩を抱いて半身を抱き起こし片膝へ載せれば 扇のように拡がっていた黒髪が
しなやかに揺れて吸いあげられるようにしてひとつの束になる
白い顔に結ばれた赤い唇しかもうZの視界には映らない 指で触れた唇は氷のようで・・・

突然、Zの頭の中で声が響いた。
『Z。例の場所へ来い 今すぐだ』

その声に、Zの動きが止まる
<<・・・なんだと?>>
その声にZもテレパシーで答える
『予定が変わった 急遽始動だ 急げ』
<<・・・>>
眉間にしわを寄せ、閉じた目がつり上がる。ため息に続く舌打ち。

「ノーゼとか言ったな あの胡散臭いまじない師 やっぱり気にいらん」
思わずZの口から憎まれ口がこぼれ落ちた。

Zは再び眠る蘭世をベッドに戻しブランケットを元通り着せかけると、ベッドから離れ
大股歩きで足早に寝所から出ていった。

Zの姿が部屋から消えたとき まるで入れ違いのように
蘭世の頬にぽっ と赤みがさしていた・・・




続く

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