『パラレルトゥナイト第3章第5話』



(1)大地の石の意味


江藤家の地下室の階段を、真壁俊は重い足取りで上がっていた。
・・・夜中。
江藤望里が数段上を歩いている。
俊の視界の端で黒マントの裾が望里の足取りに合わせて揺れている。
今日、彼らは蘭世の夢でダーク=カルロが語ったことを報告するために魔界へ行っていた。
行きは俊、アロン、望里の3人だったがアロンはもう少し魔界へ残るということで
その姿はなかった。
・・・大王が、俊のお披露目も兼ねて今から王族を招いて食事会を・・・と
俊にもちかけたのだが、そういった類が大の苦手の俊は丁重にお断り
(大いに困った顔をし”そんなのいらねえよガラじゃねえ”と言い放ったのをターナがフォローして)
そそくさと引き上げたのだった。


二人は江藤家の1Fホールへ上がった。
明かりは落とされ、ホールは真っ暗であったが、ひと呼吸して椎羅が気づき、明かりが灯された。
「お帰りなさい・・・ご苦労様でした。」
椎羅のねぎらいの言葉に笑顔で二人は応える。
そして、望里がくるりと俊に向き直った。
少し言いにくそうにしながら俊の顔色をうかがう。
「早速で悪いが・・・行ってもらえるかい?」
「・・・わかりました・・・」

この日、望里は大王に蘭世の夢で語られたカルロの言葉について報告したのだが、
「それは事実なのか?・・・夫を失った現実を直視できない小娘の妄想なのではないのか?」
そんな風に大王に疑われてしまっていた。

望里、椎羅もわずかにそういう想いは持っていた。
だが娘が不憫であるしそのまま蘭世の言うことを受け入れていたのだ。

「俊よ、お前が行って調べてくるが良い」
大王は歯切れの悪い望里の返答を見て、そう俊に命令したのだった。
蘭世の夢に入り、事実をその目で確かめてこいと・・・。



椎羅と真壁俊は寝静まった蘭世の部屋のドアをそっと開けた。
何も知らない蘭世は無防備な寝顔で、安らかな寝息を立てていた。

「スマシタイマヤジオトイヨチ〜」
椎羅がやおら呪文を唱えると、もくもくと夢雲が現れる。
俊はそれに一瞬驚き数歩後ろへ下がってしまった。

「さっ、王子様 どうぞ」
椎羅が笑顔で蘭世の夢の入り口を両手で押し開く。
俊は一度ためらったが、思い切ってその入り口に片足をかけ中へ入っていった。

・・俊が蘭世の夢の中に入る。
そこはどこかの森の泉の風景であった。
泉のほとりを見ると2人の人影がある。
蘭世と・・・・カルロだった。

二人は折り重なって抱き合っていた。
カルロはシャツの前をはだけただけで普通の格好だったが 蘭世は一糸まとわぬ姿らしい。
視界に飛び込んだ白く細い足が目に焼き付いてしまう。
(嫌な予感はしたんだ・・・)
思わず赤面し目のやり場に困る俊・・・17歳。
(やべ・・・まずいとこに出くわしたかな)
夢から出ようと回れ右をしたが足下の石につまずき、俊は派手に転倒してしまった。
その音でカルロは俊に気が付いたのか、わざと俊を無視していたのを無視できなくなったのか。
とにかくカルロはちらりと俊を見やり起きあがった。

蘭世は上気した顔でぼんやりしているようだ。
「無粋なやつが来たな・・・まあいい」
カルロは蘭世の額に手をかざす。
すると蘭世は目を閉じ眠ってしまった。
夢の中なのに眠ってしまえるのである。
これはただの夢ではなく、カルロの造った異空間なのだろうか。
そしてカルロは蘭世にネグリジェをかけ、涼しげな顔で自分の服をただした。
ボタンを留める仕草さえも優雅に見える。
いつのまにか蘭世はネグリジェを身にまとっている状態になっていた。
さすが夢の中だ。

男二人は見合ったまましばらく沈黙していた。
「・・・」
「・・・」

腹違いの弟に間違えられるほど、自分によく似た青年。
今、それが現実世界で蘭世のそばにいる。
蘭世の揺れる心・・・。
それを思うと微妙にカルロの心はざわつく。

俊も・・・
死んでもなお影になり蘭世につきまとう、男。
視線が思わず厳しくなる。

最初に口を開いたのは俊だった。
単刀直入に蘭世の夢にいたその”男”へ質問をした。
「お前本当にあの死んだカルロなのか?」
「・・ランゼの言葉を信じられないからここへ来たのか?」
カルロは俊に向き直り、返事をする代わりに
俊に質問し返したのだった。
俊は、答えに窮してしまう。
「・・・みんな江藤のことを心配しているんだ」
俊がそれだけ言うと・・・また二人の間に沈黙が流れた。

「そんなに心配ならば、証明してやろう・・私が本物であることを」
カルロは首をちょっとすくめ、それから話し始める。
「今から説明する場所に大地の石がある。
 行って取ってくるがいい。この石の意味は・・・信頼、だ。」

大地の石は、冥王が探し求めている石の一つだった。
俊は夢から抜け出し、翌朝カルロの説明した場所に向かった。

確かに大地の石は有った。
そこはサハラ砂漠のど真ん中であった。
大地の巨人の額にそれははまっていたのだ。
この石を手に入れるため、俊はジョルジュやアロンと共に冥王と一戦交えた。
カルロに「危険だからランゼは連れて行くな」と念押しされていたから
付いていくと言った蘭世には無理やり留守番をさせ、アロンを連れていったのだった。
戦いの末、崩れ落ちる大地の巨人の下敷きになり仮死状態になった俊は
天上界へ呼び出され、魔界人としての力を戻してもらえたのだった。

俊の胸元に大地の石のペンダントが光る。

「・・・」
やっぱり蘭世の夢のカルロは本物だったらしい。
もし、それが蘭世のただの妄想であったなら・・・
蘭世に対する自分の気持ちだってもっと素直になれるはずなのに。
(邪魔者は消えてなかったんだな)
俊はそんな思考をあわてて取り消す。
ふいにカルロが言った大地の石の”意味”を思い出した。
(なんだよ。信じる者は救われる・・って言いたいのかよ まったく ・・キリスト気取りだぜ)
でも。
「信じるしか・・・ねえな。ちぇっ」
魔界の、そして世界の平安のためにも・・・。

大地の石のペンダントを見つめながらため息をつく俊であった。

つづく


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