『−Labradorite− ラブラドライト』

(9)


「見つからないように行けよ」
サンドの促しに従って ジョルジュは裏口の側から そっと広間中央へ向かって足を踏み入れる

柱の側に立っていたメヴィウスを見つけ、ジョルジュは思わず声をかけた
「メヴィウス、これはどういう・・」「しっ 静かにせんか」

突然、背の低いその不可解な人物が自らのローブに手をかけた。
(!顔を明かすのか・・!)
一斉に皆の視線が彼へ集まる。

被っていたローブを取り払った途端、背の曲がった老人のような格好だった者が
すっ・・と背筋が伸び 明らかに人間で言えば40〜50の男性に姿を変える
焦げ茶の髪に色素の薄い銀色の目が不気味に光っている

「私は気が短い 答えて貰おうか 王よ」

その姿を見て また しわがれた声が急に通る男の声になって 
アロン王の顔色が変わり メヴィウスは一歩退いた
「・・・亡き父上から話は聞いているぞ。危険人物のリストに載ってたからね。
おまえノーゼなどという名ではないな 
 お前は”名前も姿も有って無い者”だ・・!」

”名前も姿も無き者”。
アロン王の呼びかけに、その人物はニヤリ、と笑みをこぼす
「左様。お前の父に丁度500年と5ヶ月前に無の世界へ追放された」
「・・それが何故っ」
「同じく追放された者共を集めて仲間にしたのだよ。そして私は・・仲間の代表として
こうしてここへ送り出されてきたのだ 私は仲間の願いを背に負ってるんだ」

「ばかな!あの世界へ行ったら二度とこちらへは戻って来られないはずでは」

その人物・・今は”男”の姿・・の銀の目がぎらりと光る
「王よ、お前の一族は1000年前にある一族をそっくり無の世界へ送っただろう?
”嘆きの一族”さ」
「・・・」
「その中に占い師がいたんだよ。そして予言がなされた
 1000年後にいちど扉がわずかに開かれると そしてそれは成就した」

ジョルジュは突然の成り行きに混乱した。
「待ってくれ あの男は何だと言ってるんだ 何が目的なんだ?」
ひそひそ声でジョルジュはメヴィウスに問いかける。
問われたメヴィウスは渋り顔である。
「何故お前のような部外者に言わねばならんのじゃ 黙って立ち去れ」
「そんな固いこと言うなよ、もう見ちゃったんだしさ、乗りかかった船だ
 協力もするぜ」
ジョルジュの返答にメヴィウスも仕方ない・・と
ひとつ短くため息をつくと、押し殺した低い声で答える
「あやつ、人間界を瞬時に滅ぼす仕掛けをしたと言っておる。
 それで王様を脅しておるんじゃ」
「?!」
ジョルジュがかの人物を見やる。彼の左手にはなにやら 人間界で作り出されたと思われる
スイッチのついた四角い無機質な金属の箱が載せられていた。

”名も無き人物”が手に持つ箱へ視線を送りながら、メヴィウスは低い声で
ジョルジュに説明をする。
「あれはまさに”引き金”じゃ。あのスイッチを押すと人間達が争い事を始める事件が起きるとな。」
「一体何なんだ、それは・・?」
あまりに突拍子もない話に、ジョルジュは首をひねった。
アロン王はギッ・・・とその人物を睨み付ける
「お前のハッタリなど 何故私が信用する必要があるんだ?」
「ふふん・・・信頼しないのだな・・・では見ているがいい」
「やめろ!!!」
それまで黙っていた俊が突然”名も無き人物”にとびかかっていく
「邪魔だてするな!」
箱を奪おうとした寸前に、稲妻が走り 俊は数メートルはじきとばされてしまった。

銀色の目の男は突然振り向き、メヴィウスを指さす
「そこの魔女・・おまえの持っている水晶で人間界が映せるだろう?」
メヴィウスが「どこをうつせというんじゃ」、と答えると、”名も無き人物”は
とある小都市の名を示した

メヴィウスの持つ大きな水晶の玉に人間界が映し出される

”我が神に栄光あれ”
その言葉の直後に建物の一つが爆破され崩れ落ちていく
悲劇はそれで終わらない
空気が赤に染まり次々に倒れていく人々
映画の一場面のようにリアリティに欠ける光景 だがそれは真実なのだ

メヴィウスが眉をひそめ 低い声で呻くように呟く
「・・・人間界の街がひとつ壊滅したんじゃな」
「なんだって?!」「・・・一瞬で」「一瞬で、か?」
思わず大きな声を出したジョルジュへ視線を流し、”名も無き人物”はニヤリ、と笑う

「これは毒ガスをまき散らす装置に通じてるんでね・・」
そして彼は手に持った無機質な箱を少し掲げて見せ、ボタンを指し示すのだ
「次は、もっともっと大きな街を狙う。この赤いボタン ひとつでね」

「・・・・」
ジョルジュは目を白黒させてその言葉の意味をかみ砕こうとしている
「ちょちょっと、待てよ。なんだって魔界じゃなくて人間界を狙うんだよ」
戸惑うジョルジュに、メヴィウスが説明する。
「人間達はこの事件を敵対国のテロだと思い争いを始める。
 人間界が滅びれば、この世のバランスが崩れ、魔界も消えてしまうのじゃよ。」

「よくわかっているな・・そう、合い言葉は”我が神に栄光あれ”だ」
”名も無き人物”は詠うように続ける
「人間は宗教という名の下に秩序を取り戻し繁栄することも有れば、殺戮を正当化し
異なる者を排除しようとし滅びの道をいくことも有る まさに 宗教とは諸刃の剣。」

「何だ それは」
「人間界にいる知り合いに聞いた話さ」
「もう人間界にも通じているのか・・・」
アロン王のうろたえる表情に ”名も無き人物”は満足げな笑みを浮かべた
「人間達の嘆きは我が盟友”嘆きの一族”にとって最高の力の源となる」

水晶には人間界の混乱が次々と映し出されている

「我らの望みはさほど大きくはない。無の世界へ追放された者達を赦免し魔界へ戻せ
そして、嘆きの一族を貴族として迎え入れ、この私を摂政として用いるのだ」

「イエスか、ノーか。」
”名も無き人物”は 一歩アロン王へと歩み寄る

「お前がノーと言えば人間界と魔界は滅びる。我々は無の世界へ戻って皆の嘆きを喰らい
 生き延びるとしよう。」
銀の目は不敵にぎらついている
「お前が頼みとしている兄王子や人間界の男は頼みにならぬよ
 ・・・まぁいい、今日は魔界の王へ我らの願いを伝えに来たまでよ。
 あと3日後にまた来る その時に返事を聞こう」

そう言うが早く、”名も無き人物”は霞のようにその場から消え去った
「あっ 待てっ」
追いかけるアロン王の声も空しくがらんとした広間に響くだけである・・




続く

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